第38話【記念】お揃いのスマホケース

 末広通りを抜けると新宿通りに出る。今日の目的のお店はこの近くにあるファッションビルに入っているお店だ。


「誕生日プレゼントはこのお店のスマホケースがいいんですよね」


「そう、昨日いろいろ考えたんだけど、それがいいなって思って。今のスマホは画面に保護シートは張っているけどケースはなかったから」


 昨夜、美咲さんと話した後にさらに考えてこの結論に至った。


 このお店のスマホケースは様々なキャラクターやブランドとコラボしたものや色やデザインを自分好みにカスタマイズすることができるものがある。ネットからでも注文することもできるのだけど、やっぱり、毎日手に触れるものだからその感触は大事だと思って店舗から注文することにした。


 お店は遠くからでも目立つような鮮やかな青い壁と天井、商品が並ぶ棚と机は白を基調としたつくりになっていて、俺一人では場違いな感じのおしゃれさだ。


「コラボの種類多いですね」


 七瀬さんはキャラクターコラボの棚の前で商品を熱心に見ている。


 キャラクターコラボだけでも世界一有名なネズミだけでなく、二頭身のバナナのようなキャラクター、大人気少年漫画のキャラクター、リンゴ三個分の重さの猫、ニッチなアメコミのキャラクターまで幅広くある。


「そうだな。でも、今日はキャラクターコラボじゃなくて、自分でカスタムするタイプにしようと思ってんだ」


「えっ、大丈夫ですか」


 何か恐ろしい物でも見たかのように口元手で覆った七瀬さんが俺を見る。


「大丈夫だろ。基本のケースを決めたら、後はそこのタブレットでデザインを決めるだけなんだから。難しい操作はないと思うけど」


 何をそんなに怖れているのだろう。


「そうではなくてですね。四元君がデザインや配色を決めるってことです」


「つまるところ、七瀬さんは俺のセンスは危険だと」


「あ、うぅ、そ、そこまでは言わないですが……」


 七瀬さんは地雷を踏んでしまったというようにあわあわと手を小さく振っている。


 俺にこういうものを作る時のセンスがあるかといえば、間違いなくない。今日の服だって、俺のセンスというよりも香澄のセンスだったりする。


 では、なぜ、わざわざカスタムするタイプにしようかと思ったかといえば、

「七瀬さんの言うとおり。俺はこういうもののセンスがあまり良くないから一緒に選んで欲しい」


「へ?」


「いや、だから、俺一人で選ぶと危険だから、七瀬さんにも手伝って欲しいってこと」


 日本語で話したはずなのに俺の言葉を脳内で翻訳しているような表情を浮かべること数秒。


 俺の言葉を理解したのか安堵の色が広がり、

「怒ってはないということでいいですよね」


「もちろん。俺にこういうセンスがないことはわかっているし、このぐらいのことで俺は怒ったりしない」


「……では、さっきの『俺のセンスは危険だと』というのは?」


 俺は片方の眉だけを上げてニヤリとしてから言った。


「そのままだ。俺のセンスは危険だよなって七瀬さんに聞き返しただけだな」


「うぅぅ、わざとですね。わざと琴線に触れたような言い方を」


「まあ、いつも七瀬さんにやられっぱなしだからたまにはと思って」


「そんな、いつ私が四元君にそんなひどい仕打ちをしました」


 口をへの字に曲げて、結んだ拳を振る。


「それは七瀬さんが自分の胸に手を当てて思い返せばわかっ、痛っ」


 俺が自分の胸に手を当てるジェスチャーをすると、隙ありと言わんばかりに七瀬さんのデュクシが炸裂した。


「四元君、いいのですか? これから私と一緒にデザインを決めるのに。壊滅的なセンスに誘導しますよ」


「壊滅的センス×壊滅的センスで芸術的センスになるかもな。俺は七瀬さんがそっちに誘導したとしてもそれはそれで記念や思い出になるからいいかなと思うけど」


「もう、やっぱり、四元君は全くです」


 七瀬さんは小さく鼻でため息をついてから続けた。


「では、一緒に考えるなら始めましょう。ベースのケースはどれにしますか?」


「ベースはこのプロテクションが強化されたものにしようかと思ってる」


「このタイプだとベースのカラーはこの四色ですね……」


 それから俺たちはお店に置かれているタブレットを操作してデザイン、配色、配置、それからテキストの書体や色を決めていった。


「こんな感じでどうでしょう」


「うん、いい感じだと思う」


 カバーの柄はチェッカーフッラグで、チェッカーフッラグの白い部分がオレンジからブルーへのグラデーションになっている。黄昏時の空を思わすような綺麗な色は二人の意見が一致したところだ。そして、テキストは自分の名前をオレンジの筆記体にした。


「では、これで注文しましょう」


 タブレットの画面の「カートに入れる」をタッチしたところで、俺はちょっとばかり勇気を振り絞って七瀬さんの方を見て話した。


「あ、あのさ、もしよかったらもう一つ作らない? 七瀬さん分も」


「私の分もですか……」


 やっぱり、引かれたか……。


 昨夜、美咲さんと話している時に記念になるようなものがいいんじゃないとアドバイスをもらって、今みたいに一緒に何かを作ったら記念になるんじゃないかと考えて、このお店のスマホケースを選んだ。


 その時にそれなら自分の物だけじゃなくて七瀬さんのも作ったらいいんじゃないかと思ったところだ。


 今朝、美咲さんにそのことを話したら、雅紀君がそう考えているならいいんじゃない。プレゼントの予算をどういう風に使うかも雅紀君の自由だからねと話してくれた。


「別にお揃いのやつとかいう意味じゃなくて、七瀬さんは七瀬さんがいいと思うもの選んでもらっていいし」


 なんだか必死に言ってるみたいで、すごくかっこ悪い。


 たしかによくよく考えれば、いくら家族とはいえこんな風にいきなり話をしたら気持ち悪がられるだろう。


「でも、今日は四元君の誕生日ってことでお金ももらっているので、それは悪いです」


「それは大丈夫。今朝、美咲さんにはプレゼントの予算をこういう風に使ってもいいかって聞いたから」


「だから、お母さんはあんなことを……。今朝、お母さんから、もし、四元君からプレゼントのお裾分けをもらうことがあったら、喜んでもらいなさいって言われたんです。その時はプレゼントのお裾分けってなんのことだか全然わからなくて、ステーキのことなのかなと思っていたのですが、そういうことだったんですね」


 心の中で美咲さんのアシストに感謝すると同時に、まだステーキのこと引っ張っているのかよとつっこんでしまった。


「そう、プレゼントのお裾分けだから。気にしないで七瀬さんがいいと思うものを選んで」


「わかりました。では、お言葉に甘えますね」


 そう言うと、七瀬さんはタブレットを操作してカスタム用のケースを選ぶと、迷うことなくデザインを決めていった。迷わない理由は簡単で、デザインはさっき俺が注文したものと同じで、違うのはピンク色で書かれたCholeの文字だけだ。


「えっ!? いいのか、同じデザインで」


「はい、ここに来る途中で話したじゃないですか。作品と一緒に思い出も共有したいって、同じにすれば今日の思い出を共有できるじゃないですか」


 それはそうかもしれないけど、ここまで一緒だとペア・スマホケースだ。俺は七瀬さんがもっと可愛らしいデザインのものを選ぶと思っていたし、俺の考えていた記念っていうのは一緒に買いに行ったくらいの感じで、ペア・スマホケースは想定してない。


「でも、同じデザインだと学校でみんなに気付かれるんじゃないか」


「大丈夫じゃないですか。ここのお店の商品は人気があって他にも使っている子がいますからそこまで目立たないと思います」


 うーん、まあ、俺のスマホケースなんか気にする奴なんていないだろうから大丈夫か。


「そうだな。それじゃあ、それも注文してくれ」


 俺は七瀬さんの「注文確定」を確認してレジへと向かった。


 店員さんからは一時間くらいで完成すると説明を受けたので、それまで他のお店を見て回ったり昼ご飯を食べたりすればいいかと考えた。


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