第7話 前世③
帆乃香と別れてからの時間は早いのか遅いのか分からなかった。
だが、黒斗にとってはいつか、帆乃香に会いにいくという目標のために、出来る何かを探す日々だった。
けれど、その答えをいつまでも見つけられなかった。
帆乃香が居なくなった小学校で黒斗はイジメのターゲットにされた。
「人殺しの息子」と正面から罵声を浴びせられ時もあったし、クラスの男女に関係なく人気があった帆乃香を学校から、街から追い出した人間として、陰口を言われる時もあった。
黒斗は、そんな彼らに何も言い返すことは出来なかった。黒斗が帆乃香の母親を死なせた男の息子で、その事故のせいで帆乃香が転校したのは事実だから、そこから目をそらしたらダメだと考えていた。
すると、何を言っても何も言い返さない黒斗に対して、彼らは、直接手をあげ始めた。
そんな彼らから自分を守るために、黒斗は近くの道場に通い始めた。
自分自身の身体を鍛え強くなったなら、自分と、それから周りの人を守れるようになれるかもしれないと思った。
それに、道場を身体を鍛えたら精神面でも成長が出来る。そういわれて、真剣に道場に通った。
どんな境遇でも、道が見えなくても前へと進めるようになりたいと願って。
黒斗が身体を鍛え始め、少しずつ力がついたと思い始めたころ、周りの人間も、黒斗に手を出しても面白くないと理解したのか、それとも、あまり反応をしまさない黒斗に飽きたのか黒斗に対する直接のイジメは無くなった。
けれど、どんなに身体を鍛えたところで守れないものも当然あった。
黒斗よりも母親の心が先に限界を迎えた。
結婚して、黒斗を生んでからは専業主婦として、家に居た母親は、あの事件の後、父親と離婚し、働きに出ていた。
そこで母親も黒斗と同じように「人殺しの妻」と周りから言われた。最初は気丈に耐えていたが、次第に体調を崩すようになり、ついに倒れ、仕事に行くことが出来なくなった。
黒斗達は、これまで住んでいた今の街を離れることにした。それは、黒斗にとって、帆乃香達と暮らした思い出の場所から離れる事だったが、弱っている母親の姿を見ていると、イヤだとはとても言えなかった。
けれど、いつか、黒斗はここに帆乃香と一緒に戻ってきたい。そう思っていた。
黒斗は、母親の実家に住み、母親と祖父母と4人で一緒に暮らすようになった。街を離れて、田舎に帰ってきても、母親の体調は治らなかった。治るどころか少しずつ悪化していった。
父親の性だった天谷の性を捨てて、母親の曽我という姓を名乗っているのも関わらず、噂がどこからか流れてきているのか、黒斗たち親子はここでも相変わらず、人殺しの妻と息子だった。
黒斗はここでも、からかいとイジメの区別がついていない同級生や先輩たちの相手を適当にしながら、母親の看病と農家をしている祖父母の手伝いの毎日を送っていた。
そんな生活を送っている間も、黒斗は何が出来るかを自分自身に問い続けた。
身体はいじめっ子たちの嫌がらせの相手と農作業をしているうちに自然と鍛えられた。
母親の実家は元々は大地主で手広く商売をしていたため、様々な体験をして、知識を身につけた。それは忙しくても確かに充実した日々ではあった。
いつか、帆乃香に会いにいく。その答えを探して、その日のために、目の前の、自分に出来ることは全部したつもりだった。
母親を助けて、自分の力で生活出来るようになる。まずは、最低限として、そこを目指そうと黒斗は考えていた。
けれど、その日は、永遠にこなくなった。
その知らせに前触れはあった。すでに、ニュースにもなっていた。けれど、それが黒斗に関係しているとはまだ、気がついていなかった。
黒斗が、祖父の家から一番近くの高校に入学してからしばらくたったころ、帆乃香の父親が会いにきた。
黒斗は、まず、自分たちがいる祖父の家を知られていることに驚いた。
母親が連絡を取っていたとは思えない。黒斗は不思議には思ったが、それを口に出して聞けるような雰囲気ではなかった。
そして、次に驚いたのが、黒斗の前にあらわれたその姿だった。黒斗の中にあるイメージでは、堂々とした体格で、立派な人だと思っていた。なのに、8年ぶりに見た格好は、頬はこけ、やせていて、今にも倒れそうだった。一目見ただけでは、目の前の人があの帆乃香の父親だと最初は分からなかった。
黒斗が帆乃香の父だと気づいたのは、浮かべている表情が、おばさん、帆乃香の母が亡くなったときと同じだったからだ。暗い、絶望したような表情で、決して忘れることが出来ないあの時の事をイヤでも思い出させたからだ。
そして、それは、黒斗にイヤに予感を感じさせるには十分だった。
「いきなり訪ねてすまない。黒斗君」
それでも、固いが、思っていたよりも、やさしい、落ち着いた、昔と同じ声で黒斗に話しかけた。黒斗も、緊張を必死にかくして、返事をする。
「いえ。お久しぶりです。急にどうしたんですか?」
「黒斗君。いきなりですまないが、帆乃香と和樹がキミの所に訪ねてきたかい?」
「ほのちゃんと和樹が?
いえ、来てませんけど・・」
「ここも空振り。まぁ、そうか。帆乃香はともかく和樹は、まだ、黒斗君のところに顔を出せないか・・」
おじさんは、俯いていたと思うと、空を見上げた。
その、困ったような、何をしたらいいのか分からないような姿は、まるで、昔の自分を見ているような気に黒斗をさせた。
「おじさん?」
「いや、すまない。気にしないでくれ」
黒斗の呼びかけに、我に帰ったのか、おじさんは、何事もなかったかのように、黒斗が知っている、いつもの様子に戻った。
けれど、そのおじさんの態度、言葉に、黒斗が感じたイヤな予感が確信に変わる。黒斗は自分の胸の動悸が早くなっているのを自覚する。
「ほのちゃん達に何かあったんですか?」
「黒斗君・・
そう、だな。隠すのは卑怯か。
単刀直入に言おう。帆乃香と和樹が2週間ほど前から、行方不明になっている」
「えっ・・」
「もしかしたら、帆乃香は黒斗君のところにいるんじゃないかと思った。だから、今、黒斗君達がどこにいるのか、勝手だがいろいろと調べさせてもらった。それで、今日、訪ねさせてもらった。だが、やはり違ったようだね・・」
「ほのちゃんと和樹がいなくなったんですか?」
「ああ。その日、和樹のリハビリのために、帆乃香と帆乃香達の従姉とその幼馴染みの3人が一緒に、病院に連れて行ってくれる予定だった。けれど、病院から、和樹が時間にたっても来ないと連絡があった。その日から、4人ともまだ帰って来ていない」
「そんな・・」
「帆乃香に、連絡をしても、つながらず、一緒にいるはずの2人とも、連絡がとれない。その日のうちに警察にも届けているが、今だに4人とも帰ってきていない。目撃情報もてがかりも何もない。2人の両親とも協力をして、その日から、ずっと、心当たりを探している。でも、誰も見つけられない・・」
黒斗は目の前が真っ暗になったようだった。帆乃香がいなくなった?和樹も?
「もしも、帆乃香たちについて、何か分かったことがあったなら、連絡が欲しい。どんな些細なことでも良いから。お願いだ、黒斗君」
おじさんは、そう言って頭を下げるとすぐに帰って行った。黒斗は衝撃で、立ち去るのを見送ることも出来なかった。
帆乃香が、そして、和樹がいなくなった。黒斗にとって、それはまったく現実感がなかった。2人とは別れてから8年間会っていない。
8年間会ってなかった人がいなくなったといわれても、何があったのか分かるはずがない。黒斗はまだ、15年しか生きていない。
本当に、帆乃香たちがいなくなったのか?
じつは、おじさんが驚かせようとしただけじゃないか?
そう思いたかった。でも、すぐに、違うと、現実に戻る。
帆乃香がいなくなったのだ。なら、探すために何かをしたいと思った。
けれど、結局また、黒斗には何も出来なかった。
帆乃香たちと暮らしていた街からも、帆乃香が今、住んでいて、いなくなった街からも遠く離れた田舎で暮らし、高校に入ったばかりの黒斗に、出来ることなんて何もなかった。
そもそも、黒斗に出来ることなどは、既に、おじさんや警察がしている。
そして、その人たちが行方をつかめていないのだ。帆乃香は黒斗の前から本当にいなくなったのだ。
黒斗は、いつか会いにいくという、あの日帆乃香と交わした約束を果たすことは出来なかった。
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