第32話


「クロト、あなたの精霊術を見せて欲しい」


 テーニアの言葉に安心していたイアルに、マリーネがそう声をかけてきた。


「精霊術ですか?」

「ええ。私に精霊術を教えてくれたのは、おじいさまだけど、5年前に亡くなったわ」


 マリーネは何もないように言っているが、そのおじいさんを殺したのはエデン王国のフィリペだろう。マリーネは特に気にしていない様子だが、イアルとしては気になってしまう。


「それから、私は、自分以外の精霊術を見た事がないの。ヴァルターは、あなたの精霊術を、私のみたいと言っていたようだけど、他のヒトの精霊術がどんなのなのか私も見てみたい」

「あっ、私もクロト君の見てみたい」


 王女2人の頼み事は拒めない。

 アイラとヴァルターも何も言わないが目が見たいと主張している。


「分かりました」


 イアルの言葉に応じて、水の精霊が出てくる。

 イアルが水以外の精霊とも、契約をしていることは秘密のままだ。

 イアルの水の精霊が出てくると、精霊術師のマリーネだけはぴくりと反応をした。

 教会ではなく、自分の国にいるという事は、マリーネも人と契約を結んだ精霊以外は見る事は出来ないはずだ。

 だが、人と契約している精霊だけはすべての精霊術師にみることができる。

 マリーネが、出てきた精霊を視線で追っている。


「頼んだ」


 イアルがそう声を掛けると、水の精霊は嬉しそうに、部屋の中を飛び回る。

 多くの水球を部屋中に浮かべると、それを同時に動かす。

 時にはぶつけてくっつけたり、分裂させたり。

 大きさも形もバラバラの水球が自在に部屋の中を飛び回る。


「すごい・・」


 思はずといったように、テーニアの口から感嘆の言葉がこぼれる。

 アイラとヴァルターは言葉もなく、ただ、イアルが起こしたものをずっと見ている。

 そして、一番驚いているのが、マリーネだった。


 マリーネは、立ち上がると食い入るように、イアルが動かす水球の動きを、変化を追っている。


「すごい、すごいすごい。クロト君、本当に凄いよ。私、あんなの初めて見た」


 イアルが精霊術を止めるなり、テーニアが、抱きつかんばかりに、イアルに駆け寄ってくる。両肩を抑えられて、間近でぴょんぴょんと跳ねている。


「え、アレが精霊術?マリーネちゃんにもあんなの見せてもらった事ないよ。ねっ、マリーネちゃん」

「・・」


 テーニアは振り返って、マリーネに話し抱えるが、返事がない。なんだか、ぼうっとしているようだ。


「本当に、イアルのは凄いわね・・」

「クロトさん、凄いです・・」


 アイラとヴァルターも感心している。


「ありがとうございます」


 そこまで褒められると、イアルとしても、悪い気はしない。

 だが


「イアル?」

「あっ」


 アイラがはっと口を抑える。しかし、もう遅い。

 アイラは感動のあまり、無意識に馴染みがあるイアルの方の名で呼んでいた。


「イアルって誰?クロト君の事?」


 テーニアが問いただすようにアイラに聞いている。

 アイラは、申し訳なさそうにイアルの方を見た後、テーニアに頭を下げる。


「はい。イアルというのが、私の本名です。奴隷の身分を隠すための偽名としてクロトと言う名前を名乗ってました。申し訳ありません。ヴァルター様、テーニア様、マリーネ様」


 アイラが口を開く前にイアルの方から口にする。

 これは、とっさの判断でイアルが勝手にした事なので、アイラに謝罪をさせるのは違う。


「そうだったんですか」


 最初に、クロトの名前を聞いていたヴァルターが驚いたようにいるの方を見ている。しかし、そこには、怒りなどの表情はなかった事に安心する。


「まぁ、別に私も気にしないけどね。マリーネちゃんは?」


 テーニアがマリーネに語りかけるが、マリーネはまだ、ぼうっと立っている。


「おーい。マリーネちゃん?」

「・・」


 テーニアが傍に行って話しかけても反応がない。


「わっ」

「きゃっ・・。何するのよ、テーニア」


 耳元で大声を出されると、ようやくマリーネが戻ってきたようだ。


「えっ。えっと、どうかしたの?」


 4人の視線を浴びて驚いているマリーネは何も聞いていなかったようだ。


「はぁ、なんでもない。マリーネちゃんこそ、どうかしたの。ずいぶんぼぉっとしてたけど」

「べ、別に・・」


 意味もなく、視線を部屋の中に巡らすマリーネ。

 すると、マリーネを見ていたイアルと目が合った。

 その時には、マリーネはすぐに目をそらす。なんだか、顔も赤くなっている気がする。


「マリーネちゃん・・」

「何でもない」


 テーニアの呼びかけに小さな声で反応するマリーネ。その様子は先ほどまでの余裕があるいかにも王女と言った態度と大きく変わっていて、年相応の14歳の女の子に見えた。


 テーニアが、微笑ましいものをみる顔をイアルに向けてくる。

 一人で勝手に納得したようにうんうんと頷いている。


「姉様?大丈夫ですか」

「え、ええ。大丈夫よ。ヴァルター」


 そんなテーニアに気づいた様子もなくヴァルターが気遣わしげにマリーネに声をかけている。


「凄かったですね。クロトさんの精霊術」

「ええ。凄いわね。私には、あんな細かい完璧な動きは出来ない・・」


 マリーネは、今度はじっとイアルの事をみたかと思うと、小さく呟く。


「おいで」


 マリーネの呼びかけに精霊が応じる。


 すると、イアルとマリーネの精霊は2人で勝手に舞い始める。 

 2人が飛んだ後には、水の軌跡が現れる。

 イアル達5人は、何も言わずに、精霊達が描く模様を眺めていた。


 しばらくそうしていると、満足したのか精霊達は止まった。


「今、マリーネちゃんとクロト君の精霊がいるの?」

「ええ。2人で部屋の中を飛び回っていたわ」

「凄い。私も、精霊の姿を見る事が出来たら・・」

「姉様も、クロトさんも凄いです」


 4人が思い思いに感想を言っている中、マリーネの精霊がイアルの傍にやってくる。

 そして、イアルの事を観察するように、周りを飛び回る。


『うーん』


 周りで、そんな風にうなり声をあげられたら気になって仕方がない。


「どうかした?」

『最初に見た時から気になってたけど、あなた、器ね』

「器?」

『そう、精霊王に選ばれた器。世界に3人だけいる妖精の器』


 妖精。

 その言葉を久しぶりに聞いた。

 5年前に、ヴァルターから聞いてから、誰からも聞く事がなかった言葉だ。

 精霊とは似て非なる存在。

 異世界からの勇者と関わりがあると思われるもの。

 その存在が精霊の口から出てきた。

 ただ、妖精の器と何だろう。


「キミは、妖精について知っているの?」

『うんん。知らない』

「えっ」

『妖精は精霊であって精霊でないもの。精霊が人になったもの。人であって人でないもの。人が精霊になったもの』

「どういう意味?」

『知りたい?』

「うん。知りたい」

『今は、まだダメ。でも、その時が来たら、器であるあなたは嫌でも知ることになる。あなたは、その運命から逃げられない』

「その時・・」

『そう。そして、それはもう近くまで来ている』

「後、2、3年?」

『分からない。でも、あなたが言うなら、そうかもしれない』

「その時に何が起こるの?」

『分からない。ただ、あなたの、妖精の器達の選択次第で世界が滅ぶ』


 イアルが息を呑む。

 世界が滅ぶ。勇者と関わりがあるなら、天変地異は覚悟していたつもりだった。

 ただ、甘っかたのかもしれない。


『その時に備えなさい』

「俺は何をしたら良い?」

『そうね。とりあえず、私の娘と仲よくしておく事を薦めるわ』

「えっ」


 そういうと、精霊はマリーネの方に戻っていく。


 イアルは、精霊に言われた事を考える。

 

 だが、分からないことばかりだ。

 そのときがくるまでイアル達は知る事が出来ないのか。

 フィリペは何をどこまで、どうやって知ったのだろう。

 疑問がたくさん出てくる。

 早くから動くべきかもしれない。


 だが、最後の『私の娘と仲よく』。

 私の娘とは、マリーネの事だろうか。

 仲よくとはどういう意味だ?

 そう思って、マリーネの方を見ると、マリーネもイアルの方を見ていた。いや、彼女だけじゃなしに、テーニアもアイラも、ヴァルターも呆然とイアルのことを見つめている。


「どうかしました?」

「クロト君。今、何と話をしてたの?」

「え?」


 テーニアに言われてはっとなる。

 彼女達には精霊の声は聞こえない。マリーネは聞こえている可能性もあったが、様子を見る限り、アイラ達と同じように聞こえていないようだ。

 つまり、イアルが独り言をぶつぶつと呟いているように見えていたのだろう。


「あぁ、それは」

「あなた、精霊と話せるの?」


 マリーネが信じられないものを見る目でイアルの事を見ていた。

 マリーネには、イアルの目の前にいた自分の精霊が見えていたはずだ。


「はい。私は、自分の精霊の声は聞こえた事はないのですけど、マリーネ様の精霊の声は聞こえます」

「私は、精霊の声は聞こえた事ない・・」


 ショックを受けているマリーネだが、声が聞こえる理由はイアルにも分からない。

 ジョアンは、自分の契約精霊以外にも、野良の精霊ともよく話をしていたが。


「それで、どんな話をしてたの?妖精とか、後、2、3年とか言ってたけど」


 テーニア達は、イアルの言葉だけを聞いていたので意味が分からないのだろう。

 だが、イアルもよく分かっていない。


「妖精の器、そう言われました。私は選ばれた妖精の器だから、備えておけと」

「妖精。聞いたことある?マリーネちゃん」

「いいえ、聞いた事ない。アイラ先生は知っていますか」

「いえ。精霊については、今までずっと調べてますけど、妖精と言う言葉を見た事はありません」

「クロト君は心当たりあるの?」


 テーニアに聞かれて悩んだ後にイアルは正直に答える。


「エデン王国でその言葉は聞いた事はあります。フィリペ=エルドラド王子が最後に、死ぬ間際に残した言葉です。妖精を探せ、と」


 マリーネ達が息を呑む。

 フィリペの、エデン王国の王族の最後の言葉と言われたら警戒して当たり前だ。

 これで、エルザス王国も妖精について調べてくれて、何か分かればいいんだが、期待は出来ない。


「ただ、私には何なのかはまったく」

「・・そうなんだ」

「精霊は教えてくれなかったんですか?クロトさん」

「まだ、そのときじゃないと」

「それが、2、3年後?」

「はい」

「なら、待つしかないでしょうね」

「はい。私もそう思います」


 マリーネの言葉にイアルも頷く。

 本当に調べようと思ったら、エルザス王国にいては無理だろう。

 教会など、それなりのところを調べないといけない。


「そうだね。うん。今日は良いもの見れたしもう満足。話はもう終わりかな?」

「そう、ね。最後にクロト。一つ、聞いておく事があるわ」

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