第44話【呼出】追跡、大切な人
もし、登校した時に自分の靴箱の中に手紙が入っていたらどう思うだろう。
お気楽な奴ならラブレターと思うだろうし、金を借りている奴なら督促状だと思うだろうし、日々喧嘩に勤しんでいる奴なら果し状というところか。
俺は当然ながらお気楽な奴なので、ついに俺のところにも都市伝説だと思っていたラブレターが届いたのだと思って胸が高鳴った。
しかし、その胸の高鳴りは一瞬のもので、自分が想像していたよりも嬉しさは大きくない。少し前ならこのままスキップで教室まで行ったと思うけど、今は好意を向けられてもどう返事をしたらよいか困惑の気持ちの方がずっと大きい。
俺はその手紙をそっとポケットに入れると、いつもと同じように教室に向かい自席に着いた。
周りを見渡し、鳥嶋がまだ登校していないこと、香澄が友達と話すために席を外していることを確認してからポケットから手紙を取り出し中身を確認した。
『今日の昼休憩 こないだ一緒にご飯を食べたところに来て 春原』
……これって、ラブレターじゃないよな。むしろ、単なる呼び出しだ。
内容が呼び出しだと気付くと、自分がラブレターだと思っていたものが落ち着いて見ればメッセージカードだとも気付いた。
呼び出しのカードに胸が高鳴ったとは恥ずかしい。
もちろん、呼び出されてそこで告白というイベントが起きる可能性もあるという指摘があるかもしれない。
だが、相手が春原さんではその可能性はほぼゼロと言っていい。俺と春原さんには告白イベントが発生するほど親密度が高いとは到底思えない。というかフラグすら立っていないと思う。
一体どんな要件があってわざわざ呼び出したのだろう。とりあえず、カツアゲではないと思うけど、手持ちの現金は最低限にしておこう。
昼休憩になると、俺は弁当を持って呼び出されとおり先日、春原さんと一緒に弁当を食べた旧校舎の屋外階段までやって来た。
旧校舎に入ったあたりから誰ともすれ違うことがないくらい人気のない落ち着いた場所。俺のお気に入りののんびりスポットだったのに最近は全くゆっくりできていない。
一度、お祓いでもしてもらった方がいいのかもしれない。
「早いね。あたしも今来たところ」
「そっちこそ。でも、何だってわざわざこんな方法で俺を呼び出したんだ。LIMEとか使えばよかったのに」
すでにお弁当を食べるために階段に座っている春原さんは、俺が指に挟んでいるカードを見上げながら呆れ顔で言った。
「だって、あたし、四元のID知らないから」
「でも、それなら直接声を掛けてくれたらよかったのに」
「もちろんそれでもよかったけど、そうやってカードで渡した方が忘れないかなってね。もしかしてそのカードを見てあたしに告白されるとか思っちゃたりした」
悪戯好きの子供ような笑みを浮かべる春原さん。
一瞬ではあったが俺の胸の高鳴りを返して欲しい。
「いいや、春原さんとはこないだ話したぐらいだから、そんなことになるとは考えてなかった」
「そう? 話したことがなくても陰から四元のことを見ていて、思いを心に秘めてるってパターンもあるでしょ」
「そういうパターンもあると思うけど、春原さんはそういうタイプじゃないでしょ」
「まあね」
ばれてしまったというように春原さんはぺろりと舌を出した。
「それで、俺をここに呼び出したのは七瀬さん関連の話?」
「そう、ただ、本題にまでにちょっと話が長くなるから四元も弁当を食べながら聞いて」
俺が春原さんの横に座り弁当を広げて、食べ始めると春原さんは昨日、七瀬さんが上級生に告白されたことを話し始めた。
そして、七瀬さんが告白を断る時の言葉としていつも違って〝大切にしたいと思える人〟がいると言っていたことを話してくれた。
「大切にしたい人か……」
「あたしが学校で知っている範囲では前と特に変わった様子はなかったから家ではどうかなって思って」
「家での様子っていっても俺と七瀬さんが一緒に暮らし始めてからまだ十日くらいだから変化とかわからないな。学校でも変わった様子がないなら、最近そう思うようなったんじゃなくて前からそういう風に思っていたんじゃないか」
七瀬さんにとって〝大切にしたい人〟がどういう人なのかはわからない。単純に好きな人という意味なのか、家族的な意味なのか。でも、家族的な意味だとしたらそれが理由で付き合えないというのはおかしいから、やはり、好きな人とか気になる人という意味だろう。
「でも、今までクロエからは好きな人の話とか全然出てきてないからさ。好きとか付き合いたいとかよくわからないって言ってばかりだかr……、あっ、この話はクロエにしちゃダメだから。今のは乙女の秘密の話だから一切見ざる聞かざる言わざる対応して! いや、今すぐ一分以内の記憶を消して!」
頑張って今の情報を消去したいところだが、たぶん無理。
今、春原さんが言ったとおりなら、七瀬さんの大切にしたい人の解明はかなり困難になりそうだ。
「大丈夫、七瀬さんにも他の人にも言わないから」
「まあ、四元はそういうことは大丈夫そう。そうだ、LIMEのID教えてよ。これから何かわかった時に情報共有したいから」
たしかに話がある度にここに呼ばれては堪らないし、ここでのんびり過ごすこともできない。LIMEの方が都合がいい。
俺はポケットからスマホを取り出し連絡先を交換するために二次元コードを表示させた。
「ん? そのケース……」
目を細めながらまじまじとスマホケースを見る春原さん。
「ああ、これはこないだ俺の誕生日の時に買ったんだ」
「そうじゃなくて、これってクロエも同じものを持っているよね」
「それは一緒に買いに行って、七瀬さんにも何か買ったらって話したら同じデザインがいいって言って同じデザインにしたんだ」
俺のIDを読み込んだ春原さんはフフっと笑いながら額に手を当て今度は自分のIDの二次元コードを表示させた。
「これはクロエも苦労してるね」
「どういうことだ」
「全くそういうところ」
それだけ言うと春原さんはにやにやと笑みを浮かべながら、残りのお弁当を口に運び始めた。
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