第21話

 

 アイラのジョアンについての質問には、イアルのこれまで、黙っていたことへの謝罪も含めて、出来る範囲で返事をしたい。

 しかし、今はそれよりも優先するモノがある。


「アイラ様、王城にはいつ行くんですか」

「あっ」


 ジョアンの話になったところで、アイラの頭から、王城に行く話は飛んでいたらしい。

 もしも、気にせずに、ジョアンについての話をしていたら、危ないことになっていたかもしれないと思い、イアルは胸を撫で下ろす。


 王城に行く前に、アイラは、イアルを連れて、父である、現エモット家当主、ゼーレン=エモットの部屋に向かった。


 部屋に前につくと、中から話し声がする。

 しかし、アイラは気にせず、ノックをする。


「お父様、アイラです。入っても良いですか?」

「ああ。構わない、入りなさい」


 返事があると、イアルも、アイラに続いて、部屋に入る。

 中には、ベッドの上に座っているゼーレンと傍のいすに座っているルーカスがいた。


「姉上。今は、立て込んでいます。急ぎでないなら、後からにして頂きたい。それに、何故、今もその奴隷を連れているのですか」


 ルーカスは、イヤな者を見たという態度を隠さずにイアルのことを睨む。

 イアルも、ルーカスのその態度は慣れているので気にせずに、ゼーレンの方を見ている。


 奴隷であるイアルの本来の主はゼーレンだが、屋敷内でもほとんど見たことが無かった。今日会うのが、いつ以来かも覚えていない。

 なぜ、彼が奴隷商からイアルを買ったのかも分かっていない。


 先ほど、アイラと話をしていて、疑問に思ったことがあった。

 ゼーレンは、イアルがエデン王国の人間だと知っていたのかどうか。

 奴隷商人は、確認をしていた訳ではないが、エデン王国の墓地でイアルを捕まえたのだから、推測は出来ているはずだ。それを知った上で、買ったのか偶然か、少し気になった。

 もしも許されるなら効いてみたかったが、久しぶりに見たゼーレンの様子にそれは尋ねるべきではないと思った。

 病を患っているのか、顔色が悪い。


 その時に、アイラが、自分にはあまり時間が残されていないと言っていたのを思い出した。

 結婚の話だと思っていたが、こちらの方が大きいのかもしれない。

 ゼーレンが死んだら、エモット家はルーカスが継ぐ。

 アイラのことを大切にしているゼーレンだから、アイラは自由に出来ているが、ルーカスとはうまくいっていない。アイラは、今が貴族の娘として、結婚適齢期だ。

 ルーカスは、絶対に、どこかエモット家にとって益になる貴族へとアイラを嫁に送る。

 アイラが時間が無いと言っていたのは、そのまま、ゼーレンに残された時間が少ないという意味だったのだ。


「お父様、大事な話があります。御時間良いですか?」


 アイラが、ルーカスの言葉を完全に無視して、ゼーレンに話しかける。


「なっ、姉上」

「ああ、構わんよ」

「父上」


 ルーカスが立ち上がって怒っているが、ゼーレンもアイラも気にしていない。

 これだけで、親子の中でのルーカスの扱いが分かる。


「ルーカス、悪いけど、お父様に話があるの。静かにしてくれる」

「わかりましたよ」


 ルーカスが忌々しそうに、椅子に座る。

 そして、イアルのことを睨んでいる。

 まるで、全てがイアルのせいだと言わんばかりだが、イアルとしてどうしようもなく、黙ってその視線を受け止める。

 すると、ルーカスは舌打ちをして視線を外した。


「それで、アイラ、話とはなんだい?」


 優しい声色で、ゼーレンがアイラに尋ねる。それだけど、娘が大切だと、親バカだと伝わってくる。


 しかし、アイラは慣れたモノで今日あったことを説明をする。


 アイラとイアルの2人で街に買い物に出かけたこと。

 そこで、誘拐犯に連れ去られそうなヴァルターを見かけたこと。

 イアルが、誘拐犯を追いかけて、魔法を使ってヴァルターを救ったこと。

 その過程で、ヴァルターにイアルが奴隷の首輪を見られたこと。

 アイラは、ヨアヒムと一緒にヴァルターを探して、イアル達2人と無事に合流した。

 そして、これから王城に行って、詳しく話をすること。

 そのため、イアルの首輪を外したいこと。


 魔法を使った話で、ルーカスがお化けでも見た見たいに驚いている。

 そして、イアルが首輪を見られた話あたりで、ルーカスが顔を真っ赤にして睨んできたが、ゼーレンがいるからか必死に怒鳴り声を上げるのを我慢していた。

 しかし、アイラの話が終わると我慢出来ずに、怒声を上げる。


「イアル、貴様、自分が何をしでかしたのか分かっているのか」

「申し訳ありません」


 イアルとして、この場では、謝罪しか出来ない。

 ルーカスは興奮していて、今にも襲ってきそうだったがが、この場には治めてくれる人がいた。


「ルーカス、落ち着け」

「父上、この男と姉上は、立場をわきまえず、我が家を危険に・・」

「では、ヴァルター王子を見捨てるのが正解だったと?」

「い、いえ、それは」


 ゼーレンの問いに、ルーカスは慌てたように否定する。


「ルーカス。確かに、これはエモット家の危機だ。だからこそ、慎重に、全てを把握した上で、対処をしなければならない」

「は、はい」


 ゼーレンは、ルーカスを落ち着かせると、アイラとイアルに向き直る。


「アイラ、それから、イアルも、これからいくつか尋ねるが、正直にすべてを話せ」

「はい」


 体調は悪そうなゼーレンだが、その気迫にイアルもアイラもけおされる。


「イアルが、エモット家の奴隷だということを、どれくらいの人に知られた」


 イアルはアイラと顔を合せてから、返事をする。


「今、全部を知っているのは、ヴァルター様だけです。

 奴隷の首輪は、スラム街の人間や誘拐犯に見られましたが、彼らは、私がエモット家の人間とは知りません。

 逆に、ヨアヒム様などは、私がエモット家の人間であることは知っていますが、奴隷とは思っていないはずです。ただ、ヴァルター様が私のことを、話していた場合、ヨアヒム様や、ゲルト近衛副団長が知っているかもしれません」


 イアルの答えに、ルーカスは更に怒ったようだが、さすがに口を挟んでこない。

 ゼーレンは、しばらく考えた後、口を開いた。


「イアルは、ヴァルター王子が話したと思うか?」

「・・自分から話したりはしないと思います。ただ、ヨアヒム様から聞かれた場合になどは、話していると思います」

「イアルがヨアヒム様の興味を引いていたら必ずイアルについて聞いているな。アイラはどう見る?」


 ゼーレンの質問にアイラは迷うことなく答える。


「間違いなく、興味は持たれています。ただ、今日は、忙しいと言っていたので、まだ、聞いていないと思います」

「・・そうか。では、今日中に、ヴァルター王子に口止めを頼めるかどうか、だな」

「はい・・」


 ゼーレンが口を閉じると、部屋も静かになる。

 ルーカスでさえ、口を開かない。


 イアルは、ヴァルターに口止めするのは難しいと考えていた。現国王の息子だ。今日であったのが異常で、誰もいない場所で会うことは出来ないだろう。


「イアル」

「はい」

「私は、お前は、魔法を使えないと思っていた。奴隷商からもそう聞いていたし、買った直後に、お前自身からもそう聞いていた」

「申し訳ありません。魔法を使えると知られれば、いろいろと不都合があると思い、いままで、隠していました」


 ルーカスが、立ち上がり、何かを言おうとしたが、ゼーレンに視線だけで制される。


「そうか。では、今日使った理由は?」

「使わなければ命をおとすと判断しました」

「その首輪は、魔法も封じるものだ。嵌られていれば、魔力の制御が著しく困難になる。その状況で、魔法が使えるのは、上級魔法使いぐらいのはず。それをお前がやったのか?」

「はい」


 アイラ以外の人間に精霊術の話は出来ない。なので、これで押し通すしかない。ヴァルターにも、魔法と思わせることは出来ているはずだ。

 イアルはゼーレンの視線をまっすぐに受け止める。


「そうか」


 ゼーレンが納得してくれたのかはイアルには分からなかった。


「イアル。その魔法の技術は、どこで身に付けた?」


 ゼーレンはエデン王国出身だと知っているのだろうか?

 試すかのような言い方だった。


「奴隷商に捕まる前に、師から学びました」

「なら、魔法紋はいつ刻んだ」


 魔法を使えるようになる条件は、司祭から祝福を受けて、身体のどこかに魔法紋が浮かび上がることだ。

 魔法の適性があれば、適正に応じた色の紋様が、浮かんでくる。


「わかりません。私は捨て子だったのですが、魔法紋が浮かんでいたことから、利用価値があると判断されて、拾われました。なので、3歳より前としか答えられません」

「そうか。わかった」


 ゼーレンは、納得してくれたのはどうかは分からないが、それ以上の追求はなかった。


「イアル。ヴァルター様を狙った犯人に心当たりはあるか?」

「いえ。ただ、ヴァルター様の敵対派閥から依頼を受けているかのような口ぶりでした」

「そうか」

「父上、それは」

「ルーカス」


 ルーカスが何かを言おうとしたが、ゼーレンがそれを抑える。

 何を言いたかったのか気になるが、聞けるような雰囲気でも、立場でもない。


 ゼーレンは、立ち上がると、机から鍵を取り出した。

 そして、その鍵をアイラに渡す。


「アイラ。我がエモット家は、常に国王派として、エルザス王家を支えてきた。そのことを忘れるな」

「はい」

「イアル」

「はい」

「今日を持って、お前は奴隷ではなくなる。だが、エモット家の家人であることに変わりはない。いいな」

「承知しています」


 まだ、何か言いたいことがありそうなルーカスを置いて、イアルはアイラと部屋を辞した。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る