第24話


「イアル?」


 魔法学園に通うことになった経緯を思い出していたイアルは、アイラに不審がられてしまう。


「いえ、なんでこうなったのかと思い返してました」

「そう。でも、ほんと、ヨアヒム様、何を企んでるのかしら」

「どうでしょうね。まあ、でも俺も学園に通うのは初めてなので、楽しみますよ」


 イアルが、そういうとアイラは安心したように微笑んだ。


「私も先生として学園にいるから、困った事があったら、すぐに相談に来るのよ」

「はい」

「ほんとに分かってる?イアル、自分だけでなんとかしようと思いそうだから怖いのよね。誰かに、監視でも頼もうかしら」


 アイラは冗談めかしていっているが、目が笑っていない。


「いや、辞めてくださいよ?」

「冗談よ」

「本当ですか?」


 イアルがじっと見るとアイラは目をそらして答える。


「・・半分は」

「アイラ様・・」

「さすがに監視は頼まないわよ。でも、悩み事とか、ルーカスの嫌がらせがあったらすぐに相談に来るのよ。もし、私が見つけたら、本当に監視するからね」

「ええ。分かりました。俺が相談出来るのなんて、アイラ様だけですから」

「そうね。でも、イアルにも、そういう友達が出来るといいわね」


 友達と呼べる存在はイアルには存在しない。

 ジョアンが友と呼んでくれていたが、イアルにとってジョアンは永遠に主だ。


「まあ、友達じゃなくて、恋人でもいいけど・・」

「えっ・・」


 アイラの言葉に思はず、固まってしまう。

 恋人。


「そんなに変なこと言ったかしら、私」

「いえ、その、俺が自分に恋人が出来るというのが想像出来なくて・・」

「そうなの?」

「はい」


 イアルにとって、一番仲がいい女性はアイラだ。

 しかし、恋人、好きな人と言われて、イアルの頭に思い浮かぶのは、曽我黒斗の記憶にある、桑山帆乃香だった。


「今、誰か思い浮かべたでしょ」

「え、あぁ・・はい」

「ふぅーん。好きな人いるんじゃない。誰のことを思い浮かべたの?私が知ってる人?」


 興味津々で聞いてくるアイラに、イアルは、とっさに答えてしまう。


「アイラ様のことを考えてました」

「えっっっ・・」


 アイラは、先ほどまでの勢いを失い、顔を赤くして、イアルに背を向ける。

 イアルは思いもしなかったその反応に慌ててしまう。

 苦笑い程度で流されると思っていた。


 「どうしよう」「イアルが私のことを」「でも、主人と奴隷だし」「あ、奴隷じゃなくなったのか」「そうじゃなくて、今は、先生と生徒じゃない」


 しばらく、小さな声でぶつぶつと呟いていたアイラだが、落ち着いたのか、つぶやきはなくなったが、イアルの方は向いてくれない。


「あの、アイラ様。申し訳ありません。失礼なことを言って。ただ、その、俺にとって一番親しくしていただいていて、身近な女性がアイラ様だったので・・」


 イアルにはどう声をかけたらいいのか分からなかった。

 曽我黒斗の記憶でも答えは分からない。

 だから、イアルはただ、おろおろとしていることしか出来なかった。


「・・」


 気がつくと、そんなイアルのことをアイラがじっと見つめていた。


「ごめんなさい。イアル。大丈夫だから、気にしないで」

「アイラ様・・」


 アイラは、少し気まずくなった雰囲気を変えるため、話題を変える。


「それじゃあ、イアルがこれから入学する、エルザス王立魔法学園について説明するわね」


 イアルとしても、この空気のままだとやりづらかったので乗る。


「お願いします」

「まずは、エルザスには2つの学校があるの。イアルが今から入学するエルザス王立魔法学園とエルザス王立学院。この2つの学校の違いは、分からないわよね」

「はい。王立学園は存在も知りませんでした」

「簡単に言うと、魔法の基本4属性を使える人が、通うのが魔法学園。闇魔法を使える人や魔法が使えなくても、優れた身体能力を持ってる人が通うのが王立学院。イアルもこの前言ってたけど、だから、魔法学園に通うのはほとんどが貴族の子供よ。それに対して、生徒の半分以上が、平民なのが王立学園。2つの学校はそう色分けされてるわね。前にも言ったけど、少ないけど、例外はいるけどね」

「俺も、その例外になる訳ですね」

「うん。それで、魔法学園の方だけ説明するけど、今の学園の生徒数は、だいたい150人くらい。入学する条件は、11歳以上であることと、魔法使いの洗礼を教会や司祭から受けたことを証明出来ること。この2つを満たせば入学は出来るわ。まあ、入学金とかいろいろあるから、生徒のほとんどが貴族の子で、自然と平民の子は少なくなってしまうのよね。今は、教会の推薦で入ってきた子が4人ね」


 まあ、平民の子供が貴族ばかりの魔法学園に入っても居心地はわるいだろう。

 しかし、思ったよりも、生徒の数が少ない。

 エルザス王国の貴族が入学するなら、もっと数が多いと思っていた。


「その生徒達なんだけど、座学は、入学からの年数でクラス分けされているけれど、実技は魔法属性ごとに分けられてるわ。イアルは水属性の魔法使いとして入学するから、水クラスね。このクラスが一番多いわね」

「エルザス王国は、ウンディーネを奉ってますからね」

「ええ。現国王のエヴァルト様を始めエルザス王家も多くの方が、水の魔法使いとして覚醒されるからね。ヴァルター様も水クラスに入る予定よ。後は、ルーカスやマリーネ様も水クラスにいられるわ」


 ヴァルターには、どのように接すればいいのかまだ少し迷っているが、知り合いがまったくいないクラスになるよりは気が楽だ。

 まあ、学校ではあまり話すことはないだろうが。

 ルーカスと同じ教室で学ぶというのは違和感があるが、イアル以上にルーカスが嫌がるだろう。

 イアルは、エモット家の人間として、学園に入学するという話もあったが、ルーカスが嫌がったので、平民としての入学になっていた。

 それについては、イアルは、ルーカスに感謝している。


「それで、魔法学園は卒業するためには、試験を受けて合格する必要があるの」

「どんな試験なんですか?」

「まず、試験は15歳以上の生徒はいつでも受けれるわ。最大で18歳まで在籍出来るけど、15になったら受ける生徒がほとんどね。私もそうだし。ただ、最低3年以上は在学していることが条件だけど。まずは、筆記試験ね。この試験は簡単なモノで、これまでに落ちた人はいないと言われているわ。本当か分からないけど。受ける人の半分以上が、満点を取る試験ね」

「そうなんですか?」

「ええ」


 イアルは、これまで学校に通ったことがない。エデン王国で、教育は受けていたが、それはジョアンと一緒に王家の教育係から学んでいた。エデン王国の学校は、読み書きを覚えたい人だけが気が向いた時に行くもので、試験というものはなかった。

 だから、イアルの試験や学校のイメージは、日本の曽我黒斗の記憶にある学校だった。そして、ここでの卒業試験は高校入試のようなものだとこれまで思っていたが、誰でも合格するなら、魔法学園は貴族にとっての義務教育のようなものなのだと、理解した。


「それと、もう一つが実技演習で基準を満たすこと」

「それは、魔法のですよね」

「ええ。魔法と制御がちゃんと出来ないと、学園に通う意味がないからね」


 それはそうだろう。

 魔法を扱えないのに、魔法学園を卒業はおかしい。

 そういえば、ヨアヒムが最短で2年で卒業と言っていたが、今のアイラの話だと、3年以上は通うことになるはずだ。

 イアルがそう思ったとき、ちょうど、アイラがその話をし始めた。


「でも、今の学園には、他に卒業のルートがあるの」

「卒業試験を受けないってことですか?」

「ええ。まあ、はっきり言うと、未だに、戦争中の特例が残ってるの」

「戦争中の、ですか?」


 アイラの言葉にイアルは驚く。

 エルザス王国は、現在戦争はしていない。5年前に聖戦は終わり、1年前に他国との戦争はあったが、それほど大きな戦いではなかったはずだ。なのに未だに、戦争中の運営を続けているとは、エルザス王国は、そんなに危険な状況なのかと勘ぐってしまう。


「多分、イアルの思ってる通りよ。エルザス王国は、30年続いた聖戦とその後の、エデン王国との戦い。そして、この5年の混乱で、軍がとてもヒドい状況になっているの」


 エデン王国のせいもあると言われるとイアルとしては何も言えない。

 フィリペの行動が各国に混乱をもたらしたのは事実だ。しかし、この前聞いた話では、先代国王のハインリヒがなんとか国を立て直したという話だった。

 その疑問をぶつけると、返ってきたのはアイラの苦笑いだ。


「ええ。ハインリヒ陛下の元で国の立て直しは行われた。でも、兵力の不足は続いているの」


 アイラの口調が心なしか沈んだものになっている


「聖戦の時に、兵士が足りなくて、一部の優秀な生徒達が戦いに赴くことがあったの。魔法学園や王立学院の生徒は条件を満たせば、いつでも、学園を辞めて軍に入れるように変更されたの。聖戦の時は、生徒が15になるまで待てない状態だったから。そして、聖戦中に決められた、その制度が今も残っているの。エヴァルト様はまだ、そこを直せていない。兵士が足りないのは今も同じだから」

「なるほど」

「魔法学園には、近衛騎士団から数名、講師として来ているわ。彼らに、スカウトされた人は、筆記試験だけを受けると、軍に行けるの」


 アイラは、悲観するように言っているが、イアルとしてそこまで悪い制度には思えない。

 優秀な生徒は早く学校をでても問題ない気がする。

 エデン王国では、15歳ぐらいから戦場にでる人が多かった。


「軍に行く人は結構いるんですか?」

「ええ。毎年、多いわね。それにね、本人の意思よりも家の都合で早めにって人が多いの」

「そうなんですか」

「本人の意思で早く軍に入りたいとかなら応援出来るんだけど、親に入るように言われたからとか、スカウトを断ったら悪い印象を持たれてしまうからって理由だと応援出来ないのよね」


 アイラがあまりいい印象を持っていない理由は分かった。

 確かに、貴族ならしがらみも多いのだろう。


「なら、ヨアヒム様が2年で卒業出来るって言っていたのは・・」

「イアルにもスカウト、来るんじゃない?ゲルト副団長もイアルのこと欲しがってたし」

「それは、断ってもいいんですか?」

「私は断っていいと思うわよ。私も軍からの誘いは断って、教師になったしルーカスも断ってるから」

「そうなんですね」

「まあ、その場合、3年通うことになるけどね」

「それは・・」


 3年が経てば、フェリペが言っていたという異世界から勇者が来る時期に重なる。それはイアルとしては考えないといけない。

 自由に動けないのも困るが、エルザス王国の内部から、勇者に接触出来る可能性があればそれもいいかもしれない。


「まあ、その時に考えます」

「そうね、それでいいと思うわ」


 そういってくれるアイラにイアルは感謝する。

 奴隷の首輪が外されたとはいえ、今もイアルはエモット家の家人だ。命令をして従わせるのが当たり前なのに、いつまでかわからないが、イアルに自由を与えてくれている。

 それが、ゼーレンの意志なのかアイラが頼んでくれたからなのか分からない。

 それでも、学園の中で自由が保証されたのはアイラのおかげであることに間違いはない。


「ありがとうございます。アイラ様」

「?」


 アイラは急にお礼を言ったイアルに、何のことかと首を傾げたが、その顔を見て頷いた。


「うん。どう致しまして。それじゃ、行きましょうか。ついてきて」

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