第20話 エモット邸① 謝罪


 アイラの話を聞き終わったイアルは、改めて、奴隷の首輪を見られてしまったことをアイラに謝罪する。


「申し訳ありません。ヴァルター様を攫った男との戦いの途中で、上着を斬られてしまって、その時に首輪を見られました」

「そう。って、それよりも、まずは、怪我とかは大丈夫なの?誘拐犯はもちろん、その後はゲルト副団長とも戦ったんでしょ」


 アイラは、首輪を見られたことよりも、イアルの怪我を心配してくれる。

 それは嬉しいが、今はそれどころではない。


「怪我は、大丈夫です。そんなに大きな怪我はしていませんよ。ゲルトさんは手加減もしてくれてましたよ」

「そう、ならいいけど」

「それで、ですけど、まず俺が、奴隷だと判明したら、どうなりますかね?」


 イアルが一番気になるところをきいておく。


「うーん」


 アイラは、考えをまとめるようにしばらく上を向いていたが、少ししてまとまったのか、イアルを正面から見据える。


「見られたのは、ヴァルター様にだけ?」

「いえ、ヴァルター様と、その時回りにいた、スラム街の人間。それから、対峙していた誘拐犯の4人に見られてます」

「そう。まあ、スラム街の人や、誘拐犯に見られていても、そこはごまかせるわ。幸い、ヨアヒム様はそういう話は通じる人だから。ただ、ヴァルター様が、イアルのことを奴隷だから罰しろと言い出したら、今のエモット家では、どうしようもないわね。取り潰しにはならないと思うけど、厳しい処分は受けるわね。それに、他に奴隷がいる貴族からの反発もあるだろうし・・」


 アイラの言葉に、気が重くなる。

 イアルはエモット家にとって取り返しがつかないことをしたと今更のように焦りを感じる。

 しかし、アイラの方は落ち着いている。

 イアルが訝しんでいるとアイラは安心させるように続きを話した。


「まあ、でも、大丈夫だと思うわよ」

「え?」

「ヨアヒム様が最後、話しかけた時も、イアルがヴァルター様を助けたって認識してくれてたからね。手柄として、報賞とかは貰えないかかもしれないけど、罰は無いと思う」

「そう、なんですか?」

「ええ。正直、今、奴隷どうこうで、貴族を罰する余裕は、この国の誰にも無いの。もしも、そんなことをしたら、公爵家、特に、グラフ家が痛い腹を探られる可能性があるからしないと思う。だから、ヴァルター様がイアルへの処分を言い出さないように、話を進めると思う。少なくともヨアヒム様は」


 エモット家に迷惑がかからないようならイアルも安心する。


「それに、国王陛下も、穏便に話を進めたがると思うから、多分大丈夫」


 イアルは、ほっと、一息つく。

 ヴァルターとは少ししか話をしていないが、素直で、まっすぐな少年だ。

 それに、イアルが奴隷と分かってからも、変わらず、接してくれていたので、そんなに、声高に、処分を求めることはしないと思う。多分。


「ただ、奴隷が街中にいたって言う風評が流れるのは問題があるの。だから、イアルの首輪は、王城に上がる前にとっておいて、見た人が、勘違いしただけだと主張出来るようにしておかないといけないの。だから、お父様の所に、首輪の鍵をもらいに行く必要があるわ」

「・・」


 思っていなかった話の流れに、イアルは言葉に詰まる。


「イアル?」


 そんなイアルの様子を訝しげにアイラが見ている。


「いや、いいのですか?その・・」


 いままで、考えてなかったが、確かにアイラの言う通りだ。

 奴隷のまま王子の、王族の前に出るのわ失礼になる。

 うまく言葉が出てこず、言葉に詰まるイアルだが、アイラはあっさりと話す。


「いいも何も、奴隷の立場の者を、王城に連れて行った方が問題よ。それに、今回のけん、エモット家としては、うちの家の家人がヴァルター様を救ったって言う流れになるのが一番都合がいいもの。私はそうしてもらえるように、ヨアヒム様に話すつもりだし。だから、その首輪は絶対に外しておかないといけないわ。大丈夫。事情を話せば、父様は分かってくれるわ。ルーカスは口を出してくるかもしれないけど、そっちは気にしなくていいから」

「・・はい」


 イアルは時期がくれば、自分で、首輪を力ずくで外してエモット家から勝手に出るつもりでいた。それが、思わぬ形で、奴隷の立場から脱することになったので、まだ混乱している。


「ただ、その前に、私たちの間で情報の共有はしっかりとしとかないといけないから、別れてからのこと全部話して」

「分かりました」


 イアルは、どこまで話をするか迷ったが、ヴァルターの方から、話をされることもあるので、今まで隠していたことをアイラには話をすることにする。


 3人の男を倒したこと。

 その後に、ブローカーを名乗る男が現れたこと。

 そして、精霊術を使って、その男からなんとか逃げおおせたこと。

 魔法を使ったといいはるべきか迷ったが、ここは正直に話すことにした。


 イアルが精霊術を使った話をするとアイラは驚いたように目を見張る。

 予想もしていなかったのだろう。

 そして、驚きが怒りなり、そして、最後に隠されていたことによる悲しみになった。

 アイラの表情からイアルにもそれが分かり、申し訳なくなる。

 アイラは、自分が精霊術師になることを夢見ていた。

 そこに、魔法も使えないと思っていた身近な奴隷が実は精霊術師だったなど、腹を立てて当然だ。

 それに、アイラは奴隷であるイアルにとてもよくしてくれていた。

 アイラとイアルの関係は普通ではありえない。貴族に対して許されない態度をイアルは取っている。それが許されているのは、アイラだからだ。

 その信用を、イアルはずっと裏切っていた。


「なんで、なんで話してくれなかったの?」

「それは・・」

「私のこと、信用出来なかった?」

「違います」


 まずは、そこを断言しておく。アイラのことを信用していない訳ではない。


「俺は、アイラ様のことは信用しています。けれど、それ以外の人のことは信用出来ません。そして、俺のことを話せば、アイラ様は、他のヒトに話さなければいけない立場です」

「それは、そうだけど。でも、別に、精霊術師だってことぐらいなら、私は、イアルのこと誰にも話さないわよ。本当なら、報告しないといけないけど、そうなると、イアルは教会に行かないといけなくなるかもしれないじゃない」

「ですが」

「それに、もし、イアルが教会に行ったら、エモット家が奴隷を買っていたことが教会に知られかねない。私の気持ちだけだけじゃなしに、エモット家としても、イアルを差し出すようなまねはしないわよ」


 アイラは、納得出来ないというふうに主張する。

 たしかに、アイラの考えは正しい。

 ただし、全てがひっくり返る条件がある。


「・・精霊術師は過去に例外なく、王族の血が流れています」

「え、ええ。王家の血筋が精霊に好かれているからと言われてるわね」

「そして、俺の仲に流れているのは、エデン王国のエルドラド王家の血です」

「えっ・・」


 アイラが絶句する。

 その反応も当たり前だった。


 正確には、イアルにエルドラド王家の血は流れていないと思うが、ここでそれを説明をすると更に話がややこしくなるので、それで通すことにする。

 それに、この力はジョアンから貰ったモノだ。だから、間違いではない。


 エデン王国は、この5年で、ノウスフォール地方では、タブーのように扱われるようになっていた。

 そして、最強の血筋たるエルドラド王家の血は、ジョアンとフィリペ。2人の王子の死を持って途絶えたとされていた。

 それは、エデン王国という聖戦の英雄を各国が裏切った事と、最後にエデン王国が多くの王族を殺した事が原因と言われている。

 この5年の各国の混乱の9割は、フィリペが起こした暗殺のせいだといっていい。

 ただ、各国は、それをフィリペ一人がしたことだとは知らない。

 だから、皆は、すべてが、エデン王国の常軌を逸した報復、策略だと疑っている。


 そして、最後に行われたジョアンの言葉が効いていた。


「今後、エデン王国の国民に一切の手出しを禁ずる」


 これは、普通に考えれば、停戦のための言葉だ。

 しかし、エデン王国が行ったことに対する恐怖が、今も各国を縛っていた。

 生き残ったエデン王国の民に手を出したら、いつのまにか、殺されるかもしれないという恐怖を持っている人達が少なからずいた。

 その恐怖を持っているのは、貴族や王族の中にも大勢いた。

 だから、エデン王国のことは誰も触れなくなっていた。


 だから、アイラの反応は当然のモノだった。


「じゃあ、イアルは・・」

「はい。あの日、エデン王国が滅亡した日にエデン城から抜け出しました。ただ、他の街につく前に奴隷商人捕まったんです」

「そう、だったんだ。ごめんなさい、今まで知らなかった」

「当然です。俺が隠してたんですから」


 アイラが申し訳なさそうにしているが、それはおかしい。アイラが別に何かをした訳ではない。

 しかし、イアルが話さなかったことに納得はしてくれた様子だった。


「確かに、エデン王国の国民だったなら、話せないか。ましてや、あの王家の血が流れてるんだもんね・・」


 アイラがじっとイアルのことを見る。

 何も言葉を発さずに、ただ、見ている。

 イアルは、しばらくは気にせずにいたが、我慢が出来なくなり、目をそらしながら尋ねる。


「どうかしましたか」

「・・いや。イアルが、あのエデン王国の人だったんだなって。しかも、王家の血が流れてるなら、ジョアン王子とも会ったことあるの?」

「俺は、ジョアン王子に仕えてたので、毎日会ってましたよ・・」


 アイラは、イアルがジョアンに使えていたことを知るとジョアンについて、いろいろなことを尋ねてきた。

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