第31話


「姉様。クロトさんがエデン王国の人間だと、問題があるんですか?」


 ヴァルターがマリーネに尋ねる。

 その問いにマリーネは、躊躇いなく答える。


「私は、クロトが精霊術師だと分かった段階で、彼をエルザス王国に取り込む事を考えました」

「クロトさんに、国に仕えてもらうってことですか?」

「ええ。精霊術師は、その存在がとても貴重なもの。こういう言い方はあまり好きじゃないけど、一人の精霊術師の価値は、数十人の魔法使いと同等。そして、私しか精霊術師がいないエルザス王国の軍事力は過去500年で最低のレベルのあるわ。そこに、2人目になる精霊術師が思いもがけず現れた。私は、これを好機だと捉えて、彼を、クロトをエルザス王国に加える事が出来れば、と考えていの」

「僕も、クロトさんが国に仕えてくれたら嬉しいです」

「そうね」


 恐らく純粋にそう思っているヴァルターの頭をマリーネが撫でている。


「でも、その精霊術師がエデン王国のエルドラド王家に関わっていたら問題になるのよ」

「血筋が、ですか」

「ええ」


 この段階になって、イアルはマリーネがどのような危惧を抱いているのかようやく分かった。


「精霊術師には、王家の血が流れている。理由はいまも分かっていないけれど、これまでがそうだったから、それが精霊術師になる条件だと思われているわ」

「そう、ですね」

「そして、血筋が分かっているものが魔法使いから精霊術師になるのと、素性が分からない精霊術師がいきなり出てくるのとでは話がまったく変わるわ。それはヴァルターも分かるでしょ」

「うん」

「例えば、アイラ先生が、精霊術に目覚めたとしたら皆疑いことなく、祝福するでしょう。アイラ先生のエモット家とエルザス王家に血の繋がりがある事は広く知られていますから。けれど、突然これまで名前を知らない精霊術師が現れたなら、みな、その人にはどの血筋が流れているのかを気にします」

「はい。僕でも、誰の血筋なのか気になります」


 ここで、ヴァルターもマリーネが言いたい事が分かったようだ。


「精霊術師だというだけでは本来は、そこまで教会は関与しない。けれど、いきなり私は精霊術師だと名乗り出る人がいたら、教会はその人を調べようとするわ。どの王家の血が流れているのか。精霊を目にする事が出来るのか。その人の過去と現在を可能な限り調べる。クロトも、精霊術師だと分かれば、調べられる」

「はい」

「そして、その血がエルドラド王家だと分かったなら、問題になるのよ。例えば、もしも、エルドラド王家の人間をエルザス王国が匿っていたと思われれば、他国にエルザスを攻める正当性を与える事になる」

「そうだよねぇ。各国が聖戦の後に多大な犠牲を払って、エデン王国を滅ぼしたのに、それをエルザス王国が裏切っていたと普通は思うからねぇ」

「そんな」


 ヴァルターが納得出来ないというように声を上げるが、確実にそうなる。

 イアルもアイラも、そこまで考えていなかった。

 イアルは、自分が隠していた言い訳としてだけ考えていたし、アイラも、イアルはエモット家の人間だと考えていたため、国が精霊術師として勧誘する事可能性まで頭が回っていなかった。

 見通しが甘かった。


「そうですね。クロトの事が知られたら、国を超えて問題になる。申し訳ありません。マリーネ様。私もそこまで、頭が回っていませんでした」

「アイラ先生・・」

「クロトが精霊術師だという事は、父にも、エモット家当主にも隠しており、この事を知っていたのは、私だけです。どうか、罰するのは私だけに」


 アイラの言葉に、マリーネが頭を振る。


「アイラ先生、別にエモット家を罰するつもりは私にはありません」

「私も、気にしませんよ。というか、これ、クロト君が、精霊術師だってこと、ここだけの秘密のしとかないとダメでしょ」

「ええ。クロトがエデン王国と関わりがあると分かった以上は、絶対に口外は出来ない」

「マリーネ様、テーニア様、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 アイラが申し訳なさそうに2人に頭を下げる。

 イアルも、アイラに習ってお礼を言う。


「ところで、テーニア。ヨアヒム様は、これを知っていて、クロトを魔法学園に入学させたの?」

「少なくとも、私は兄様から聞いてない。でも」


 話を切り替えるように問うたマリーネにテーニアが少し躊躇ってから再度、口を開いた。


「私は、兄様から、面白いのが、魔法学園に入学する事になったってクロト君の事を教えてもらった。エモット家が奴隷として隠していたけど、興味深い男だって」

「・・」

「あの兄様がそんなことを言うなんて珍しいから、私も興味を持って、昨日教室まで覗きにいったんだけど・・。ここまでは全部、兄様に誘導されてると思うよ」

「誘導、ですか?」

「うん。でも、何が目的かは私にも分からないけど」


 テーニアの言葉に、イアルはマリーネ達と一緒に考える。


「ヨアヒム様にもメリットはないのでは?クロトを魔法学園に誘ったのヨアヒム様です。この場合、ヨアヒム様が、エデン王国の残党を招き入れたと疑われるので、そのような事はしないと思います」


 アイラの言葉に、マリーネ達も頷く。


「そうだね。さすがの、兄様も知りようないでしょ。クロト君が、精霊術師で、その上エデン王国の人だったなんて」

「そう思いたいわね」


 マリーネはそれでも完全に疑いを消したわけではない様子だったが、納得はしたようだ。


「クロト。あなたが精霊術師と知っているのはここにいるメンバーだけ?」

「はい。ただ、他に知っている可能性としてあげるなら、まず、この前ヴァルター様と一緒にいた時に戦った、ブローカーを名乗る男ですね」

「どういうこと?」

「俺は、その男の前で、奴隷の首輪をした状態で、精霊術を使いました。魔法に見せかけはしましたが、違和感は感じている様子だったので、可能性として考えてはいるはずです。確証は持っていないでしょうが」


 イアルの言葉に、マリーネの顔が少し歪む。


「ヴァルターは気がつかなかったの?」

「まったく気がつきませんでした。ただ、姉様みたいに凄い魔法を使う人だなって・・」

「そう」


 ヴァルターに対して、何か言いたそうだったが、マリーネは飲み込んだ様子だ。

 イアルは話を続ける。


「後、可能性として少ないですが、他の精霊術師ですね」

「精霊術師?」

「はい。精霊術師の中には、自分以外の精霊術師の気配が分かる人もいるときいたことがあります。そういう人とすれ違ったりした事があった場合には知られています。まあ、これはないでしょうが」

「他の精霊術師の気配が分かる?」


 マリーネが信じられないと言った様子でイアルの方を見る。


「聞いた話ですが、そういう人もいるそうです」

「そう、なの」


 ジョアンは分からなかったようだが、国王陛下が気配で分かる人だったらしい。他にもいたらしいがイアルはあまり詳しく聞いていない。

 イアルにはまったく分からないが、そういう人がいてもおかしくはないと思っている。

 これはそういうものだと納得するしかしかたがない。


「エデン王国の生き残りで知っている人はいないの?」


 アイラのその質問にイアルは考える。

 ジョアンの精霊を貰った事は誰にも話していない秘密だ。

 しかし、フィリペがそれを予測していないだろうか?

 そう問われると、予測され、レオポルド達側近に知らせれている可能性が否定出来ないのが、フィリペ=エルドラドの怖さだ。

 知られていると思って、行動はするべきだ。


「私が、精霊術師だという事を知っている人はいます。ですが、この5年、私は彼らとまったく接触を持っていないので、その人達がどこにいるのかは分からないので・・」

「そこを疑ったらきりがないし、手のうちようがありません」


 イアルの言葉を断ち切るようにマリーネがまとめる。


「とりあえず、クロトが、精霊術師であることと、エルドラド王家の血が流れている事は、この5人だけの話と考えます。ヴァルター、良いわね。絶対に他の人に、父上にも話をしてはダメよ」

「はい」

「アイラ先生とクロトも、これはエモット伯爵に止まらず、エルザス王国の問題です。これまでと同じように、誰にも話さないようお願いします」

「承知しました」


 アイラと威圧の返事を聞くとそこで、マルーネがテーニアを見る。


「テーニア、あなたはどうするつもり?」

「ん?」

「ヨアヒム様に報告するの?」

「うーん。どうしよっかなぁ。多分、兄様は、こういう事を知りたくて、私にクロト君のこと話したんだろうけど・・」


 テーニアは、イアルとマリーネの顔を見比べながら考えている。

 マリーネは探るようににテーニアの事を見ている。

 その様子から、ヨアヒムと現国王・エヴァルトの争いがまだ完全には終わっていない事が分かる。

 マリーネとテーニアの仲はそれほど悪くないように見えるが、それぞれの父親と兄が争っているから関係は複雑なのだろう。

 なら、何故、テーニアを今日ここに連れてきたのかは分からないが。


「うん。いいや。兄様には報告しない」


 テーニアの言葉にイアルは、アイラやマリーネとともに安堵の息を漏らす。

 とりあえず、イアルの精霊術師という秘密は守られる事になった。


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