第46話
魔王領域の中心にはダンジョンと呼ばれるものがあった。
それは、魔物が産まれるという不思議な場所。
地中。どこまで深く続いているのか誰も知らない。魔物達の住処。
魔物が無限に湧き出てくる、不思議な地下迷宮。
それは、500年以上前、ベルフォール大陸の中央よりも北側、ノウスフォール地方にほど近い場所に突然現れた。
そして、その日から、大陸に置ける、魔物達の侵略が始まった。
魔王領域にいる全ての魔物が、その地下から這い上がって来たと言われている。
けれど、その存在を確認したことが分かっているのは選ばれた人間だけ。
魔物達の出現から、それほど間を置かずに、謎の光とともに現れた伝説の勇者。
その勇者に認められた伝説のパーティーメンバーだけがその存在を確認したとされている。
そのなかには、500年経った今にも続く、王国を残した戦士もいた。
けれど、現代においては、ダンジョンとは誰も実物を見たことがない遥か昔に伝説になった建物だ。
誰が、いつどうやって作ったのかまったく分からない謎の建築物。
一説では、魔王の胎内。
一説では、魔界への入り口。
一説では、地獄への落とし穴。
そして、一説では、異世界へと繋がる階段。
様々な言われ方をして、当時はいろいろと議論をされた文献が残っているが、それも遠い昔の話。
今の時代に、ダンジョンは、遠いところにある、決して人類がたどり着けない場所にあるモノとして、認識の外にある。
いや、認識の外にあるモノだった。
それが、突如、ノウスフォール地方に現れた、かもしれない。
それが本当に、伝説のダンジョンと同じモノなのかは、真偽は誰にも分からない。
なぜなら、本当のダンジョンを誰も見たことがないのだから。
ただ、それは、単なる大地の切れ目に見えた。
けれど、魔物とおぼしきモノが、裂けた大地から這い上がってくるのを見たと主張する人がいた。
それは、ノウスフォール地方では名の知れた傭兵団のリーダーだった。
リーダーの圧倒的な強さと統率力、そして、最大規模の人数を誇った彼らは、金銭次第で、何でもする集団として有名だった。
人殺しや誘拐にも平気で手を染める彼らを嫌う人間も多かったが、確かな実力があったため、一部では非常に重用されていた。
そんな、彼らのリーダーが無惨な姿で発見された。
発見された時は、両腕と、片目を失い、自力では歩くことは愚か、立ち上がることも出来ない状態で、偶然、通りかかかった隊商に助けられた。
その時は、しゃべることも出来なかった彼だが、奇跡的に、命が助かると、魔物の出現を彼は声高に叫んだ。
聖戦にも参加した経歴を持ち、魔物との戦いを幾だびも乗り越えて来たはずの彼の言葉であっても、疑う者がほとんどだった。
多くの被害を出した聖戦によって、全ての魔物を魔王領域に追い返し、この6年間、ノウスフォール地方では魔物の目撃情報はどこにもなかった。
だから、人々はもう、魔物が神域に現れることはないと思っていた。
いや。
願っていた。
なぜなら、そうでなければ、長きに渡る聖戦が何のために行われたのか分からなくなるから。
魔物を神域から追い出す戦いが無駄になったような、その戦いに命をかけた多くの戦士達の犠牲が意味のないモノになってしまうような、そんな気がしたから。
だから、その傭兵団のリーダーの声を聞いた多くの人は彼の言葉を信じようとしなかった。
信じたくなかった。
未曾有の自然災害が襲ってきて、まだ、その跡が至る所に残っている状況で更なる災厄がやって来たなどと、誰も考えたくなかった。
だから、彼のその言葉を聞いた人々は、未確認のその災厄から目を逸らし、重体を負った彼の何らかの言い訳だと考えた。
きっと、傭兵団同士で仲間割れをしたのだと。
その恥を隠すために、同情を買おうとしたのだと。
そう思おうとした。
けれど、彼らがいた場所の確認はしなければいけなかった。
それでも、自然災害の対応のためと後ろ倒しになり、確認のための派兵は遅れた。
そして、結局、その傭兵が見つかってから半月ほどが経過してから、送られた兵士達は、言葉を失った。
ノウスフォール地方でも、ほぼ北端に当たる場所。
南方にある、魔王領域とは真逆に位置する場所。
そこは、本来、魔物とは最も縁遠く、人類の最後の拠り所となるはずだった。
そのため、簡単な作りだが、大きな砦が各国の共同で作られていた。いざという時にために。
ただ、魔物の脅威が無くなり、必要がなくなったと思われたため、その砦は、最低限の維持のための人間を残して、忘れ去られた存在になっていた。
その維持をしていたのが、魔物との戦いが終わり、生き場所を減らしていた傭兵達だった。
常日頃から、傭兵という存在に嫌悪感を抱く、兵士は一定数いる。
お金さえ貰えば、どんなことでもする彼らの価値観は、国に仕える兵士とはまったく異なった。
そして、砦に派兵された部隊の隊長はまさしくその考えだった。
国のためなら、命を惜しまない彼にとって、自分のことを第一と考える傭兵の存在は許せないものだった。
だから、名うての傭兵だった男が、依頼された砦の維持を放棄して、逃げたことに腹を立て、この機会に、国の傭兵の扱いを変えようと思っていた。
けれど、それは叶わなかった。
派兵された彼らは、砦をその目で見ることも叶わなかった。
砦に向かう、その道中には数へ切れない数の魔物がいた。
正確には、聖戦に行ったことがなく、実際に魔物を見たことがない彼らにとっては、魔物にしか見えない未知の何かがいた。
そして、それらは、自分たちを見る兵士の存在に気がつくと、一目散に襲いかかってきた。
そこには、何の目的も、何らかの意志もまったく感じ取れなかった。
ただ、欲望のままに、目についたものから、襲っていく。
そんな知性のない魔物の本領が発揮されてしまった。
その姿を見て兵士達は、我を忘れて、逃げ出した。
ただ、1人、部隊の隊長だけは、最後まで、国からの命令を成し遂げようと踏みとどまり、魔物の一撃で亡くなった。
魔物達は、そこから無秩序に散らばっていた。
逃げ残った兵士達は国に報告をした。
見たこともない 魔物が現れた。
必死に、抗おうとしたが、抵抗むなしく、隊長の犠牲のもと、国に報告のため、帰って来た。
魔物の襲来。
自然災害に隠れて、人知れず、魔物達の脅威がノウスフォール地方に広まっていた。
魔物の脅威が去ったと思われたノウスフォール地方に、たった、6年で魔物の脅威が再び、迫って来た。
各国に届いたその報告によって激震が走る。
年明けからの災害の対応に追われていた各国の首脳部にとっては頭を抱えたくなる問題だった。
それでも、無視をすることは出来なかった。
これを無視すれば、どうなるかは明白だった。
明日起こるかもしれない災害よりも、今日現れるかもしれない魔物の方が脅威だった。
誰の口にも、ダンジョンという言葉なんて上がらない。上がるとすれば、伝説の勇者やその仲間を讃える物語の中でだけだった。だから、ダンジョンなどという者の存在を多くの人が忘れていた。
それが、どれだけ幸せなことだったのか。
そのことに人類が気がついたのは、神武歴497年が始まってから、既に2ヶ月目に入ってからだった。
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