第49話



 イアルは久しぶりにアイラの研究室に行った。

 しばらく訪れることが出来なかったそこは、またも、本や資料が溢れている。

 その片付けを手伝いながら、イアルとアイラは、近況を伝え合うが、当然、発表されたばかりの魔物討伐のための国内巡回の話になる。


 アイラは生徒達の巡回に付いて行くことが決定しているらしく、そのための準備に、最近は忙しいようだ。

 例えば、治癒の効果がある光魔法の使い手の多くは、教会に属していて、各国が専属として抱えている人は少なく、基本は、軍が手放さない。

 そのため、光の魔法使いを同行させるためには、教会への協力要請をしなければいけない。

 他にも、今回の災害で使えなくなった街道の確認など、教師達は準備で目が回るほど忙しいらしい


「もう、準備でてんやわんや。私、学園の教師の中で、一番下だから、いろんな先生から、雑用も押し付けられるし、大変よ」


 だから、部屋の片付けにまで、手が回らないのだとアイラはイアルに必死に主張する。

 イアルが、研究室にこれなかかったから、汚くなってしまったわけではない。

 

「ありがとうございます。アイラ様みたいに、事前に準備をしてくれる人がいるので、生徒達は、巡回に行けるんですね」

「まあ、私達がしっかりと準備しないと、生徒の子達にいらない怪我をさせちゃうしね」


 そう言う、アイラの表情は暗い。


「もしも生徒の中に死亡者なんか出したら後悔してもしきれない。私としては、本当は、生徒の参加には反対なんだけど、決まっちゃたからね。すこしでも、危険を減らすためには万全の準備をしておかないと」


 今回の生徒の派遣に納得が言っていない様子のアイラ。

 教師として、生徒のことが心配なようだ。


 そのアイラに参加を希望していることを告げるタイミングを測っていたイアルは、さらに言い出しづらくなり、気まずくなってしまう。


「どうかした、イアル?」


 そんなイアルの様子に気がついたのかアイラが尋ねてくる。

 誤魔化そうとしたイアルだが、アイラは、イアルを問いつめようとする。


「イアル、何か、隠してるでしょ。」

「いや、隠していることなんて・・」

「はい、嘘。イアル、これまでもエデン王国のこととか昔から色々と隠し事してたでしょ」


 話が急に変わりイアルはその戸惑う。


「イアルに何か隠していることがあるのは知ってるけど、なんか、今日はそれとは違う気がするわね」

「はぁ」

「私に隠さないといけないことじゃなくて、話したくないことがあるのかしら」

「・・」


 首をひねりながら尋ねてくるアイラに、イアルは言葉に詰まる。

 言い訳を探そうとしたイアルだが、何も思い浮かばなかったので誤魔化すことを諦めた。


「俺は、今回の魔物討伐に参加しようと思ってます」

「えっ、クロト討伐参加するの?」


 アイラの驚いた声が研究室に響く。

 よほど驚いたのか、手に持っていた本を落としてしまう。

 そのことも気にせずに、アイラはイアルに詰め寄る。


「はい。パーティーを組めるか分からないですけど、そのつもりです」

「何で?」

「何で、と言われても、今回出て来た魔物がどんなモノなのか知りたいからですかね」

「そんな理由で・・」


 更に詰め寄ろうとするアイラにどうしたらいいか困っていたイアルに救いの手が現れ、いや声が聞こえた。


「アイラ先生、いらっしゃいますか?」


 マリーネの声だ。

 イアルを問いただそうとしたアイラだが、王族の声を無視することは出来ない。


 アイラが出迎えると、マリーネだけじゃなしに、テーニアやヴァルターの姿もある。


「クロト、あなたもいたんですね」

「はい」


 イアルは、アイラの追求が終わり、話がそれたことを幸いとして、片付けを中断して、お茶の用意をする。


「あれ、クロトくん、今日はお菓子なし?」

「すいません。持って来てなくて」

「そうなんだ。残念」


 本当に残念そうにするテーニアに、自分のお菓子を楽しみにしてくれていたことは分かりイアルとしては嬉しい。


「テーニア、失礼でしょ。クロトは好意で用意をしてくれていただけなんだから」

「分かってるよ、ごめんねクロトくん。催促してるみたいになって」

「いえ」


 イアルは、久しぶりに話すマリーネ達と話していたが、アイラの研究室ということで気楽に話せる。


「あの、姉様達は、ここでクロトさんとお菓子を食べたりしてたんですか?」


 ヴァルターの言葉に、イアルは固まってしまう。いままで、ここで会っていることはヴァルターには秘密だったのだ。そのことを忘れていた。

 マリーネを見ると、困ったようにヴァルターから目をそらしている。

 一方で、原因の言葉を発したテーニアは、自分は関係ないとばかりに、席について、お茶をもう飲んでいる。


「イアルは、学園に入学してから私の研究を手伝ってくれていたんです。それで、マリーネ様やテーニア様は、去年から、研究室でたまに、私のお話し相手になってくださっていたので、何度か顔を合せることがあったんです」


 見かねたアイラが口添えをしてくれた。


「ああ、なるほど」


 ヴァルターはアイラの言葉に納得してくれた。


「あれ、でも、最近、クロトさんは、寮と教室の往復だけで、何もしていないとジャンが言ってましたけど?」

「それは・・」


 悪気のないヴァルターの言葉にアイラも詰まってしまう。


「あの演習試験の後は、放課後にジャン様達と話すことが多くなったので、研究室から足が遠くなってしまったんです。今日は久しぶりに。」

「それは、すいません。ほんとうなら、僕がジャン達にやめるように言うべきなんですけど」

「いえ、私の試験での行動が原因ですので、ヴァルター様はおきになさらないでください」

「・・はい」


 ジャン達の行動の話になると、どうしても場が沈みがちになってしまう。


「マリーネ様達は、私に何かご用件でしょうか?」


 空気を変えるようにアイラがマリーネに研究室を訪れて来た理由を聞く。

 もともと、約束が会ったわけではないようだ。


「過去の魔物について国がまとめた資料を、今アイラ先生が整理されていると聞いたので、来たんです。魔物討伐に向かうにあたって、事前に勉強をしておきたかったので」

「なるほど。では、テーニア様達は?」

「私とヴァルターは、マリーネちゃんの付き添いです。私たちは、今回は参加しないですけど、来年以降もあるかもしれないので」

「そうですか」


 アイラは、しばらく資料をあさっていたと思うと、いくつかの資料を机の上に載せる。


「まだ、整理の途中ですが、聖戦時までの魔物に対する分析された資料です。このなかから、整理して、参加する生徒の皆さんにはお渡しする予定です」

「ありがとうございます。拝見させてもらいます」


 真剣な様子で資料を見始めたマリーネにイアルは尋ねる。


「私も見させてもらっていいですか?」

「ええ、もちろん」


 生徒に開示されるモノならともかく、これはエルザス王国の者しか見られないかと思ったが、あっさりと許可が出る。

 テーニアがスペースを開けてくれたので、マリーネと並んで見させてもらう。


「クロトくんも魔物には興味あるの?」

「ええ。今回の討伐も出来れば参加したいなと」

「えっ」

「参加するんですか、クロトさん?」


 マリーネ達は驚いているがヴァルターからは本気を疑うような視線を向けられる。

 それほど信じられないことなのかイアルはその反応に驚く。


「聖戦のときの魔物と今回現れた魔物の違いとかは確認をしておきたいので。これから、ノウスフォール地方に起こる異変について、何か手がかりになるかもしれないので」

「違いって、イアル、聖戦のときの、魔物知ってるの?」

「それほど、多くは知らないですけど、ここに乗っているのはだいたい知ってますよ」


 コボルト、ゴブリン、オーク、ワーウルフ。


 どれも、それほど強くない魔物だ。

 ずべて、1人で倒したことがある魔物だ。もっとも、本体が戦った後の残党狩りで、大人達に見守られながらだったが。


「クロトくん、もしかして、魔物と戦ったことあるの?」

「それはないでしょ。聖戦が終わった時、クロトはまだ9歳でしょ」

「ありますよ」

「!!」


 マリーネ達はもちろん、アイラも驚きで動きがとまる。

 それほど驚くことだろうか?


「聖戦に参加してたの?」

「直接は参加していないです。でも、補給物資を届けるのに、前線に行ったことはあります。でも、基本は本体が討ち漏らした残存の敵の掃討に何度か参加させてもらっただけですね」

「だけって・・」

「エデン王国っていったい・・」


 おかしな者を見る目で見られてしまう。

 このままだとエデン王国がおかしな国に思われてしまいそうと感じたイアルは弁明する。


「私は、ジョアン王子の付き人をしてたんで、他の人よりは経験があるんですよ」

「確かに、ジョアン王子は、8歳の時に戦場に出て、大規模な精霊術を使って魔物の群れを一掃し、最強の精霊術師と言われ始めましたね」


 アイラが思い出したようにそんなことを言うので、イアルもその時のことを思い返す。


「確かに、あの時は大変でしたね」

「イアルも何かあったの?」

「いえ、ジョアン様は、その術を使った後、実は、疲労で倒れられたんです」

「そうなの?」

「でも、たしか、その後、英雄の誕生って、各国回ってなかった?私、父様に連れられて、そのパーティーに出てた気がする・・」

「はい、ですので、ジョアン王子の変わりに俺が身代わりとして出てたんですよ。そのパーティー」

「「えっ」」


  テーニア達の驚きの声が重なる。


「エルザス王国を訪ねた時は、ハインリヒ様にも挨拶させてもらった覚えがありますよ」

「そう、なんだ。父様と・・」

「その時は娘を嫁に貰ってくれないかと言われて困りましたよ」

「私が、クロト君と?」


 テーニアが大声を上げる。


「いえ、その時の私はジョアン王子に変装してたので・・」

「あっ・・。う、うん。そうだよね。混乱した」


 それでも、なんだかテーニアの顔は赤くなった、ままだった。

 それをマリーネとアイラがじっと見ていた。

 何故か、空気が悪くなったことを感じたイアルは話を元に戻す。


「まあ、そのようなわけで、私は今回の討伐任務に参加します。精霊術はバレないようにするので心配しないでください」


 イアルは、そう宣言したが、アイラ達には、不安そうに見られただけだった。

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