第45話 七瀬クロエの初恋(前編)クロエ視点
最近、どういうわけか四元君の様子がおかしい気がする。
家にいる時もなんだか見られているような、観察されているような気がする。
そして、前よりちょっとよそよそしい。
特に私がスマホを操作しているとその視界の隅で私の様子を見ている。
何かあったのだろうか。心当たりがさっぱり見当つかない。
「――ていう感じで、なんだか四元君の様子がおかしいのだけど、どう思う?」
『どうってあたしに聞かれてもね』
自室の机の上には明日の英語の予習のために教科書とノートが開かれ、その隅には那由多とスピーカー通話中のスマホが置かれている。
「だって、那由多のところはお兄さんがいるから私のところに近い状況でしょ」
『そんなことないよ。うちと違ってクロエのところは兄貴が同い年で同じクラスでしょ。しかも、最近になって兄妹になったわけだし。全然一緒じゃないよ』
「それはそうだけど……」
うちの家庭環境が特殊なのはわかっている。だけど、那由多から何か返事が欲しかった。
『四元もクロエが可愛いから一緒にいると気になるんじゃない?』
笑い交じりにからかう那由多。
「べ、別に私はそんな可愛いとかじゃないし、できるならもう少し大人っぽくなりたいし」
『今の発言で人類四〇億人くらいを敵に回したね』
「そんなに!? そもそも四元君が気にしているのは私が可愛いじゃなくて、兄妹としてって感じだと思う」
『そうね。こないだ四元と一緒にお弁当食べた時にクロエのことを大切にしてるなって感じだったもんね』
「えっ!? 那由多、四元君と一緒にお弁当食べたの?」
那由多が四元君が一緒にお弁当を食べていたなんて初耳だ。たしかに、いつも那由多とは一緒にお弁当を食べているけど、最近何度か用事があるからと言って、お弁当を持ってどこかに行っていることがあった。
『うん、今までほとんど話したことがなかったけど、ちょっと話してみようかなって思ってね。四元、意外にいいやつだね』
「う、うん」
四元君はどうして那由多とお弁当を食べたことを話してくれなかったのだろう。那由多も今まで話してくれてなかったし。二人でこそこそと何かしているのかな。
『急に声のトーンが落ちたけど、どうかした?』
「ううん、なんでもない」
『もしかして、あたしが四元と一緒にお弁当を食べたって聞いてもやもやしてるの?』
「それは何というか……、よくわからないけどそんな感じ。四元君に妹扱いされている時も同じようなもやもやむかむかする感じがするけど……」
どうして、そんな気持ちになるのかよくわからない。四元君がいつも同じように香澄さんや鳥嶋君と一緒にお弁当を食べていてもなんとも思わないのに、どうしてだろう。
『ふーん、そうなんだ。ねえ、感情ってそれに当てはまる名前がないとよくわからないと思うんだよね。昔はエモいとかキレるとかって言葉は無かったけど、感情としてはあったわけじゃん。でも、いつからかその言葉が広まって、どういう時がエモいとかキレるって理解すると、すごくフィットするでしょ。だから、クロエが抱いている感情も名前があるはずだからそれがわかればスッキリするんじゃない』
那由多の言うとおり、名前のない感情は幽霊のようにその実態がわからなくふわふわと掴みどころがないものだ。でも、この感情に合う言葉はなんだろう。
「那由多はわかる? この感情の名前」
『どうだろうね。心当たりはあるけれど……、でも、これはクロエが自分で考えた方がいいと思うな』
「心当たりがあるなら教え――」
『あー、あたし、明日の英語の授業の訳、当てられているから準備しなくちゃ。それじゃあね』
那由多は言い終えると同時に通話を切ってしまった。
この感情の名前は何?
そう考えてしまうと勉強に集中することができない。仕方がないから最低限やらなくてはいけないものだけをして、今日はもう寝ることにした。
目を瞑ってもさっきの那由多の言葉が思い出されてしまいなかなか眠れない。
どうして、四元君が絡むとこんなふうにもやもやむかむかするのだろう。
四元君が義兄になるとわかってほっとして、無意識なプロポーズの言葉にドキドキさせられて、私の作った料理を褒めてくれて、急に妹扱いしてきて、一緒にお遣いに行って、二人で自撮りして、誕生日のプレゼント買いに行って……。
今までのことを思い出しているうちに私の意識は溶けだしていった。
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