第41話 拝啓、父上様(前編)

 ラーメン屋での昼食を終えた俺たちは完成したスマホケースを受取りに店まで戻った。


「タブレットで見たものよりもいい感じに仕上がっていますね」


「そうだな。発色もいいし、持った時に違和感もないからいいな」


 出来上がったスマホケースを受取り、その出来栄えを確認する。


 こういう時ってなんやかんやテンションが上がる。


 でも、自分のケースと七瀬さんのケースを見るとやっぱりペア感はいなめない。


 学校でばれないといいな。


「では、あとは四元君が行きたいという所ですね」


 店を出たところで七瀬さんは俺の進行方向を塞ぐよう立って次の目的地を聞いた。


「行きたい所なんだけど、俺も詳しい場所はわからなくて」


「それなら、スマホで検索すればすぐにわかるじゃないですか」


 七瀬さんが肩掛けのバックからスマホを取り出す。


「いや、検索しても出てこない所だから」


「検索して出てこない所って一体どこに行こうとしているのですか」


「今日……、もう一人誕生日の人いるだろ。その人のところ」


 俺の言葉に虚を突かれた七瀬さんの表情が硬くなるのがわかる。


「それって、お父さんのことですか……、でも、どうして」


「昨日、美咲さんからたまたま聞いた。今日が亡くなったお父さんの誕生日だって。だから、美咲さんは午前中からお墓参りに行ってることも」


 たまたまだなんて言ったけど、本当は美咲さんから口に出さないのも大人の嗜みと言われた後に、まだ子供なんで教えてくださいと屁理屈を言って教えてもらった。


 うちと違って七瀬さんのところはお父さんが亡くなっているということは親父から聞いていたけど、その亡きお父さんが俺と誕生日が同じということを知った時は驚いた。


「でも、急に行くと言ってもお墓参りの準備をしていませんし」


「それなら、大丈夫。ちゃんとお線香とかローソクとか数珠とかは持ってきた」


 今朝準備に手間取ったのはこのお墓参りセットを探していたからだ。


 俺は鞄を開けて中に入っているそのセットを七瀬さんに見せた。


「いいんですか、せっかくのお誕生日なのに私のお父さんのお墓参りに行って?」


「ああ、美咲さんが言ってたんだよな。大事な日はお祝いをしないと忘れちゃうものだって。それにうちはお誕生日はちゃんとやるって言っていたから俺だけじゃなくて七瀬さんのお父さんもちゃんとお祝いしないと思ったんだ」


 七瀬さんは一度目を瞑り一呼吸おいてから口を開いた。


「わかりました。では、行きましょう。ここからなら地下鉄を使えば三十分くらいで着くと思います」


 地下鉄の駅へはスマホケースを買った店が入っているビルから直結で行くことができた。


 二人で並んで歩いているだけなのにさっきまでとはちょっとだけ雰囲気が変わって緊張感がある。


 七瀬さんのお父さんに面識がない俺が墓参りに誘ったのは出過ぎたまねだっただろうか。


 改札を抜けて、階段を降りてホームに着くとちょうど電車が出て行ってしまったタイミングだった。


 ホームドア前の整列乗車の位置に並んで待っていると、俺の服をくいくいと引っ張りながら七瀬さんが不安そうな面持ちで聞いてきた。


「あの、お母さんからはどこまで聞いたんですか」


「さっき話したぐらいかな。今日が七瀬さんのお父さんの誕生日ってことと、美咲さんがお墓参りに行くってことぐらい」


「そうですか……。昨日のことでちょっと話したいことがあるのですがいいですか」


「昨日のこと?」


「はい。昨日、体調が悪くなったことについてです。たぶんなんですが、あれは疲れもあると思いますが、私が四元君の誕生日を忘れていたことに気付いて、どうしていいかわからなくなったことも原因だと思うんです」


 俺の誕生日を忘れていたから体調が悪くなるってどういうことだろう。


 だいたい、七瀬さんに俺の誕生日の話をしたのは顔合わせの時くらいだ。あの時は他にもいろいろなことを話したから、俺の誕生日なんて取るに足らない情報を忘れても何でもないことだ。


「俺は別に七瀬さんが俺の誕生日を忘れていたって気にしたりしないのに。だいたい、俺自身が忘れていたくらいなんだから。それにどうしていいかわからなくなったってどういうこと」


「それは、香澄さんと違って、私は四元君に何もプレゼントを用意してなかったですし、何がいいだろうと考えてもいませんでした。それを香澄さんがプレゼント持ってきたことで思い出して、今からじゃ何もできない、四元君に申し訳ないって思ったんです」


「それで気持ちがしぼんて顔色も悪くなったってわけか」


「そうだと思います」


 軽快な音楽に続いてもうすぐ電車が到着するとアナウンスがホームに響く。


「だけど、七瀬さんはこうやって貴重な休日にわざわざ俺と一緒に出掛けてプレゼントを選ぶのを手伝ってくれただろ。それだって俺にとっては十分過ぎるくらい嬉しいことだけどな」


「それはお母さんがプレゼントがまだなら一緒に買いに行ったらって言ってくれたからで――」

「でも、美咲さんにそう言われても行くかどうかを決めたのは七瀬さんだろ。それに今日はもともと美咲さんと一緒にお墓参りに行く予定だったんじゃないか」


「……そうです」


 俯いたまま小さく答える七瀬さん。


 それならますます以て俺の誕生日よりもお父さんの誕生日のことが頭の中を占めるというものだ。


 近づいてくる電車のライトが駅のホームを照らす。


「なら、尚更、行かないとな。七瀬さんの父さんに大切な娘をたぶらかした奴って怒られそうだ」


「そんな、たぶらかすだなんて。四元君は――」


 七瀬さん言葉は電車の汽笛によって、吹き飛ばされてしまって途中から全く聞き取れなかった。


 ただ、言い終えた後、さっきより視線を少し下の方に向けて、頬がほんのりとうに染まっているような気がした。


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