第23話 王立魔法学園


 エルザス王国の建国祭が無事に終わり、しばらくたった。


 イアルは、魔法学園の更衣室を借りて、与えられた王立魔法学園の制服に腕を通していた。


「うん。似合ってるわね。着心地はどう?」

「そうですね。動きやすそうですし、生地も丈夫ですね」


 届けてくれたアイラは、制服姿のイアルをなんだかとても嬉しそうに見ている。


「そうでしょ。近衛騎士団の制服を参考にしてるから、そのまま戦闘服にもなるようにつくられてるの」

「確かに、似ていますね」


 イアルは、以前であったゲイルや彼の部下達が着ていた制服を思い出す。


「女子用の制服は男子用と違って、完全に魔法使い向けに作られてるからちがうけど、可愛いわよ」

「そうなんですか?」

「ええ。あの制服を着るのは、エルザス王国の全ての貴族女性の憧れでもあるの」

「はあ」


 2年前までその制服を着ていたアイラがいうのだからそうなのだろうが、何の意図を持ってイアルに話したのか、反応にこまる。

 しかし、アイラの制服姿は見たことがない。


「なら、アイラ様の制服姿は見てみたかったですね」

「そう?そういえば、イアルが家に来たのは、私が魔法学園を卒業した直後だったわね」

「はい」 

「でも、まさか、イアルがこの制服を着るなんて、驚きだわ」

「俺もですよ」

「でも、よかったの?通うことになって」

「そう、ですね」


 アイラにそういわれて、王立魔法学園に通うことになった経緯を思い返す。



「エルザス王立魔法学園に入ってみる気はないか?」

 

 簡単そうにいったヨアヒムの言葉に、イアルは驚く。


「私が、魔法学園に、ですか?」

「ああ。既に十分な魔法が使えるなら必要ないかもしれないが、エルザス王国とは違う系統の魔法を学んできたなら、入ってみる価値はあるんじゃないか?」

「それは・・」

「それに、今の我が国に優秀な人間を遊ばせている余裕はないからな。入ってくれるなら歓迎はする。もしもその気があるなら、私から話は通しておくが、どうだ」


 ヨアヒムに視線を向けられるイアルだがどう反応すれば言いのか分からない。その言葉を素直に受け取るわけにもいかない。

 通わせて何をさせたいのか

 イアルは、王立魔法学園の仕組みをまったく知らない。

 王立魔法学園に通い、卒業をすれば、そのままエルザス王国の所属の魔法使いになるのだろうか?

 エルザス王国の、エデン王国以外の国の魔法学園がどのようなものかは興味があるが、それで、エルザス王国との関わりが深くなりすぎるのもイアルとしては問題だ。


 イアルにはどこかの国に所属するつもりがまったくない。今でも、イアルにとっての国とはエデン王国だけだ。

 今はエモット家にいるが、数年の内にはエルザス王国を出て勇者に関して行動を始めるつもりだ。

 そのためには、魔法学園に通うことは足かせになりかねない。

 だが、それを正直に話すことは出来ないし、王族の誘いを断る正当な理由も思い浮かばない。

 そもそも、その決定も、イアル自身で下すわけにはいかない。

 今のイアルのエモット家の家人(奴隷)だ。これまでの話から、奴隷であることはバレていないと思えたが、これからどうするのかの判断は、ゼーレンが決めることだ。


「そのようにお声がけいただだいたことは大変光栄なのですが、私の一存では決めれません」

「ん、ああそうだな。アイラ先輩は、どう思う?」

「そうですね。ヨアヒム様、なにか家のクロトを使って何か企んでますか?」


 アイラの直接の質問にイアルはゲイル達とともに驚く。

 まさか、ヨアヒムにそんなことを聞けるとは思っていなかった。


「人聞きが悪いな、アイラ先輩。確かに、クロトに興味を持ったのは事実だが、別に何か悪企みをしている訳じゃない。ただ、今回、ヴァルターを助けてもらったことに対して表立って褒美を与えることは出来ないから、代替としてどうかなと提案しようと思ったんだ」


 その言葉に、イアルはアイラと顔を合せる。

 恐らく、ヨアヒムは捕まった男から、イアルが奴隷の首輪をしていたことを聞いている。アイラもそう考えたていることが分かった。

 奴隷を飼っていたとバラされたくなければ、学園に入学して、何らかの協力しろということだろうか。これを断ることは出来ないだろう。


「それに、魔法学園には、ヴァルターももうすぐ入学する。ヴァルターも、クロトが一緒に通うことになれば嬉しいんじゃないか?」


 ヨアヒムの言葉にイアルがヴァルターの方を見ると、


「ぼ、僕もクロトさんと通えたら嬉しい、です」


 控えめにではあったが、ヴァルターにもそういわれてしまう。


「分かりました。ヨアヒム様やヴァルター様の口添えがあれば父もクロトの入学を認めると思います。エモット家としては、問題ありません」

「クロトもいいか」


 ヨアヒムとヴァルター。2人の王族から言われてイアルに拒否出来るはずがない。


「はい。エルザス王国が誇る魔法学園に通えるなど、思ってもいなかったこと。殿下に許していただけるならば、是非、入学させていただきたいです」

「ああ。それじゃ、アイラ先輩。学園には私の方から言っておきます。エモット伯爵にも、私が直接伝えましょうか?」


 ヨアヒムの言葉にアイラは少し悩んだ様子を見せてから答える。


「お手数をおかけしますがお願いしてもいいですか?これまでないことなので、私から言うよりもヨアヒム様から言われた方が父も理解が早いと思いますので」

「わかった。伯爵にも私が話しておこう。入学の時期などはまだ分からないが、魔法学園の生徒は皆、寮に入ることになる。街に出掛けるのにも一定の制限がかかるからあらかじめ準備はしておいてくれ」

「わかりました」

「まあ、分からないことは、アイラ先輩に聞けばいい。ああ、それに、ルーカスも通っているな。あいつに聞いてもいいだろう」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 ルーカスに話を聞いても、ろくに答えてもらえないだろうし、これで、余計にルーカスの反発を買うことは確実になったとイアルは思った。

 それでも、ルーカスはそろそろ学園は卒業のはずだし、関わりは少ないはずだ。

 ルーカスのことを思うと少し気が重くなるイアルだが、ヨアヒムが口にした以上は決まってしまったもので受け入れるしかない。


「それから、アイラ先輩」

「なんでしょう?」

「エモット家の家人がヴァルターを救ってくれたこと改めて、お礼を言う。クロト本人への報賞は、魔法学園への入学でなしにしてもらうが、伯爵家への褒美が欲しければ何か言ってくれ」

「いえ、そのような。ヴァルター様を助けるのはエルザス王国の貴族として当たり前のことです。そして、今回、働いたのは、クロト一人。クロトへの褒美を既にいただいている上に、これ以上は」

「アイラ先輩。伯爵にも伝えるが、これは、今日起こったことに対する口止めも込みだ。幸い、今日の誘拐騒ぎは、ほとんど知られることなく治めることが出来た。しかし、これが表にでれば、この国はまた、揉める。それは先輩も分かっているだろ?」

「ヨアヒム様・・」


 たしかに、国が落ち着いていない状況で、今日の出来事が広がるのは新しい争乱の種になりかねない。

 先代国王の息子であるヨアヒムが現国王の息子のヴァルターの誘拐を企んだと思う人間がいてもおかしくない。

 今、ヴァルターが疑っているように。

 そして、恐らくこれも、ブローカーを名乗っていた男の目的にそっているのだろう。

 失敗しても、成功しても、誘拐された、されそうになった。それだけで、王族は大騒ぎだ。

 当然、アイラもそのことは分かっている。


「分かりました。父とも相談させてもらいます」

「ああ、頼んだ」


 ヨアヒムは、アイラに向けて頷くと、部屋にいる全員を見る。


「さて、ゲルト。他に何か、話しておくことはあるか?」

「そう、ですね。捕まえた男からも既に話を聞かれたなら、もう、ないですかね。強いて言うなら、」

「何かあるのか?」

「正直、クロト様を魔法学園に入れるなら、今すぐにでも、近衛に入って欲しいですね」

「ほう。それほどか」

「少し、手合わせしただけですが、十分に近衛でやっていけますよ。闇魔法は使ってませんでしたけど、剣だけでも、王立学院を卒業したての生徒よりは上ですね」


 ヨアヒムとゲルトの2人からの視線を浴びて、イアルはどうすればいいのか迷いアイラに目を向ける。しかし、アイラは、イアルの視線に気づくと、小さく手を握り「頑張れ」というようなジェスチャーをするだけで助けてはくれなかった。


「ゲルト様とのときは、殺されるかもしれないと思って、必死でしたので」

「いや、俺の剣の間合いを完全に見切ってましたよ。浅く斬られることを前提で、状況の打開を狙ってるように見えました」

「それは、過大評価ですよ」

「ヴァルターを救った時は、水魔法を使ったという話だが、闇魔法は使えるのか?」

「いえ。闇魔法は使えないです」


 イアルのその言葉に、精霊術を使っていることを唯一知るアイラが苦笑いをしている。

 しかし、ここはそれで押し通すしかない。

 怪しまれることもないはずだ。


「そうか。しかし、肉体強化を使わずに、ゲルトと戦ったのか。それは、私とも、手合わせして欲しいな」

「恐れ多いことです」


 王族との手合わせなど絶対にしたくない。


「まあ、今が14なら、最短で2年で学園は卒業だ。卒業後の進路は伯爵やクロトしだいだが、近衛も考えておいてくれ。私としても、優秀な人材が近衛に入るのは嬉しい」


 2年後。

 恐らく、それくらいには、イアルはジョアンとの約束を果たすため、異世界から来るという勇者を見定めるために動き出さないといけないだろう。

 その時にどうなっているかなど、今は分からないが、エルザス王国を離れる可能性が高い。

 だが、そんな先のことを考えてもしょうがない。 

 今は、魔法学園への入学は避けられないのだから、その上で、これからの自分に生かせる何かを見つけられるように、できることをやろう。


「声をかけていただいてありがとうございます。これから、どうなるのかは分かりませんだ、まずは、魔法学園で学ばせていただいて、腕を磨かせていただきます。卒業後については、その時に、相談して決めさせてもらうつもりですので」

「そうか。まあ、近衛のことも頭の中に入れておいてくれ」

「はい」

「それじゃあ、私はこれで失礼する」


 ヨアヒムは話は終わったとばかりに、部屋を出て行こくと思ったが、入り口で、今思い出したとばかりに、振り返った。


「ヴァルター。国王陛下のところに報告に行く。お前もついてこい」

「分かりました」


 ヨアヒムが来てから、ほとんど言葉を発さなかったヴァルターに声をかける。

 そのヴァルターは頷いて、立ち上がると、退出する前に声をかけてくれる。


「クロトさん。今日は助けていただいて、本当にありがとうございました。一緒に魔法学園に通えるようで嬉しいです。入学したら、また、お話させてください」


 ヴァルターは、イアルが同じ学校に通うようになったことを本気で喜んでくれている。ヨアヒムが何をさせるつもりなのかイアルには分からないが立場がはっきりとさせておかないといけない。


「私も、ヴァルター様と一緒に通えることを楽しみにしています。ですが、私のような家人は本来、ヴァルター様のような王族の方と直接話すことが許されない立場です。ヴァルター様のお立場を怪しくしてしまうかもしれませんので・・」

「そう、ですね。でも、僕は、クロトさんと、もっと仲良くなれたら嬉しいです。学園で困った事があったら、いつでも相談してください。僕も、エルザス王家の一員ですから、力になります」

「ヴァルター様。そういってもらえると私も嬉しいです。私も何かありましたら、いつでも、御味方しますので、非常時などには声をかけていただければ」

「はい」

「それと、マリーネ様にも御身体をゆっくり休まれるように御伝えしておいてください」

「はい。姉様も体調が悪かっただけですので、しばらく休んだら伝えておきますね。それでは、失礼します」

「アイラ先輩も、クロトも、明日からの建国祭はゆっくり、楽しんでくれ」

「はい。ありがとうございます」


 ヨアヒム達が出て行くと、ゲルトを始め、他に部屋にいた兵士達も立ち去る。


 部屋に残ったのがアイラだけになったことを確認すると、イアルはその場に座り込む。


「疲れたーー」


 つい、本音がこぼれてしまう。

 アイラは、そんなイアルの頭に手を乗せ撫でてくる。


「お疲れさま」


 子供扱いされていてイヤだったが、アイラの手が思ったよりも気持ちよかったのでされるがままになっておく。


「俺、特に問題なかったですか?」

「問題ないと思うわよ。ヨアヒム様が、何を企んでいるのか分からないけど、敵対してる訳じゃないから、悪いようにはされないと思う」

「ならよかったです」


 それからしばらくして、イアルとアイラは、城を後にしてエモット邸に帰った。



 その後、エルザス王国の建国祭は何事もなく終わり、イアルのエルザス王立魔法学園への入学が正式に決まった。

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