第8話 前世④

 それでも、黒斗は行方不明になった、帆乃香達について、何か分かることはないかと自分なりに調べられることは調べた。


 その中で、帆乃香たちがいなくなった同じ日に、他にも、複数の行方不明者の集団があることがわかった。

 いずれの集団も今だに、誰1人として見つかっていない。

 そして、帆乃香達と同じく手がかりも何もない。その行方不明者の中には人気のアイドルやスポーツ選手もいたのでその当時はニュースでも騒ぎになっていた。そのニュースは当然黒斗も知っていた。そして、その中で同じ日に行方不明になった一般人として、帆乃香達4人もニュースになっていたが、有名人の名前に埋もれ、ほとんど報道もされていなかったので、黒斗はおじさんが訪ねてくるまで気づけなかった。


 そして、そんな、有名人が同じ日にいなくなった騒ぎは最初は騒ぎになったが、あっという間に、話題にならなくなった。ニュースで取り上げらることもなくなり、結局、何も情報を見つけることが出来なかった。


 黒斗はそれからも帆乃香を探すために、もっと出来る事はないのか、探していた。

 けれど、結局何も出来ず、おばさんが死んだ時と同じ、自分の無力さだけを味わっていた。

 それでも、亡くなってしまったおばさんと違い、帆乃香はいなくなっただけで、亡くなったと決まったわけじゃない。

 そう思うと、黒斗には帆乃香の事を諦める事は出来なかった。


 そして、そんな、黒斗がいなくなった帆乃香のことばかりを考えて毎日を過ごしていたとき、母親が亡くなった。

 結局、父親が起こした事件の後、一度崩した体調が戻ることなく、少しずつ弱り、最後は急激に悪化し、亡くなった。

 黒斗は母親にも何も出来なかった。いや、弱っている姿をみながらも、目の前の母親のことではなく、遠くのいなくなった帆乃香の事ばかり考えていた。

 

 黒斗の中にまた、後悔だけが残る。

 いつか帆乃香に会いにいくために、目の前の出来る事をすべてやるときめていたはずだった。なのに、どこか遠くにいるかもしれない帆乃香のことばかり考え、目の前の母親を疎かにして、何も出来ることなく亡くした。

 黒斗が、母親に対して出来た事は少なかったかもしれないが、それでも、もっと母親に寄り添うべきだった。

 どれだけ後悔しても、あの日なくなったおばさんと同じように、母親はもう二度と戻ってこない。

 黒斗は、母親にも、何もしてあげることが出来なかった。


 たとえ、帆乃香が黒斗のことを待っていてくれたとしても、黒斗には帆乃香に再び合いにいく資格なんてなかった。黒斗はそう思った。


 黒斗は、帆乃香に会いにいくという生きていく目標も、母親の世話という生きている必要もなくした。

 それからの日々は、黒斗にとってただ過ぎていくだけだった。


 黒斗は高校を辞めた。

 引き止めてくれた祖父母に別れを告げて、帆乃香達と一緒にいた、一番幸せだったころに住んでいた街に一人で戻って来た。何か考えがあったわけではなく、ただ、深い絶望の中で、楽しかった昔の思い出にすがった結果の行動だ。

 そんな黒斗の面倒を、帆乃香の父親が見てくれた。黒斗は情けないと思いながら、おじさんの世話になりつつ、日金を稼ぎながら、いなくなった帆乃香と和樹の行方を探した。

 黒斗は、帆乃香と同じ日に行方不明になった人たちについても調べ、自分と同じように、居なくなった人の行方を追っている人たちに、協力を求めて、何か少しでも手がかりがないかを探した。

 けれど、結局、誰も何も見つけることが出来なかった。


 最初は協力してくれた人も、時間の経過とともに、諦めていった。それでも、諦められない人はいて、黒斗は彼らと一緒に探し続けた。


 そんな黒斗に、またしても絶望が訪れた。


 帆乃香たちが行方不明になってから、何の手がかりも見つけられることなく、3年以上の年月が経ったある日、突然、いなくなった人たちが帰って来た。和樹も、帆乃香たちの従姉も。けれど、その帰って来た人の中に帆乃香の姿はなかった。

 黒斗は、その知らせを聞くと、すぐに、和樹に会いにいこうとした。けれど、昔のことを思い出して、結局、顔を出すことが出来なかった。そんな黒斗に、帆乃香の父親は、帰ってきた和樹の様子を詳しく話してくれた。

 帰ってきた和樹たちに、今までの3年間もどこにいたのかを聞いても、彼らは、3年の年数がたっている事を認識していなかった。和樹たちは、自分たちは外出をして、その日のうちに、病院に帰ってきたと思っていた。

 そして、彼らも、一緒に出かけていたはずの帆乃香とその友達がいつの間にかいなくなっている事に驚き、慌てていた。それが演技とは思えなかった。


 ただ、確実に何かはあったということは分かっていた。

 それは、あの事故以降、一生、自力で起き上がる事は出来ないと言われていた和樹が、何事もなかったように、立って歩き、そして、昔のように走れるようになっていた事が証明している。

 そして、和樹は、おばさんの死で、隔意を抱いていた黒斗のことを父親から聞いても、取り乱したりしなかった。

 今なら、和樹と会えるとおじさんに言われ、心は揺れたが、黒斗は和樹とは会わなかった。

 原因も理由も分からない何かが和樹たちにあったのだ。けれど、黒斗にはそれが何なのかまったく分からなかった。

 この状況が理解が出来なかった。

 遠くからでも、和樹の元気な姿を11年ぶりに見ることは出来た。それは嬉しかった。生きていてくれたことも嬉しかった。

 それでも、帆乃香がいない今の状況を飲み込むことは出来なかった。寂しさは紛れなかった。


 帆乃香の他にも、帰ってこなかった人はいたらしいことを噂で聞いた。けれど、黒斗にはもうすべてがどうでもよくなっていた。

 母親が亡くなってからは、帆乃香の死が確定していないことだけが頼りだった。だが、その最後の頼みも、和樹たちの帰還で断たれたような気になった。


 生きている事をやめようと思った。

 どうやって死ねかを考えるようになった。

 だから、死に場所を探していた。


 そんなとき、黒斗の元を一人の女性が訪ねて来た。

 その人の名前は、瀧川美咲。黒斗が帆乃香を探していたように、居なくなった弟のことをずっと探して人だ。年齢は、黒斗の2つ上。

 美咲は、黒斗の顔を見ると、我慢出来ないといった様子で黒斗に抱きついた。


「黒斗君。聞いて。見つかったの。雄太も、それから、黒斗君が探してる、帆乃香ちゃんも見つかったって」

「え・・」


 黒斗は、何を言われているのか最初分からなかった。

 しばらく呆然としていた黒斗だが、美咲の言葉をようやく理解する。

 帆乃香が見つかった。もう二度と会えないと思っていたのに。


「本当ですか?美咲さん」

「うん。雄太がどこに居るのか知ってるって人がね、私のところに来たの。その人が、帆乃香ちゃんのことも知ってるって」

「ほのちゃんが・・」

「う、うん」


 黒斗は、美咲の肩に両手を乗せると先ほどの言葉が間違っていないか確認するために、顔を寄せる。


「・・」


 どちらも言葉を発せずに2人は至近距離で見つめ合う。


「ご、ごめんなさい。美咲さん」

「う、うぅん。気にしなくていいよ。そんなことより、今から、その人に会いに行くからついてきて」

「わ、分かりました」


 気まずくなりかける、2人だが、今はそれどころではなかった。

 美咲の案内で、帆乃香や、美咲の弟の瀧川雄太が居る場所を知ってるという人の場所に向かう。


「黒斗君の状況は桑山さんから聞いて知ってる。弟の和樹君とそのお友達は見つかって、帆乃香ちゃんだけが帰ってこなくてその行方が分からなかったって」

「はい。だから、俺、帆乃香はもう帰ってこないと思って諦めて・・」

「うん。私も一緒だった。弟と一緒に行方不明だった友達が見つかったのに、雄太は帰ってこなかった。そんな時にね、雄太が居るところを知ってるって人が訪ねてきたの。最初は胡散臭いと思ったけど、いろいろと詳しく知りすぎてて、無関係の人とはとても思えなかった」

「そう、なんですか」

「うん。まだ、雄太のことを実際に見たわけじゃないけど、その人が、居なくなった雄太達について、何か知っているのは間違いないと思う」


 そう語る、美咲の表情は明るかった。

 黒斗は、帆乃香の行方を探す過程で、美咲と知り合ったが、そのときのは、今ほどの元気はなかった。ずっと、探していた弟の手がかりが見つかるかもしれない状況に興奮しているのがよく分かった。それは、黒斗も同じだった。

 和樹たちだけが帰ってきて、帆乃香が居ない。

 もちろん、和樹が元気な姿で帰ってきたことは嬉しかったが、和樹に会ったことでより、帆乃香と会えない絶望が黒斗の中では大きかった。

 その帆乃香に会えるかもしれない。何か手がかりが分かるかもしれない。そう考えただけで、黒斗の表情も美咲と同じように明るくなった。


「帆乃香さん、見つかるといいね」

「美咲さん。ありがとうございます。雄太君も、きっと、会えますよ。他の子達は、帰ってきたんですから」

「うん。正直、雄太のことは、もう会えないって諦めてたけど、希望が出てきた。帆乃香ちゃんのことを諦めない黒斗君を見て、私はずっと勇気をもらってた。あのとき、諦めないでよかった。だから、私の方こそ、ありがとう。黒斗君」

「美咲さん・・」


 そう笑いかけてくれる美咲の姿に、黒斗の心は痛む。

 黒斗は、帆乃香達を一緒に探している過程で、美咲から告白をされていた。

 大切な人が、居なくなった痛みが分かる仲間として、傷を舐め合おうと。けれど、黒斗は、帆乃香のことを諦めることが出来ずに、断っていた。

 そのため、少し気まずく思っていたが、美咲が心から、帆乃香が帰ってくる可能性を喜んでくれているのが伝わり、感謝をしていた。

 また、そのことを、美咲から伝えられたことに言いようのない申し訳なさを感じていた。

 

「いた。あの人だよ。黒斗君」


 そんな黒斗の考えもわかっていたのだろう。美咲は振り払うように、声を出し、目当ての人を見つけると、走り出した。

 黒斗は、そんな美咲の気遣いに改めて感謝しつつ、すぐに、後ろに付いていく。


「初めまして、天谷黒斗君」

「・・はじめまして」


 いきなり、昔の名字で呼ばれて驚く黒斗だが、相手はそのことを気にした様子もなく、本題に入る。


「急で申し訳ないですが。いまから、とある場所に向かいます。説明はその場所に着いたら行いますので、まずは、車に乗ってください」

「あの、本当に、ほのちゃんの居場所を知ってるんですか?」

「はい。私は、桑山帆乃香さんと瀧川雄太君が、今どこに居るのかを知っていますよ。時間がないので、素直に付いてきてくれると助かるんですけど。お二人も、早く、会いたいでしょ?」


 その人は、全てを見透かしているように、黒斗の状況、気持ちを言い当てた。彼は、自信を持って黒斗のことも美咲のこともをなんでも知っていると断言をした。

 黒斗は、その人のことを信じる気になれなかった。自分のことを騙しているんじゃないかと考えた。しかし


「黒斗君。私は、雄太が帰ってこなくて、悲しかった。ずっと、雄太にまた、会いたいと思ってた。だから、雄太に会える可能性があるなら、私は行く。黒斗君はどうする?」


 そうだ。

 自分は死に場所を探していたのだ。それなのに、いまさら、何にビビる必要があるのか。たとえ、詐欺だろうが、何だろうが、何だっていいじゃないか。帆乃香に会えなかったとしても、何か、帆乃香に付いて少しでも手がかりが見つけられるかもしれないなら、行けばいい。


「俺も行きます」


 黒斗はそう宣言すると、美咲と一緒に、その男の運転する車に乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る