第3話【悲報】幼馴染カップルはマンガだけ
昼休みも終わりに近づき、俺と七瀬さんは一緒に屋外階段の踊り場から教室へと戻った。
七瀬さんと二人きりで昼休みを過ごしていたと聞けば血の涙を流しながら羨ましがる奴がいるかもしれない。でも、俺はひとりで静かに脳と心を休ませる時間を過ごしたかったのに全くそれができなかったから残念な気持ちでいっぱいだ。
「今日は助けてもらっただけでなく、パンまでいただき本当にありがとうございました」
教室の入口の前で七瀬さんは律儀にもう一度お礼の言葉をさっきと同じ破壊力抜群の笑顔を添えて言った。
「本当にたいしたことじゃないからさ」
俺はそれだけ言うと、さっさと窓側にある自分の席の方に戻った。
七瀬さんと親しく話している様子を見られて妬みを買ったりするのは御免だ。百田先生のふりまでして目立たないようにしたことが無意味になる。
「あらあら、今日はとてもお楽しみなことで」
自分の席に戻るとすぐに声を掛けてきたのは前の席の
鳥嶋は去年から同じクラスの数少ない友人で、綺麗に分けられた七三分けの髪と独特な音程の話し方が特徴的だ。
「何のことだか」
「えー、とぼけちゃうの? 四元が女子と、それも七瀬さんと一緒にどこからか帰って来たみたいだからわくわくしてんだけど」
「さっき、ちょっと一緒になっただけで、鳥嶋が期待しているようなことは何もない」
鳥嶋は今まで彼女ができたことがないからか、他人の恋路にはめっぽう関心が強い。その心はといえば、その彼女繋がりで自分にも女の子の知り合いができないかというところだ。
「マジで? 本当に?」
「マジで本当だ。たまたま一緒になって、世間話をしたくらいだ。クラスメイトなんだから世間話くらい普通だろ」
七瀬さんがパンを食べている時に二人並んで誰もいないグラウンドを眺めながら世間話をしていたから嘘はついていない。その前に起きたいろいろなことを端折っただけだ。
俺の素っ気ない答えに鳥嶋はあからさまにつまらなそうな顔をする。
「そうなのか。四元が
「鳥嶋君、それだと私と雅紀がいつも一緒にいるみたいじゃない」
俺と鳥嶋の間に割って入って来たのは隣の席の幼馴染、
香澄はセミロングの黒髪を綺麗にポニーテールにまとめていて凛とした雰囲気の女の子だ。七瀬さんが妹代表なら、香澄はお姉さん代表というところだろう。
「そりゃ、君たちは週の半分くらいは一緒に昼ご飯を食べてるし。一緒に登校することも下校することもある。甘酸っぱい青春がない僕にはその頻度でもエブリタイムなわけ」
「いや、雅紀と一緒にご飯を食べているけど、その横に鳥嶋君も一緒にいるし、登校や下校が一緒になるのは私の家と雅紀の家が隣同士だから通学路も一緒なわけで――」
「知ってる。二人がお隣さんなことも。今年で九年連続同じクラスということも。そして……」
鳥嶋はもったいぶるように溜めて、いつもの甲高い声をイケボな低音に変えてから言った。
「これでこの二人付き合ってないんだっ、痛っっ」
手を額に当てながら決めポーズをとろうとした鳥嶋にすかさず香澄がツッコミを入れる。
「当たり前でしょ。幼馴染なだけでカップルが成立するのは漫画とラノベの中だけよ」
「そんな夢のないことを。まあ、僕には異性の幼馴染なんていないけど」
「ちなみに鳥嶋君って同性の幼馴染はいるの?」
「やめて、僕の心をえぐらないで」
鳥嶋は自分の胸を抱くように腕をクロスさせて身を守るポーズをした。
こんな風にこの二人は何かと喧しいことが多い。だから、今日みたいに俺はふらりとあの場所に行ってゆっくり過ごすわけだ。まあ、今日はちょっとイレギュラーなことが多かったけど、俺があの場にいたから七瀬さんに助け舟を出すことができたと思えば、そこまで悪い昼休みではない。
そう総括したところで、教室の中央にある七瀬さんの席の方に目をやると、彼女はいつも一緒にいる
春原さんは可愛い系の七瀬さんとは対な雰囲気だ。女子にしては背も高くすらりとしたスタイルで髪はくしゅっとしたショートカットにしている。女子からは那由様と呼ばれて人気があるカッコカワイイ系のクラスメイトだ。
「そんなにクロエちゃんをじろじろ見ていると気持ち悪がられるわよ」
香澄は俺にだけ聞こえるように顔を近づけて言った。ちなみに鳥嶋は心をえぐられたショックでしゅんとしながら次の授業の準備をしている。
「別にじろじろ見てたわけじゃない」
「まあ、クロエちゃんをじっくり見たい気持ちはわかるわ。理想の妹ランキングNo.1のクロエちゃんなら私だって妹として一緒に暮らしたいもの」
「俺の話聞いてる?」
キーンコーンカーンコーン
昼休憩終了の予鈴が響き、各々が自席へと戻っていく。
自席に着いた七瀬さんがこちらの視線に気づいたのかこっちを向いて小さく手を振った。
何で手なんか振っているのだろう。
俺の中に一瞬疑問が浮かんだが、答えはすぐにわかった。
俺の隣にいる幼馴染がライブで推しの子と目が合ったと言わんばかりにぶんぶんと七瀬さんに向かって手を振っていた。
何やってんだか。
そして、七瀬さんの席の隣りの春原さんは俺を睨んでいるように見える。
俺、何か気に障ることしたかな。
しばし、思慮を巡らせていると、古文の授業の先生が気だるそうに入ってきた。
これは居眠りをしないようにするのは難易度が高そうだ。
結局なところ、俺と七瀬さんは同じクラスだけど、普段から一緒に遊んだり話をしたりするような仲じゃない。ただ、毎日同じ空間で授業を受けたり、学内のイベントがあれば同じクラスの人間として協力したりするだけ。
だから、さっきみたいにたまたま彼女のピンチにちょっとした助け舟を出したからといって、俺たちの関係が変わるわけじゃない。
七瀬さんがそんなチョロインならすでに彼氏ができていることだろう。
しかし、変わることはないと思っていた俺と七瀬さんの関係は、この日の夜の親父の話から急展開することになる。
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