第41話


 過程にはいろいろと問題が生じていた、そのほとんどはイアルが起こしてしまっていたが、最後は、王族であるヴァルターがアウグストを倒したことで、無事に試験は終わった。

 どうやら、アウグストの攻撃で、ヴァルター以外は全員脱落していたらしい。ギリギリの勝利だ。最初の筋書きでは、何人が生き残ることになっていたのかはイアルは分からないが、余計な脱落者を出してしまう原因になった身としては申し訳ない。

 だが、試験を見守っていた観客からは拍車が起こっている。

 今日、執り行われた試験で無事に、新入生は合格になり、これからは、授業で魔法について学んでいくことになるので、よかったことにしよう。


 先生が試験全体の講評をしている。

 イアルは、上級生を倒したということでヴァルターとジャンと一緒に、先生から名指しで褒められた。

 どうやら、ウルマはジャンが倒したようだ。

 イアルは、3人のなかでオルガンを倒し、アウグストを倒すのにも大分絡んでいる。先生は、慣習を無視した行動をその胸中でどう思っているのかは分からないが、そのことも表面上では褒めてくれている。

 貢献度では、イアルが一番だと言われた時に、一斉に睨まれた時は、エデン王国を出てからの5年で1番恐怖を感じた。

 講評の間、イアルは、敵であるアウグストからも、味方のはずのジャンやはかのクラスメイトからもずっと睨まれながらを話を聞いていた。


 これから、更に教室での居心地が悪くなるなとぼんやり考えていると、客席にいたヨアヒムと目が合った。どうやら、イアルのことを見ていたらしい。

 イアルと目が合うと、ヨアヒムが別の方を向いた。その視線の先を追うとそこには、見たことがある顔がいた。


 確か、名前はアロイスと呼ばれていた。

 初めてヨアヒムと会った時に、連れていた護衛だ。

 イアルが、その存在に気がついたことを察したヨアヒムは、席を立った。

 あそこに来いということだろう。


 講評が終わり、イアルは、ヨアヒムに会いに行く前に、アウグストに何故、奴隷であることを知っているのか、イアルの事情をどこで知ったのか聞き出そうとした。

 しかし、イアルが動くより前に、ジャンがイアルに向けて怒鳴り散らす。その後ろでは、4、5人がジャンと同じように怒っている。

 他の生徒は何も言わないがイアルの様子を見ている。ヴァルターも何か言いたげだが、口を出さずにじっとしている。


「おい、クロト。何だ、試験でのあの勝手な動きは。ヴァルター様のお陰で、なんとか勝つことが出来たが、お前のせいで作戦が台無しだった」

「そうだ。この試験は、代々同じようにして新入生が、上級生に力を認めてもらってるんだ。それをぶちこわして。どうしてくれるんだ」

「平民のお前には関係なくても、伝統ある魔法学園の慣習を壊してしまったら、俺たち、貴族が困るんだぞ」


 言っている内容は理不尽だと思いながら、それがエルザス王国の貴族だと考えて、黙って非難を受け入れる。

 アウグスト達上級生は、講評が終わるなり、すぐにどこかへ行ってしまってもういない。今日捕まえることは出来ない。これまで広めていないことから、怒りに任せて広言はしないことを祈るしかない。


 いままでは、授業では浮いているだけの存在だったが、これからは、明確に敵として扱われることになるかもしれない。

 それに、魔法の授業が始まるということは、水クラスの上級生とも一緒に授業を受けるということだ。今後は、アウグストやオルガンと一緒というのは更に問題が起こりそうな気がする。それに、ルーカスもいる。


 マリーネも授業にいるので、授業中は何もないとは思うが、あまり気は進まないと、これまで、それなりに楽しく学園に通えていたので残念になる。


「申し訳ありません。ジャン様。それに他の方も。行かないといけないところがあるので今日は失礼します」

「なっ、ふざけるな。話はまだ終わっていない」

「後日伺いますので、お話はその時に」

「平民が貴族の話を断っていいと思っているのか」


 ジャンの怒りの声が聞こえるが、そろそろヨアヒムのところに行ったほがいいだろう。

 貴族の説教よりも、王族との約束の方が大切だ。ジャンの怒りを買うことを考えても、ヨアヒムの方が優先だろう。どうせ、ヨアヒムの呼ばれていると言っても信じてもらえない。


 アロイスがいた場所に行くと、別の場所に案内された。

 そこで、ヨアヒムが待っていた。


「おう、来たか」

「お待たせして申し訳ありません。ヨアヒム様」

「いや、いい。今日の勝利の立役者だ。いろいろと話はあるだろう」


 遅れたことを謝罪するも、鷹揚に受け入れてくれる。これが他の貴族ならねちねち言われてそうだ。ここらへんは、エルザス王国の王族はみんな寛容だ。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ。クロト」

「お久しぶりです。ヨアヒム様のおかげで、魔法学園に通い、充実した日々を送らせてもらっています」

「そうか。魔法学園への入学を進めたものとして、本当ならもっと速く、様子を見に来るべきだったのだが、いろいろとやることがあってな。許せ」

「いえ、そのような。ヨアヒム様がお忙しいのは分かっていますので」


 ヨアヒムも、イアルのことを気にかけてくれていたらしい。ヴァルターを助けただけの人間に対するには丁寧すぎて不気味だ。


「まずは、今日の勝利おめでとう。毎年恒例の茶番の試験になると思っていたが、今年はクロトのおかげで楽しめた」

「ありがとうございます」


 皮肉かどうか分からないので、お礼を言ってやり過ごすイアル。未だに、ヨアヒムの考えが掴めない。


「試験はよく見に来られるのですか?」

「今年の始めまでは、俺もこの学園の生徒だったからな。むしろ、参加していた側だ。見に来たのは初めてだな」


 そういえば、そうだった。ヨアヒムは学園を卒業したばかりだということをイアルは思い出した。


「テーニアから少しは話は聞いているが、何か困ったことはないか?」

「いえ、皆さんによくしてもらっているので」

「そうか。今日の試験では、クラスメイトとあまりうまくコミュニケーションが取れていないような気がしたが、大丈夫か」


 やはり、試験だけを見ていても仲は悪く見えたようだ。


「はい。今のところは、問題なく過ごせているので」

「そうか、ならいいが」


 その様子から、イアルのことを本当に気にかけていたように思う。イアルはそう感じた。


「ヨアヒム様」

「ん、ああ、悪い。あまり時間がなくてな。本題に入ろう」


 アロイスがヨアヒムに声をかけると、ヨアヒムの空気が変わった。

 すでに為政者としての風格がある。


「クロト、俺に仕える気はないか?」

「私がヨアヒム様に、ですか」


 その勧誘がまったく頭になかったと言ったら嘘だ。

 イアルのことを囲うために、魔法学園への入学を薦めた可能性については考えていた。

 しかし、ならば、何故、このタイミングで、という疑問出でてくる。

 あの時にヨアヒム自身が言った通り、普通は、15歳になるまで2年は学園に通うのだから、その時でもいいはずだ。

 今、イアルに声をかけた理由が分からない。


「ゲルトも今すぐに近衛に入れると言っていたが、今日の活躍をみて、俺のその通りだと思った。剣の腕だけでも、これから鍛えれば、十分にやっていける」

「そんな。私はまだまだ、実力不足で」

「そのうえ、水を含めた複数の属性の精霊術師でもあるんだ。間違いなく、クロトは今の時点でエルザス王国で最強だ」

「!!」

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