第42話 拝啓、父上様(後編)

 霊園の最寄り駅で降りて近くのスーパーでお供え物のお菓子を買った。お花はきっと美咲さんが備えているだろうということで今回は備えるのを控えることにした。


 電車に乗っている時に駅のホームで聞き取れなかった言葉について聞いてみたのだけど、ああいうのは、一度きりですと言われてしまい教えてもらえなかった。


 半歩前を歩く七瀬さんに連れられて住宅街を抜けると霊園に着いた。東京の霊園には初めて来たが、その広さに驚く。これだけ広いとどこにお墓があるかわからなくなりそうだ。


「ここですね」


 七瀬さんが立ち止まったところに綺麗に掃除され真新しい花が供えられたお墓があった。


「やっぱり、美咲さんが綺麗にしているな」


「誘ってもらっておいてなんですが、せっかくのお誕生日なのに本当によかったんですか? 私にそこまで気を使わなくて大丈夫です」


「七瀬さんは引越ししたこととかを報告しないといけないだろうし、俺は新しく七瀬さんの義兄やらせてもらっていますって報告しないといけないと思っていたからいいんだ」


 買ったばかりのお菓子をお供えして、お線香に火をつける。


 親父と墓参りに行く時はいつも親父がお線香に火をつけていたから自分でやるのは初めてだ。ただ、これが思ったより難しい。


「何とか全体に火がいきわたったな」


「四元君って、意外と不器用なところありますね」


「俺はもともとそんなに器用じゃない。というかお線香に火をつけるなんて初めてだから」


「ほら、持ったまま話していると灰が手に落ちますよ」


 七瀬さんからの指摘を受けて速やかに香炉に供えると、二人並んで目を閉じて手を合わせる。


 心の中で自らの名前を名乗り、七瀬さんの義兄になったことなど話した。


「お父さん、この度、私にこんなに大きな兄さんができました」


 隣の方を薄目を開けて見てみると、七瀬さんは手を合わしたままお父さんにぽつりぽつりと語りかけていた。


 初めて聞く七瀬さんからの兄さん呼びに小恥ずかしさを感じたがぐっと堪えた。


「兄さんは優しくて、私に気を使ってくれてとてもいい人です。でも、時々不意打ちでプロポーズに使うような言葉を使って私を驚かしてもきます」


 前半は褒めすぎだと思っていたけれど、後半は七瀬さんのお父さんが聞いたら絶対に怒るやつだろ。


 再び薄目を開けて墓石の方を見る。さっきと違って禍々しい何かが出ているような気がする。ちなみに、俺には今までの人生で霊感のようなものがあったことはない。


「あと、兄さんはもう少し食生活を考えた方がいい気がします。お肉が多くて野菜が足らないです」


「それ、俺への説教だよね」


 終わるまで黙っていようかと思っていたけど声が出てしまった。


 手を降ろし目を開いてから俺の方を見た七瀬さんはいたって真面目な顔で墓石を指さす。


「だって、四元君が若くしてこうなっては困りますから」


「ご先祖様を指差さないであげて。俺のことはこれから気を付けるから」


「お願いしますね。四元君までいなくなってしまっては嫌ですから」


「そんな、俺はすぐにいなくなるなんてことは――」

「わかりません。そんなことは誰にもわからないです」


 七瀬さんはキッと俺の睨んで、服の裾を掴んだ。


「そうだよな。ごめん」


「お父さんは急に亡くなったから、何度ここへ来てもお父さんはどこかへ出張に行っていて、そのうちひょっこり帰ってくるんじゃないかって気がして悲しい気持ちになりませんでした。きっと、私の中でずっとお父さんの死を受け入れられていなかったんだと思います。でも、今回、お母さんが再婚して、本当にお父さんは帰ってこないんだって思えるようになったんです。だから、私はこれから徐々にお父さんの死を受入れていくのだと思います。その時は……、その時は少しでいいから私を支えてください」


 俺は目を濡らす彼女の肩をそっと抱いて、頭を優しく撫でた。


 親のどちらかがいない家庭であっても、うちと七瀬さんのところでは全然違う。うちは母さんが姉さんを連れて出て行っただけだ。


 こんな時に気の利いた言葉を言えれば頼りがいがあるのだろうけど、何て言っていいかわからない。


 ただ、言えたのは、

「ああ、そん時は、隣にいるから安心しろ」


「絶対ですよ。破ったら針千本じゃ済まないですからね」


 それからしばらく七瀬さんの頭を撫でていたら突然彼女の手が俺の手首を掴んだ。


 えっ!? と思って視線を下に向けると、ジト目に口を尖らした七瀬さんと目が合う。


「い、いつまで撫でているんですか」


「ごめん。やめるタイミングを失ってしまって」


 小さな子供寝かしつけるときに背中をとんとんするときは寝付いてしまえば止められるけど、今回はいつ止めていいかわからなかったからずっと続けてしまった。


「別に私は四元君に頭を撫でられるのは嫌ではないです。でも、女の子によってはセクハラだと訴えられることもありますから注意してください」


 そう言うと七瀬さんはこれを片付けてきますと言って、少し水の残った桶と柄杓を返しに行った。


 別にいやらしい気持ちで撫でたわけじゃないけれど、やっぱり、女の子って難しい。


 ……というか、さっきの俺はどう見ても出過ぎたまねだろ。彼氏でもなければ、兄としても付き合いの短い俺が七瀬さんの肩を抱いたり、頭を撫でたりするなんて。


 おでこに手をやり、後で七瀬さんに謝った方がいいなと考えながらお供え物のお菓子を片付ける。


 七瀬さんのお父さんは目の前でどこの馬の骨ともわからないような男が自分の娘の頭を撫でている姿を見せつけられて怒っているのではないだろうか。


 祟られたりはしないと思うがここはちゃんと説明をした方がいいと思って、もう一度手を合わせて目を閉じた。


「七瀬さんが家に来てから毎日明るく、賑やかに過ごしています。お遣いに行ったり一緒に写真を撮ったりするだけなのに振り回されっぱなしで、でも、それを楽しんでいます。七瀬さんのお父さんから見れば頼りない兄で不安なことだと思います。兄といっても同い年の俺にできることなんて多くはありませんが、できる範囲で七瀬さんが幸せだなって思えるようにします」


 目を開けて再び墓石を見る。

「…………」


 今のでちゃんと説明になっているのだろうか。途中からこれは結婚の挨拶に来た時の感じではないかと思ったが、軌道修正できずそのまま最後まで話してしまった。


 七瀬さんに聞かれてしまったら、またそんなことを言ってと怒られてしまいそうだ。


 その考えが頭をよぎった瞬間にハッとして周りを見渡す。


 よかった。七瀬さんはまだ戻ってきていないみたいだ。


 別にそういうつもりはないのだけど、七瀬さんのことについて話す時はどうも調子が狂う。


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