第39話【照れ隠し】父の日と母の日
「雅紀君の誕生日プレゼントを買いに来たのに、私のものまで買ってくれてありがとうございます」
支払いを終えてお店を出たところで七瀬さんがお礼を言った。
むしろ、こちらからの急な提案に乗ってくれたのだから俺がお礼を言いたいくらいだ。あと、帰ったら美咲さんにもう一度お礼を言わなくてはいけない。
「そんなかしこまってお礼なんか言わなくてもいいからさ。それよりもこれからどうする。まだ、昼時にはちょっと早いから七瀬さんがいきたいお店とかある?」
「行きたいお店といいますか。四元君と一緒に下見をしたいものがあるんです」
「俺と一緒に? 何を下見するんだ」
「ほら、もうすぐ父の日じゃないですか。おじさんに父の日のプレゼントを渡すのに何がいいか下見したいんです」
七瀬さんはそんなことも忘れているんですかというように人差し指を立てて左右に振っている。
自分の誕生日も忘れている人間が父の日を覚えているかというのは愚問だ。
「父の日って何かするんだっけ? 母の日はカーネーションを送るっていうのは知っているけど」
「お花だと父の日は黄色いバラでしょうか。でも、お花よりも何か実用的なプレゼントの方がいいかなと思っています」
あの親父に黄色いバラは似合うだろうか。もちろん、似合うとか似合わないという問題ではないことはわかっているが、黄色いバラよりも缶ビールを持っている方がしっくりくる。
「そうだな。親父には実用的な物の方がいいと思う。ちなみに七瀬さんは母の日は何かしたの」
「今年の母の日はカーネーションと入浴剤をプレゼントしました」
七瀬さんがスマホで見せてくれた写真には、真っ赤なカーネーションとパステルカラーのボールの形をした入浴剤、いわゆるバスボムが写っていた。
美咲さんがうちはちゃんとお誕生日をするって言っていたけど、お誕生日だけじゃなくて他の行事もちゃんとやる感じなのだろう。
「ちゃんとやってんだな。俺は父の日はもう何年もやってないと思う。きっと、七瀬さんがプレゼントを渡したら親父泣くぞ」
「私だけじゃなくて、四元君も一緒に渡すんですよ。四元君のお父さんでもあるわけなんですから」
「プレゼントのお金は俺も出すけど、渡すのは七瀬さんの方が――」
「ダメです。ちゃんと二人からいつもありがとうを伝えます」
流し目で釘を刺すように言われてしまった。これは逃げられそうにない。
別に反抗期真っ盛りというわけじゃないけど、親父に「いつもありがとう」なんて言うのはかなり恥ずかしい。もちろん、感謝の気持ちがないわけではないけどさ。
「了解、了解。ちゃんと一緒にやるよ。それで、親父へのプレゼントなら百貨店に行けば、この時期は特設コーナーとかがあるんじゃないか」
「そうですね。特設コーナーがあると探しやすいですね。そこに行きましょう」
ファッションビルを出て通りの向かいにある百貨店へと向かう。こういう時にいろいろな店が集まっている駅前は便利だ。
来たる父の日に親父にプレゼントを贈るのはいいのだけど、俺の中でちょっと気になっているのは美咲さんのこと。今年の母の日はタイミングがちょうど七瀬さん達が引越して来る少し前だったから俺は母の日に美咲さんに何もしていない。でも、父の日には俺達から親父にだけプレゼントを贈るというのはどうなのだろう。
「あのさ、父の日のことなんだけど。親父だけじゃなくて美咲さんにもいつもありがとうって伝えたいなって思ってんだけど、どうかな? 俺は母の日に美咲さんに何も言えなかったし、このままだと来年まで機会がないから」
俺を見上げる七瀬さんの顔はぱあぁと明るくなって、
「いいと思います。きっと、お母さんも喜ぶと思います。四元君はお祝い事とかあまり好きではないかと思ったのですがそうではないのですね」
「別に好きじゃないってわけじゃなくて、親父に対してはちょっと恥ずかしいというか……」
「うふふ、身体が大きい四元君がそうやって恥ずかしがっている姿は面白いです」
「からかわないでくれ。美咲さんにも一緒にありがとうと伝えれば親父にだけ言うよりも恥ずかしさが緩和されるってところもあるんだから」
「いいんですよ。そんなに照れ隠ししなくても」
七瀬さんは面白い玩具でも見つけたように俺のことを肘でつつきながらいじる。俺をいじるポイントを見つけたのが嬉しかったのかいつもよりもテンション高めで大通りの交差点を渡って行った。
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