第43話【幕間】春原那由多の慕情②(那由多視点)

 放課後、旧校舎裏の物陰にそっと身を潜める。


 普段から人気ひとけのないこの場所は、放課後ともなればますます人通りは少ない。


 しかし、少ないからこそ告白のために使われる場所でもある。人気はないが春なら桜、秋ならイチョウの葉が綺麗な場所だからそれなりにえる場所かもしれない。


 だか、今は五月の終わりで桜はとっくに散って、イチョウの葉は青々としている。


 そんな告白によく使われる場所にあたしがいるのは誰かに呼び出されたからじゃない。


 呼び出されたのは少し先のイチョウの木下にいるクロエだ。


 どうして、あたしがクロエの様子をこんなところから観察しているかといえば、単なる野次馬根性ではない。クロエに頼まれたからだ。


 今日、ここにクロエを呼び出した奴は以前にもクロエに告白をして断られたのに再び告白しようと呼び出したらしい。全く懲りない奴だ。


 そんな奴の呼び出しなんか無視すればいいのに律儀に対応するところがクロエらしい。


 約束の時間の三分前に奴は現れた。どんな奴なのかその面を拝もうとそっとあちらの様子を見る。


 短髪で笑うと目が線のようになるサッカー部の先輩だ。あたしが少し前に蹴りを入れながら振った元彼の友人で何度か見かけたことがある。


「前にも俺の気持ちは伝えたけど、俺としてはずっと気持ちは変わらない。だから、どうだろう友達からでもいいから付き合ってくれないか」


 友達からだなんて言ってこっちが断り辛いような言い方をする奴だ。


 クロエは相手の告白に対して特に動じる様子もなくいつもと同じ調子で話す。


「以前もお話ししましたが、私は今いる友達と一緒に過ごしている時間が楽しいので、あなたの気持ちにお応えすることはできません」


 クロエはいつもこう言って告白を断っている。


 クロエが彼氏を作ることよりもあたしと一緒に過ごすことの方を選んでくれていると思うと嬉しくて、自分が告白されているわけでもないのにこっちがドキドキしてしまう。


「俺はその友達の中には入れないの?」


 入れないからそう言われてんだろ。クロエがマイルドに言っているからって調子に乗ってんじゃない。


「はい、先輩は私と友達になりたいのではなくて、それを足掛かりに付合いたいのですよね。きっと、その気持ちではいい友達にもなれないと思います」


「そ、それはそうだけど、でも、七瀬さんと友達になる男子なんてみんなそんなもんだろ」


 こいつマジでしつこいな。だからモテないということに早く気付いた方がいい。


 クロエからはこいつがなかなか引き下がらないようなら助けて欲しいと言われたが、そろそろ助けに行った方がいいか。


「そんなことはありません。一緒にいる時間を純粋に楽しもうという方もいますから」


 そして、クロエは少し間を置いてから再び口を開いた。


「それに私は今、大切にしたいと思っている人がいますから」


 おいおい、誰だよ。その大切にしたいと思っている人って! 


 思わず声が出そうなったのを口を手で塞いで抑え込み、一呼吸置いてから飲み込んだ。


「た、大切にしたい人って、それは七瀬さんに好きな人ができたってこと?」


 もうここが潮時だろうと思ったあたしは隠れていた場所から飛び出して、クロエのいるところまで一気に走った。


「はいはい、そこまで」

「えっ!? 誰?」


 先輩はさっきまで笑顔でクロエに対応していたから糸目になっていたのに、あたしの登場でひどく驚いてぎょっとしたように目を見開いている。


「誰って、クロエが一緒に過ごしている時間が楽しいって言ってくれている友達。そんなことより、先輩、クロエが優しく言ってくれているからって諦めが悪いっすよ」


「ずっと聞いていたのか」


「はい。最初の一言目で振られてんのに、いつまでもしつこくしてるんで我慢ならないと思って出てきたんすよ」


「し、しつこいだなんて」


「しつこいっすよ。でも、あたしは先輩がクロエにしつこく交際を申し込んでるだなんて訴えたりしませんから――」


 私はそこまで言うと、冷たい目色でさげすむように先輩を見て、

「さっさとせてくれませんか」

「うっ、わかった。七瀬さん、困らすようなことを言ってーー」

「いいから、早く」

「は、はいっ」


 先輩は短く返事をすると、そのまま回れ右をして、走って去っていった。


 これでまた、クロエの隣にいる奴はやばいなんて噂が流れるかもしれないな。


「ありがとう、那由多。相変わらず迫力があるね」


 ニッと笑ったクロエの笑顔が見れてよかった。


「ああいう奴にはあれぐらいビシッと言ってやらなきゃダメ。クロエが優しく丁寧に言うから、押せばもしかしたらワンチャンあるかもって考えるんだから」


「そうかな。私はけっこうビシッと言ったつもりなんだけど」


 たしかに、気持ちに応えられないとはっきりと言っていた。でも、クロエの持っている雰囲気や可愛らしさがそれを柔らかくしてしまって、いまいち伝わってなかったのかもしれない。


 一段落したところであたしの悪戯心がうずきだしてしまう。


「まあ、クロエが無事だったからいいか。それよりも、さっき言ってた大切にしたい人って誰なのかな?」


 今まで好きな人の話すらしてこなかったクロエが大切にしたい人ができたときたもんだ。これが気にならないわけがない。


「そ、それは……、秘密です」

「えー、あたしにも秘密なの」

「秘密です。誰にも言いません」


 そう言うとクロエは口の前にバッテンを作って、これ以上しゃべりませんと宣言した。


 やれやれ、クロエがそこまで大切に思っているのは誰なんだ。


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