第36話


 苦痛でしかなかったジャンの指導が終わったイアルはアイラに会うために教師達がいる研究棟に向かった。


 先ほどのジャンとのやり取りで、これからの学園での生活が少し不安になっていた。だから、なんとなくアイラに会って話を聞いて欲しかった。


 生徒達が通う学校に併設されている研究棟の1階でアイラの部屋の場所を聞いてから向かう。

 中は、通路には人が全然おらず、誰ともすれ違わなかった。部屋の前を通った時に、物音がする部屋もあったが、人の話声は全然ない。


 アイラの部屋につくと、立入禁止のプレートがかかっている。

 引き返した方がいいかと思ったが、とりあえず、ノックしてみる。


 すると、中からどかどかと、何かが崩れた音がした


 イアルが驚いて、開けようとしたが、踏みとどまる。


「アイラ様。イアルです。入っていいですか?」


 中に声をかけてみるが返事はない。中からは、何も音がしない。

 イアルは、迷ったが、開けて入ることにする。


 アイラの部屋に入ったイアルは、入り口から足を動かすことが出来なかった。

 足の踏み場がない。イアルは呆然とする。

 部屋の中に、1歩でも踏み出すと、本や紙などを踏んでしまう。


「うぅー」


 その部屋の惨状に泥棒でも入ったのかと焦るイアルだが、うめき声がしたので、そちらの方向をみるとアイラがいた。

 アイラは、本棚の前で倒れていて、アイラの上には本が大量に載っている。その近くに、椅子も倒れている。

 恐らく、アイラは、椅子の上に乗って、本棚から本を取り出そうとしていたのだろう。

 そして、先ほどの音は、本棚から、大量の本が落ちた音のようだ。

 本棚の下敷きになっているとかではなかく、本に埋もれているだけなので、アイラは大きな怪我とかはなく大丈夫なようだ。


 イアルは足を動かすたびに、都度、床の上のものを動かして、足場を確保しながらアイラの近くに行く。


「アイラ様、大丈夫ですか?」

「うぅー。あれ、イアル?」

「はい、イアルです」


 頭を抑えながら起き上がるアイラ。どうやら、本やアイラの頭を直撃したようだ。

 まだ、何が起きたのか分かっていないのかアイラはぼんやりしている。


「何でイアルがいるの?」

「アイラ様と話がしたいなと思って、来たんですけど」

「あぁー。私、本を取ろうとした時に、ノックの音がして・・」

「すいません。立入禁止のプレートは見たんですけど・・」

「ああ。うん。気にしないで。用もなく来る人を断るためにずっとかけてるだけだから。イアルはいつでも来てくれていい・・」


 ようやく頭が動き出した様子のアイラだが、言葉が途中で止まる。

 周りを見てから慌てたように、弁明するように言う。


「ち、違うのよ。イアル。いつもはもっと綺麗だから。ただ、最近来客もないし、研究が忙しかったから、ちょっと散らかってるけど」

「俺、屋敷のアイラ様の部屋に入らせてもらったこともあったので、アイラ様は、綺麗好きで、部屋もちゃんと掃除して、片付けている人だと思ってました」


 屋敷のアイラの部屋は、アイラ自身が綺麗に使っているので、常に清潔だった。使用人達も、ルーカスの部屋と違って、アイラの部屋は掃除をほとんどする必要がないと言っていた。だから、イアルも、アイラのことをそう思っていたのだが、勘違いだったようだ。


「うぅー。違うのよぉー。これは、そのぉ」

「でも、ショックです。アイラ様には、これが少し散らかっている程度なんですね」


 イアルが、部屋を見渡して、肩をすくめる用に言うと、アイラがガッくしと肩をおとす。


「ごめんなさい。でも、本当に、元々は綺麗なのよ。ただ、最近、結果を出さないといけないと焦っちゃって」


 街に出た時にアイラが時間が残されていないと焦っていたのを思いだし、イアルは何も言えなくなる。


「とりあえず、俺としては、こんなに物が散らばっている部屋でアイラ様に過ごしてもらうわけには行きません。片付けていきますので、アイラ様は俺が目にしたら困るものを片付けてください」

「分かったわ。イアル。言っておくけど、私、ちゃんと掃除は出来るんだからね」

「ええ。屋敷の部屋を綺麗にされているのは知ってますよ」


 アイラは、片付けが出来ない女と思われるのは嫌なのか念入りに否定する。

 イアルもアイラは片付けが出来ないのではなく、それをする時間がもったいないと思っているのを分かっている。

 

 イアルは、最近は使ってなさそうな本から片付けていくと、一枚の紙を見つける。

 高級そうな紙だったため、大切なモノかと判断し、アイラに確認をとろうとする。


「アイラ様」


 そう声を掛けると、アイラはイアルの方を向く。


「どうかした、イアル?」


 そう尋ねて来たアイラだが、イアルが手に持っている紙を見ると、慌てた様子だ。


「ちょっ、それ・・」


 まだ、片付けが終わっていない部屋の中を歩いて、イアルに駆け寄るが、本かなにかにつまずいて倒れそうになる。

 イアルも、アイラを助けるために、駆け寄ろうとするが、何かを踏んでしまい、体勢を崩し、アイラと接触しながら一緒に倒れてしまう。

 イアルは、なんとか自分の方が下敷きになるようにアイラの身体を掴んで自分の上にして倒れる。

 結果、仰向けに倒れたイアルの顔の近くに、アイラの頭がくる形になった。そして、イアルがとっさに掴んだものは、アイラの身体の中で、服と下着で2重に守られている柔らかいものだった。そして、アイラは、イアルの首元に顔を埋め、その唇は、イアルの頬と接触していた。


 そして


「アイラ先生、大きな物音がしましたけど、大丈夫ですか?」


 そのタイミングでマリーネが来てしまった。


「えっ」


 マリーネの目には、尊敬する先生が自分の家の元奴隷であり今は家人でもある生徒にキスをしている場面が映った。

 マリーネの目には、自分と同じ精霊術師であることが判明し、興味を持ってしまった後輩が、尊敬する先生の胸を触っているところが映った。


「す、すいませんでした」


 何故か謝罪の言葉を残して立ち去ろうとする、王女様をアイラが慌てて追いかける。


「ま、待ってください。マリーネ様。違うんです」


 イアルは、呆然と、アイラを見送っていた。

 その頭の中は、手のひらが触れていた柔らかい感触と頬に触れたモノでいっぱいになっていた。



「・・・ですので、マリーネ様が見られたのは、事故なんです」

「そう、ですか。分かりました。取り乱してしまってすいません。その、見慣れないものだったので・・」

「いえ、私の方こそ、申し訳ありませんでした。マリーネ様に見苦しいものを見せてしまって」


 倒れたまま、呆然としていたイアルだが、話し声が聞こえて来たので、起き上がり、出迎える。


「アイラ様、マリーネ様」

「イアル、ごめんね。片付けるの少し手伝って」

「はい。俺も、すいませんでした」

「い、いいのよ。そのさっきのは事故だから。ね」

「はい」

「申し訳ありません。マリーネ様。少し部屋が散らかってまして、すぐに片付けるので少しお待ちいただいていいですか?」

「ええ。急に来たのは私ですから」


 イアルは、アイラと強力して部屋を片付ける。

 マリーネを待たせるわけにはいかないので、来客用の椅子と机の上と周りだけをとりあえず綺麗にする。


 最低限、ゆっくりと話しを出来るスペースの確保が出来ると、イアルは、3人分の紅茶を入れて席に着く。


「お待たせしました。マリーネ様、アイラ様」

「ありがとう」

「ありがと。ごめんね、イアル。任せて」

「いえ」


 この2人はイアルがしたことにお礼を言ってくれる。

 ジャンなどに同じことをしても絶対に礼は言われないだろう。遅いと文句が飛んでくるに違いない。


「イアル、話しがあって来てくれたんだろうけど、先にマリーネ様の話しをするわね」

「はい。俺はいつでもいいので」

「すいません。ただ・・」


 マリーネが話しづらそうにイアルの方を見るので察したイアルは退出しようとする。


「気づかず、申し訳ありません。私は外にいますので、ゆっくりお話しください」


 普通に考えたら、王族と貴族の話しに平民のイアルが同席していいはずがない。

 そんなことが抜けていた自分に呆れるが、慌てて席を立とうとするが。


「いえ、クロトもいてください」

「よろしいのですか?」

「・・ええ。隠しても意味がないことですから。それに、あなたに関係があることです」


 マリーネの言葉の意味が分からないイアルだが、許可が出たので、大人しく席に着く。

 先ほどの視線はイアルがいるから話せないのではなく、銅はナスカを考えていたのだろうか?


「アイラ先生、率直に伺いますが、クロトとアイラ先生は恋仲ですか?」

「ぶっ」


 マリーネの言葉にイアルはアイラと一緒に吹き出してしまう。

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