第35話
授業が終わると、昨日は出来なかったジャンの指導が待っていた。
しかし、ジャンが授業によって疲労困憊のため、指導は無理だ。
イアルが昨日見せれなかった、魔法を見せてもいいが、ジャンは、平民寮に行く元気もないようだった。
ならば、今日は、指導は無しにしてくれたらいいのだが、指導すると言ったのに何もしないのも、ジャンの貴族としてのプライドが許さないようだ。
なので、エルザス王国の貴族としての心得を教育してくれるらしい。
そして、ヴァルターは今日も付き合ってくれるようだ。
わざわざ付き合わなくてもいいのだが、ヴァルターが来たがっているのだから断れない。
だが、ジャンには、指導よりも気になる事があったようだ。
「昨日は、マリーネ様達は何の用で寮に行かれていたんだ?」
詰問口調で問うてくるが、素直に答える事は出来ない。
「マリーネ様から内容については口外を禁止されていますので」
イアルが答えると、ジャンは面白くないと思っていることをまったく隠さなかった。
「ちっ。平民が」
「ジャン。姉様達が、寮を訪れた事はどうか内密ね」
「ヴァルター様・・。分かりました」
ヴァルターの言葉にはジャンは素直に従った。王族の言葉に逆らってまで知ろうとは思わないだろう。
「今日から本格的にクロト、お前の事を指導する」
「よろしくお願いします」
ジャンはイアルに対しては、明らかに面白くないと思っているのが、態度にも出していたが、それ以上、言及はしてこなかった。
「今日の授業はただ、走るだけだったが、魔法使いにとって、一番大切なのは、魔法をより早く、正確に発動し、完璧に制御する事だ」
「はい」
「先生も示されていたが、魔法が完璧に発動する事が出来れば、魔法使いは誰にも負けない。負けるとしたら、それは自分よりも強い魔法使いだけだ。もちろん、マリーネ様のような精霊術師は別だが」
今日の先生に魔法使いである生徒が一度も攻撃を当てれなかったことは無視されている。
「戦いでは、闇魔法の使い手が一番強い、などという話もあったが、それでも、結局戦いを決めるのは魔法だ。闇魔法の使い手に平民が多いのも、基本属性の魔法を放つ貴族の盾となって守るためだ」
この時点でイアルはジャンとは話が合わない。
どうして、エルザス王国の貴族はここまで魔法を使えない人達を下に見るのか。
エデン王国は、国の成り立ちもあるが、基本はみんな平等だった。最強の力を持つ王族だけは特別だったが、それ以外の人はみんな同じ国王に仕える仲間として肩を並べていたのだ。平民はけっして、貴族を守るための盾ではなかった。むしろ、平民を、戦う力がない弱い人達を守ることが、魔法を使える人達の役目だった。
もちろん、イアルがエルザス王国で一番お世話になっているアイラを始め、良識ある貴族もいるのだろうが、ルーカスやジャンみたいな貴族を見ていると、醒めた気持ちになるのも事実だ。
貴族よりも、ヴァルターやマリーネ達、王族の方が、しっかりと平民であるイアルと向き合ってくれている。
出会いが特殊ではあったが、彼らは、そうじゃなくてもちゃんと接してくれた気がする。
「俺たち、貴族は幼い頃、それこそ、教会で洗礼を受ける前から、魔法を学び、使ってきた。それは、いつかこのエルザス王国のために、国王陛下達、王族の方の役に立つためだ。まず、平民である、お前は、この学園でその意識からちゃんと学び持たないといけない」
「はい」
イアルは、話を進めるために相づちをする。
イアルの考えは聞かれていないので、何も言ってはいけない。
それにジャン本人は、ヴァルターに頼まれたとはいえ、親切?のつもりで話をしてくれているのだ。
早く帰りたいが、さすがにそこまでの無礼は出来ない。
「貴族には、領主として、領地にいる民を導く、為政者としての責任と、魔法使いとして、国のために戦う義務がある。この2つはどちらもとても大切なモノで、平民には背負えないものだ。学がない平民は考える事が出来ないから、しっかりと貴族が導き、指導していかないといけない。その務めを果たしているからこそ、俺たち、貴族は様々な特権が認められている」
それからも、ジャンはいろいろと貴族のすばらしさと偉大さを熱く語ってくれたが、イアルにとっては聞くに堪えないものだった。
ヴァルターの方をみると、特におかしな様子はなかった。ヴァルターもジャンと同じように考えているのなら、すこし、残念な気持ちになる。
今度、2人で話せる時があったら確認してみたい。
「平民であるお前が、為政者としての心構えを習う必要はない。だが、属性魔法の使い手になった以上は、国のために戦うという事だけはしっかりと覚えておくように」
ジャンがいう、国のためにイアルが戦う日はこないだろう。
イアルが戦うのは、ジョアンとの約束を果たすためであり、アイラのように個人的に親しい人のためだけだ。
後は、目の前の人を助けようと思ったときか。
イアルには、貴族としての立ち振る舞いは出来そうにない。
「クロトさんは、魔法使いにとって一番大切なことは何だと思いますか?」
ジャンの話に区切りがついた時、ヴァルターがそう尋ねて来た。
「一番大切なこと、ですか。魔力を使いすぎると、魔法使いは意識を失ってしまいます。なので、どれだけの魔力を使えば気絶するのか、自分の魔力総量を把握しておくことだと思います」
「は?」
ジャンが呆れて何を言っているんだという目をイアルに向けてくる。
ヴァルターも意味が分からず、驚いているようだ。
イアルは真面目に答えていた。
エデン王国では、魔法使いになったら、必ず最初にする事なのだが、エルザスでは違うのだろうか?
「自分が意識を失うまで、魔力を使う?」
「はい」
「何を言ってるんだ。クロト。おまえ、正気か?魔力切れをしたら意識を失う。そんな事は分かってる。だから、そうならないために魔法の練習をして、限界を引き上げるんだぞ。それを、意識が失うまで魔法を使う前提でお前は戦うのか?何を考えてるんだ」
「戦闘中に意識を失わないためには、どれだけ魔力使えば、気絶をするかを知る必要があります。なので、定期的に、限界まで魔力を使って、どれくらい魔法を使えば、気絶するか、確かめその限界を把握するのは必要だと思いますけど」
イアルは、エデン王国で言われたままのことを言うが、ジャンやヴァルターにはまったく通じていない。
「そんな事に意味はない。実際の戦いの中では、限界を超えて、これまで以上に魔力を使えたという人がいくらもいる。実戦と訓練は違うんだ」
確かに違うだろうがジャンの言っていることは違うとイアルは思った。
「それは勘違いですよ」
「どういう意味だ」
「限界は超えることが出来ないから限界というんです。戦場で限界を超えたと思っている人は、それまで、勝手に限界だと思い込んでいたところが実は限界ではなくて、間違っていただけです。ただの勘違いですよ」
「なるほ・・」
「何だと」
ヴァルターが納得の言葉をあげようとしたが、ジャンの受かりの声が打ち消す。
「もう一度言ってみろ」
「実戦で限界を超えて戦ったという人は訓練では、本当の限界よりも手前でしんどいからか分からないけど辞めていた。実戦だと、そんな事言ってられないから、本当の限界まで戦った。そういう事じゃないですか?」
「そんな事はない。エルザス王国の、いや、他の国でも、貴族としての誇りがある人達は、実戦ではみずからの誇りをかけて戦う。だから、訓練では超えられない、限界を超えて、戦う事だって出来るんだ。お前の、それは、限界を超えて、戦った戦士への侮辱だ。取り消せ」
ジャンが言っている意味がイアルにはよく分からなかった。
貴族としての誇り程度で限界を超えれるのなら楽に違いない。
それでも、ジャンが、イアルの言葉に本気で腹を立てている事だけは分かった。
イアルはエデン王国で習った自分の考えが間違っているとは思わないが、エルザス王国では通じないようだ。
このままでは、もっとジャンを怒らせるだけだろう。
「申し訳ありません。言葉が過ぎました」
「ふん。これだから平民は」
ジャンが腹立たしいといわんばかりにイアルを睨んできた。
ヴァルターはその様子をどうしたらいいのか分からず、ただ見ていたが、口を出されなかっただけ、イアルとしてはよかった。
「クロト、いいか。魔法使いというのは、特別なんだ。その上には精霊術師しかいない。平民が使う事が出来ない力を生まれつき与えられている。お前は、幸運にも平民のみで魔法を使えるがそれだけで、何代にも渡って、魔法の研鑽を重ねて来た俺たち貴族と肩を並べられるわけじゃない。まずは、そのことを自覚しろ」
ジャンの言葉に、ヴァルターが複雑そうな顔をしている。
イアルが精霊術師だということを知ったら、ジャンはどうなるんだろう。
「お前が、魔法使いになったからと言って、まだ、俺たちと対等になったわけじゃない。すこしでも、俺たちの足下にたてるよう、貴族の役に立てるようにこれからもお前は授業だけではなく、毎日の生活から、意識を変えていかなければならないだ」
ジャンが、今日はまた、熱く語り出してしまった。
「繰り返すが、まずは、クロト。お前は、エルザス王国の貴族の、そして、魔法使いとしての、俺たちの立ち振る舞いから学んだ方がいいだろう。先ほどのようなおかしな考えも、お前が何も知らないから思いついたんだろうからな。俺たちのような生まれつきの貴族ほどではないが、お前も魔法使いになった誇りを持てば、いざという時には限界を超えて、力を発揮することが出来る。そうすれば、お前も、変な考えはしないだろう」
ジャンは、先ほどのイアルの発言がよほど腹に据えたのか、念入りに否定される。
「まずは、俺たちを見本にして、観察を続けてみろ」
「分かりました」
返事だけはしておく。
ジャンの考えがまったく理解できないイアルは、これからも怒られ続けるだろう。
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