第28話【真剣】十文字ヶ丘家道場にて(後編)
「やっぱり、お前さんは面白い。わしだったら一緒に暮らし始める前から口説こうと思うぞ」
俺の答えを聞いた源隆さんは俺の肩をばしばしと叩きながら大きな声で笑った。
「ちょ、そんなに叩いたら痛いですって」
俺の抗議の声を無視して源隆さんは続けた。
「それに、久しぶりに聞いたの。お前さんが誰かを大切にしたということを――」
俺は誰かを大切にしたいなんて言っただろうか。俺が大切にしたいのは波風立たない平穏な日常だ。
「――ほれ、お前さんが隣に越して来て、香澄と遊ぶようになった頃。香澄がいじめられそうになっているのをお前さん一人で助けに入ってボコボコにされたことがあったじゃろ。その時にわしがお前さんに礼を言ったら、お前さんは今みたいに香澄は大切な友達だからって言っておった」
「あー、ありましたね。そんなこと。その時の俺、そんなキザなこと言ってましたか」
あの時、どうして香澄がいじめられそうになっていたかは思い出せないが、香澄一人に対して四人ぐらいが相手だったと思う。まだ今のように身体も大きくはなく、源隆さんに鍛えられているわけでもない俺だったけど、唯一の友達がピンチだと思って助けに入った。今思えば無謀な行為だ。香澄を連れて逃げるなり、大きな声で近くの大人を呼ぶ方が賢明だ。
「香澄はあの時、お前さんが全く反撃しないで、受けてばかりだったと話していて、わしは子供ながら面白い奴と思ったの。子供が喧嘩になれば普通は双方殴り合いじゃ」
「それはきっと喧嘩両成敗にならないようにと思っていたんだと思います」
それか俺がビビりで全く反撃できなくてサンドバッグになっていたかだ。
あの時、俺をボコボコにした奴は俺に感謝した方がいい。もし、俺がいなくて香澄を傷つけていたら源隆さんに叩き斬られていたかもしれない。
なんというか、自分の記憶が朧げな時のことをこうも持ち上げられて話されるというのはむず痒い。これ以上、当時の話が盛り上がらないように俺は話を七瀬さんのことに戻すことにした。
「と、とにかく、俺は七瀬さんのことを大事にしたいと思っているんです。でも、距離感というか、兄妹としてどうやって接していいのかよくわからないところなんです。」
顎に手を当て頭を傾ける源流さん。
「兄妹としてか……、お前さんの歳で急に同い年の妹ができたところで、無理矢理兄妹という枠の中に押し込もうとしても上手くはいかんだろ」
源隆さんの言うとおりだと気付かされた。
親父が再婚して新しく家族になって、兄妹になったのだからそれぞれの役を演じるとまではいかないが、それぞれがそれらしく生活すれば、今度は家族が壊れるなんてことはないだろうと思っていた。
上演中の舞台の上だけならば家族を演じることができるかもしれないけど、毎日一緒に暮らしているのだからずっと演じることはできない。
「たしかに俺は兄妹という枠に囚われている気がします」
「思考が囚われるとその枠の先にある事柄に気が付かないからの」
「だとするなら俺はどうすればいいのでしょうか」
「それは自分で考えろ。なんでも答えをもらってその通りにしようと思っちゃいかん」
俺はもう一口だけミネラルウォーターを飲むと半分ほど中身が残ったペットボトルを置き、代わりに竹刀を握って立ち上がった。
他人からもらった答えの通りにやって上手くいかないことがあれば、その答えのせいにしてしまうだろう。
だからこそ、
「そうですね。すぐに答えは出ないかもしれませんが自分なりに考えてみます」
「そうそう、若いのだからいろいろ考えて、いろいろ失敗して、また考えろ。そうしないとわしみたいな大人にはなれんぞ」
再び大きな声で笑う源隆さん。今日はかなりご機嫌だ。
俺は雑念を振り払うように素振りを始める。まずは自分の心と向き合わなくては。
「それにしても、お前さんをそんなに悩ますとは……、香澄もいつまでも大名商売というわけにはいかんの」
「ん? それってどういう意味ですかっ、痛っ」
源隆さんの竹刀が俺のお尻をぺしっと叩く。
「いいから、お前さんはしっかりと集中して竹刀を振らんか」
無心になって竹刀を振り続ける中で俺の胸にあったもやもやしたものが少し落ち着いていく気がした。
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