第33話
「聞きたい事、ですか」
「ええ」
まだ、答えていない事があっただろうか。そう思いながらマリーネに聞いてみる。
「クロト、あなたはエルザス王国に仕える気はあるの?エモット家にずっといるつもりなのか、それとも、いずれは国外に出るつもりなのか。何か、考えている事はあるの?」
国外に出る。
ジョアンの最後の願いのために、一つのところに止まるつもりはまったくない。この2年、エルザス王国に、エモット家にいるのは、まだ、時間があると思っていたからというだけだ。
しかし、それを正直に話す事は出来ない。ここには、エルザスの王族がいる。なにより、ずっと世話になっていたアイラもいるのだ。簡単に国を出て行きますとは言えない。
けれど、イアルの事を見つめるマリーネには、嘘を言ってもすぐに見破られそうな気がした。
それに、先ほど、マリーネと仲良くするように精霊に言われたばかりだ。精霊の言葉には従った方がいい。
「将来の事はまだ分かりません。ただ、やりたい事があります。まだ、この国でやることもあります。それを果たすために、その時に最善だと思う事を私はします」
「そう」
言葉を濁した事はマリーネも分かっているだろう。答えたマリーネの声が残念そうに聞こえたのは気のせいだろうか。
「イアル。今は、私たちエモット家の家人だからね」
「はい。もちろんです」
イアルの意図が確実に分かっているアイラにも念押しをされてしまう。
まあ、何かあったら裏切ると言っているようなものだから仕方がない。こんな言葉で済ましてもらっている時点で普通ならあり得ない。
イアルとアイラは、しばらく目線を合せていたが、諦めたようにアイラが先に目をそらした。
「イアル?」
後ろでは、先ほどの話を聞いていなかったマリーネがテーニアからイアルという名前についての説明を受けていた。
「それでは、クロト。あなたが、精霊術師だという事は、私たちは決して広言はしないわ。正直、私の立場だと、エデン王国の人を魔法学園に通わせていいのか迷ってもいる。そもそも、エルドラド王家の人間なんて本来なら、理由を付けて、どこかに閉じ込めるかしておかないといけない人間ですし」
マリーネに突きつけられる、言い返せない事実に何も言葉が出てこない。
確かに、マリーネの立場からしたら、イアルはすぐに捕まえて死刑にするのが正解だ。いままで、イアルは自分の都合で素性をごまかす事ばかり考えていたが、国を治める立場からしたら、真っ先に取り除きたい存在に違いない。
「あなたは、エルザス王国を揺るがす可能性のある人間よ。でも、あなたにエルザス王国に敵対する意志はないのでしょ?」
「もちろんです」
「あなたを奴隷として買ったエモット伯爵に恨みはある?」
「いえ。確かに私は、エモット伯爵に買われましたが、それほどヒドい扱いを受けたとは思っていません。それに、おかけで、アイラ様に会えて、それなりに楽しい2年を過ごせていたので」
「イアル・・」
イアルの言葉に、アイラが少しだけ嬉しそうな様子を見せる。
「ならば、あなたの事は私の力の及ぶ範囲で守るわ。だから、あなたにも、出来る範囲で、その力を貸して欲しい。これは、エルザス王国の王女、マリーネ=エルザスとしてではなく、マリーネという一人の人間として、精霊術師、イアルへのお願いよ」
「マリーネ様・・。
わかりました。私に出来る事があれば、命じていただければ」
「ありがとう」
マリーネの意図はイアルには分からないが、秘密をいろいろと知られている状況を見逃してもらうのだ。ジョアンとの約束に影響しない範囲で手伝うのはやぶさかではない。
精霊の言葉を除いても、王族であるマリーネとは仲よくしておいた方が良い。
「マリーネちゃんはそれでいいの」
「ええ」
「そ。それじゃ、クロト君。私からも何か頼み事するかもしれないけど、そのときはよろしくね。後、私、土クラスで、あまり出会う機会ないから、たまにクラスに遊ぶに行くからよろしくね」
「えっ。いや、それは・・」
「ダメ?」
(ダメです)
そう言いたかった。
王族であるテーニアに気楽に話しかけられたら、平民であるイアルは困る。だが、訪れる王族を拒否する事も出来ない。
「テーニア。不用意な接触は辞めなさい。あらぬ疑いをもたれるわ」
「うーん。どうだろ。クロト君、平民ってだけで、既に注目の的だし」
「だからこそよ」
「はぁーい。じゃ、たまに、寮に遊びにくるね。サハラちゃんともこれまで話したことなかったけど、もっと話してみたいし」
「・・はい」
「はぁ。クロト。テーニアが迷惑をかけたら、すぐに私に知らせてください。今、この学園で、彼女と対等なのは、私とヴァルターだけなので」
「わかりました。よろしくお願い致します」
「私の扱いヒドくない」
テーニアが戯れるようにマリーネに絡んでいる。
「クロトさん。クロトさんは今も僕にとって、助けてくれた恩人です。なので、何か力になれるがあったら言ってくださいね。僕は、姉様達みたいに今はまだ、何も力はありませんけど、出来る事があればするので」
「イアル。入学式の前も言ったけど、困った事があったら相談してね。エルザス王国の貴族として、出来る協力はするからね」
「ヴァルター様も、アイラ様もありがとうございます」
精霊術師である事を問いただされるはずが、何故か、協力を頼まれたり、応援されたりした。
だいぶ、流されている事を自覚しながらも、イアルはひとまずは、安心する。
マリーネ達はいたずらに人に話をしたりはしないだろう。
イアルは、これからも、魔法学園に通うことが出来る。
少しずつ、隠していた秘密が知られているが、問題がない範囲のはずだとイアルは自分にいい聞かせる。
「クロト」
「なんでしょう」
「平民として入学したあなたにとって、この学園は居心地が良い場所ではないでしょう。それをわかった上で、私は、あなたに、他の貴族を圧倒する成績を上げる事を期待します」
「えっ」
「精霊術師である事を隠して、魔法使いとして振る舞いながら、力を示す。勝手ではありますが、この国の現在の状況に一石を投じる存在にあなたがなってくれる事を私は望みます」
マリーネの意図は分からないが、イアルは、他の貴族に劣らない成績を上げる事は出来ると思っている。
精霊術のことも、よほどのヘマをしない限りは見つかったりしないだろう。今回は、マリーネが精霊術師だったから、知られただけだ。
「わかりました」
「ええ。よろしくお願いします。フィルさん達にもよろしく」
そう最後に言って他の人を連れて立ち去るときのマリーネは、王女としての貫禄がある気がした。
見送りながら、今日のマリーネは、いろいろな表情をしていたなとイアルは思った。
そんな、イアルの事をアイラが何か言いたげに見ていたが、結局、何も言わずに、マリーネの後をついて帰って行った。
マリーネ達が帰ると、フィル達がイアルの元に駆け寄ってくる。
「クロト、大丈夫だった?」
「マリーネ様達は、何の話をされに来たんだ?」
「何があったの?」
矢継ぎ早に繰り出される質問にイアルは苦笑する。
大分、心配をかけたようだ。
「心配をかけてすいません。でも、大丈夫ですよ、問題を起こしたわけじゃないので」
「そうなの?」
「はい。俺が魔法学園に入学前にアイラ様のエモット伯爵家にお世話になっていたんです。その時にマリーネ様とヴァルター様にご縁がありまして。その時の話をしてました」
「そうなんだ。問題があったとかじゃないのね。よかったぁ。マリーネ様達が平民寮に来られるなんて、初めてだから、私、どうしたら言いのか分からなくて。貴族の人が来るのも年に一回あるかどうかぐらいなのに王族の人なんて・・」
「安心してください。マリーネ様も、フィルさんによろしくと言ってましたし」
「そんな、恐れ多い」
フィルにマリーネの言葉を伝えると驚いていたが喜んでもいた。
「テーニア様、なんだか凄く、機嫌よさそうだったけど、仲いいの?」
「いえ、テーニア様とは、しっかりと話したのは初めてです。サハラさんともこれから仲よくしたいと言ってましたよ」
「えっ、それは、困る・・。今日初めて話したのに」
同じ土クラスのサハラとテーニアだが、王族と平民では関わりはやはりないようだ。
これから、仲良くなれるかは分からないが、テーニアが変に絡まないようにサハラの健闘をイアルは勝手に祈っておく。
「ところで、クロトよ」
トーマスが真剣な顔でイアルに顔を寄せてくる。
「はい」
「おまえは、マリーネ様とテーニア様どちら派だ?」
「それは・・」
現国王・エヴァルトとヨアヒム、どちらの派閥かという意味だろうが、まさか、トーマスに聞かれるとは。平民の彼も、どちらかの派閥に加わっているのだろうか。
「長い蒼い髪に絵画を思わせるいつも凛々しくて、綺麗なマリーネ様と、短く揃えられた青い髪にいつもニコニコと明るく可愛いテーニア様。お二人とも、とても魅力的な女性だ。クロト、お前はどちらが好きなんだ。ちなみに、俺は小柄なのに胸が大きいテーニア様の方が好きだ」
「バカ」
違った。
トーマスがフィルに頭をしばかれている。
確かに2人とも女性として魅力はあるだろうが、今のイアルにはまだ早い。
そう思う事にする。ジョアンとの約束を果たすまでは、そういう事は考えない。
トーマスがみんなをいつもの雰囲気に戻してくれた。
もう話は終わり、それからは、4人で夕食をとり、それぞれ部屋に戻った。
これからも、アウグストなどに絡まれる事はあるだろうし、いろいろとあるだろうが、出来るだけ、この魔法学園の生活を楽しもう。イアルはそい思いながら、ベッドに入った。
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