第22話
アイラとともに、城に向かったイアルをゲルトが出迎える。
国王直属の近衛騎士団の副団長の出迎えに、緊張が増すイアル。
ましてや、少し前に剣を交えた相手だ。
固くなるイアルに対して、ゲイルは先ほどのことをまったく気にしていないように話しを進める。
「御待ちしておりました。アイラ様。それから、クロト様も、ようこそおいで下さいました」
イアルは、様付けの対応に驚く。貴族のアイラはともかく、家人のイアルにまで丁寧に対応されるとは思っていなかった。
先ほどもそうだが、このゲイルという人は見た目は違って丁重に扱ってくれるが、何を考えてるのか分からない。
「御待たせして申し訳ありません。ゲイル副団長」
「いえ、それでは、こちらへどうぞ」
ゲイルの案内で、城内に入るイアル達。
幼いころは、エデン城で過ごしていた、イアルだが、エルザス王国の城は規模からして違う。
ついて歩きながら、周りをいろいろと見ていたら、そんなイアルのことを優しく見守っていたアイラと目が合う。
そこで、自分の行動が恥ずかしくなり表情を整えるが、もう遅い。
アイラは、そして、前を歩くゲルトも、くすくすと笑っている。
恥ずかしい。
それほど、時間はかからずに、部屋についたのか、ゲルトの足が止まる。
「アイラ=エモット様をお連れしました」
「入ってください」
中から聞こえたのはヴァルターの声だ。
イアルは、ゲルトとアイラの後に部屋に入る。
ヴァルターは真っ先に、イアルに駆け寄って、出迎えてくれた。
「クロトさん。来てくれてありがとうございます」
「ヴァルター様。わざわざ、お待ちしいただいてありがとうございます」
イアルが、様をつけて呼ぶとヴァルターは少し寂しそうな顔をしたように見えたが、見間違いだろう。
イアルとして、普通に返事をしてよかったのかが気になるが、誰も気にしていなさそうなので安心する。
部屋の中にいた兵士達も問題ないと判断してくれたようだ。
「ヴァルター様。お初にお目にかかります。エモット伯爵家の娘、アイラと申します」
「あなたが、アイラ先生ですか。姉様から、いつもお話は聞いています。王立学園に凄い先生がいると」
「マリーネ様が、そのように。恐縮です」
アイラは、ヴァルターと会うのは初めてだったので挨拶をする。
意外なことに、パーティーなどで顔を見たことはあっても、挨拶をする機会はなかったらしい。
教え子のマリーネからの評価を聞いて、アイラは嬉しそうにしている。
「僕も、もうすぐ、魔法学園に入学するので、アイラさんの授業を受けることが出来るのを楽しみにしていたんです」
「そうですか。でしたらヴァルター様のご期待に添えるように、私も頑張らせて頂きますね」
ヴァルターとの会話はとても和やかだ。
ヴァルターと話をしていても、ゲルトが口を出す様子もない。
ここに来るまでの、ゲルトの対応も丁寧だった。ヴァルターは、約束を守って、奴隷であることなどを話さずにいてくれているかもしれないと、イアルは希望を持った。
「さて、ヴァルター様ももっとゆっくりお話をしたいでしょうが、先にこちらも聞きたいことがあるのでいいでしょうか?」
「あっ、はい。すいません。ゲルト副団長」
「いえ、それでは、分かっていることの確認からさせてください」
ゲルトは、イアル達を一度見渡してから話しを始めた。
「ヴァルター様は、一人で買い物に行き、そこで3人組の男にスラム街へ連れて行かれるところを、アイラ様とクロト様が見つけた、ということでいいですか?」
アイラは、一度、イアルの方を見てから返事をする。
「最初は、ヴァルター様と気がついていませんでした。ただ、子供が、男に囲まれていて、誘拐かと思って、クロトが男達から助けようとしたんです」
「ヴァルター様と気がついてなかったんですか?」
「はい。クロトが男の人達に接触した時に、ヴァルター様のフードが捲れて、顔が見えてヴァルター様と気がつきました」
「ただ、私はヴァルター様の顔を知らなかったので、貴族の子息としか思っていませんでした。それで、街の方は、人が多くて、逃げることが難しそうだったので、スラム街の中に逃げることになりました。申し訳ありません」
イアルがアイラの話を補足し、一緒にヴァルターに頭を下げる。どんな形であれ、王族をスラム街へと連れて行ってしまったのだから、謝罪はしておいた方がいいと判断した。
「いえ。僕は、クロトさんに助けてもらったので」
「そうですね。そのときの状況が分からないので、俺の口からは何も言えませんが、今回は、ヴァルター様が問題ないとおっしゃってるので、流します」
2人の許しが出て、安心したイアルだが、アイラは違ったようだ。
「マリーネ様は怒りそうですね」
アイラが、小さく呟いた言葉に、ヴァルターもゲルトもイアルに向けていた顔をそらした。
ヴァルターを探していた時の様子から分かってはいたが、マリーネはヴァルターをとても大事に思っているようだ。
だが、イアルがこれからは会うことはないだろうから、問題はないはずだ。アイラは学園で会うことは避けられないが、先ほどのヴァルターの話から、尊敬されているようだし、大丈夫だろう。
ゲルトが咳払いをして、話を戻す。
「その後、まずは、スラム街で3人の男に追いつかれて、クロト様が、見事に3人とも倒した」
「そうです。クロトさん凄かったんですよ」
「確認ですが、倒した時、その3人は生きていましたか?」
「生きていました。そこは間違いありません」
イアルは断言する。
イアルは絶対に殺していない。
人を殺すことにまだ抵抗がある。
曽我黒斗の記憶のために。
「そうですか。ですが、見つかったのは、一人の死体と怪我人が一人」
ゲイルはイアルの様子をうかがうように視線を向ける。
そこは、イアルも気になっていたところだ。
イアル達が立ち去ったときから、一人足りない。そして、死体がある。
それは
「3人を倒した後に現れた、ブローカーを名乗った男が何かしたんだと思います」
イアルの言葉に、本題に入ったとばかりにゲルトが身を乗り出す。
「まあ、そうなりますよね。それで、そいつは、自分でブローカーと名乗ったんですか?」
「はい。依頼人に、その3人の男を紹介したと仲介人、ブローカーと言ってました。」
「で、そいつが、現場に来て強力な水魔法を使って建物を壊し、ヴァルター様達に襲いかかったと」
「はい」
「そして、その男から逃げるために、クロト様も水魔法を使って見事に逃げ延びることが出来た」
ゲイルが確認するようにイアルに向けて話す。ヴァルターから既に話は聞いていて確認をしたいのだろう。
イアルは、ゲイルが水魔法と言ったことで安心した。ヴァルターには、イアルが使っていたのが精霊術だとバレてはいないようだ。
「ここまでは、わかりました。では、その男についてですが、詳しく教えてください。後、そのヴァルター様の誘拐を依頼した人間について、何か言ってましたか?」
ゲイルに言われて、思い返す。
「背は、ゲイル副団長と同じくらいですが、体つきは細かったですね、灰色の髪と赤い目でをしていたので、街にいたら目立つでかもしれないです。自分で悪の組織の一人だと名乗って、その中のルールで動いてると。後は、エルザス王国の2つの勢力の争いを勢力争いをお祭りだと言っていて、事態を混乱させて面白くしたがってました。依頼人については、何も言ってなかったので分からないですね。雇われた男達が誘拐したら金貨50枚といっていたのと男の口ぶりから依頼人が貴族であることは、間違いないと覆います。でも、相手の名前とかを聞く余裕はなかったです。一目で強いのは分かったので、逃げることだけ考えたので」
イアルは、ヴァルターの方を向いて、他にあるか尋ねる。
「僕も、クロトさんと同じ印象です。ただ、なんだか不気味で怖かい人でした。その、いきなり、建物を壊したり、クロトさんに自分たちの味方にならないかと誘ったと思ったら、返事も待たずに気が変わったから殺すと魔法を撃ってきて、何を考えてるのかまったく分かりませんでした。クロトさんがいなければ、僕は確実に誘拐されていたと思います」
ゲイルは、2人の言葉を確認してから頷く。
「やはり、手がかりは少ないですね。今のモゼールには、よそ者も大勢来ている。その中から絞るとなると難しい」
「あの、ヴァルター様がおっしゃっていた、ティエント商会を紹介した医師はどうだったんですか?」
「・・ヴァルター様の話を聞いて、すぐに兵士をやったのですが、死体が一つあっただけです。顔を合せている従者に確認させたましたが、ヴァルター様のところに来た医師で間違いないそうで」
「そうですか」
一番の手がかりと思っていた医師はとっくに口を封じられていたようだ。従者も怪しいと思っていたが、ゲルトなどは疑っていないようなので、犯人の仲間ではないのだろう。
しかし、これ以上はイアルは関わるべきではないし、気にする必要もないだろう。
この問題は、エルザス王国のものだ。
「捕まえた一人の男からも、これから話を聞いて情報は整理するしますけど・・」
ゲルトの話の途中でノックの音が聞こえた。
訝しんでいる様子からゲルトの予定にもなかったことが分かる。
「ゲルト様。ヨアヒム様がお越しですのでお通しします」
外から聞こえてきた言葉に、みんながぎょっとして立ち上がる。
「ヨアヒム様、何故」
驚きのまま、ゲイルが呟く。
部屋に入ってきたヨアヒムは、中にいる人間を確認してからゲルトに話しかける。
「明日に向けての準備は終わったからな。顔を出してみた。邪魔だったか?」
「いえ、そのようなことは」
「そうか。それでどうだ。何か、犯人の手がかりはつかめそうか?」
「いえ。お話は聞きましたが、犯人やその後ろにいる人間については何も分かっていません」
「そうか。ここに来る前に捕まえた男からも話を聞いてきたが、依頼人については何も知らないそうだ。接触したのも、見つかっていないリーダーだけらしい。とりあえず、明日からの式典は警備を増やして対応するしかないな」
「申し訳ありません。近衛騎士団として、ヴァルター様を、王族の方を守れずに」
「まあ、今日のことに関しては、半分は、勝手に街に出たヴァルターに責任がある」
ヨアヒムの言葉に、ヴァルターはビクッと肩を震わせる。
「勝手をして、すいません」
ヨアヒムやゲイルに向けて素直に謝るヴァルターだが、その顔をみて、イアルはヴァルターが不満を持っているのが分かった。
間違いなく、ヴァルターは誘拐犯達の依頼主としてヨアヒムを疑っている。
「まあ、ヴァルターや近衛についての対応は、叔父上が決められるだろう」
ヨアヒムも、ヴァルターに疑われている立場を理解してるのだろう。これ以上は言及することなく、叔父の、国王の裁可に任せるようだった。
これだけでは、ヨアヒムが犯人かどうかは分からないが、他の人間だった場合は、その企みは一部成功しているように見える。
ヨアヒムとヴァルター。
2人の王子に、不信感を与えて、仲を悪くさせることは出来ているように感じる。
「クロト」
ヨアヒムが現れてからは、傍観者に徹していたイアルにいきなり声がかかった。
予想していなかったイアルは、慌てて返事をする。
「は、はい」
「ヴァルターを助けた際にずいぶんと高度な水魔法を使ったようだなクロト」
「そのように言って頂けるのは光栄です」
「魔法は、エモット家でアイラ先輩やエモット伯爵に学んだのか?」
「それは・・」
イアルはどう答えればいいのか迷った。全部を正直に話すことは出来ないが、下手に話すとエモット家に迷惑といらぬ誤解を与えることになる。
「残念ながら、違います。ヨアヒム様」
イアルが何かを話すよりも先にアイラが答えてくれた。
「そうなのか?」
「はい。イア・・、クロトが我が家に来たのは2年前ですが、それより前に、魔法は学んでいたんです。父が、知り合いから、魔法使いを雇う気はないかと言われてイアルを家人に招いたんです」
そういうことにしてくれたらしい。
アイラが、助け舟を出してくれたので、全力で乗っかることを決めるイアル。
「アイラ様がおっしゃられた通り、魔法はエモット家やこの国の貴族の方とは関わりがない人から学びました」
「ほう」
興味深そうに頷く、ヨアヒムだが、これ以上はあまり追求は出来ないはずだ。魔法の技術は、今でも鍛え上げた個人のモノという認識が強い。そこに踏み込むのは王族でもあまりしないはずだ。
「クロト、年は今、いくつだ?」
突然の質問に疑問が浮かぶか、特に隠す必要がないことだ。
「14です」
「そうか。どうだ、エルザス王立魔法学園に入ってみる気はないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます