第24話【接近】クロエの自撮り講座(後編)

「すいません。あまりにおもし……、個性的な自撮りだったので取り乱しました」


「今、面白いって言いかけなかった?」


「四元君の自撮りが上手くいかない理由はいくつかあると思いますが、まず第一に真正面から撮るのはやめた方がいいと思います。正面から撮ると顔がとても平面的になってしまいます」


 俺の問い掛けを華麗にスルーして、スマホを取り出した七瀬さんがインスタで何人かの女子高生モデルの画像を表示させた。たしかに真正面を向いた証明写真のようなものはほとんどなく、どれも少し斜めを向いている。


「たしかにみんな少し横向いてるな。それに思ったよりも笑ってない気がする」


「そうです。あまり無理に笑って、大きく口を開けたり、歯を見せない方が初心者はいい感じで撮れます。軽く微笑むくらいがいいです。あと、四元君は目を大きく見開き過ぎて額に皺ができているのでそこまでしない方がいいと思います」


 七瀬さんの指摘どおり目つきの悪い俺はそれを誤魔化そうと無理に目を見開いているせいで眉が不自然だし、おでこに皺もできている。


「でも、俺は目つきが悪いからそのままだと柄が悪く見えないか」


「四元君はその目なら逆にクールぽい感じを出した方がいいかもしれないです。笑顔ばかりがいいとは限りませんから。四元君には四元君のいいところを出した方がいい感じで撮れると思います」


 今聞いたアドバイスを取り入れてもう一度自撮りをしてみると、さっきよりもだいぶ自然な感じで撮ることができた。


 無理に笑顔になろうとして逆に不自然だったようだ。


「おお、なかなかいい感じですね。では、次は二人で撮りませんか?」


「えっ? 七瀬さんと二人で!?」


「そうです。一人の自撮りを撮る機会よりも誰かと一緒に写真を撮ることのほうが多いじゃないですか。その時に最初みたいな不自然な笑顔よりも今みたいな自然な感じで撮れた方がいいですよね」


 たしかにそうかもしれないけど……。


 七瀬さんがしようとしているのは二人が並んでいるところを誰かに撮ってもらう形じゃない。俺たちがカメラを持って自撮りをする形だ。すなわち、この撮影方法では通常の場合よりもずっと二人が密着しないとフレームに収まらないわけだ。


「どうだろ。俺は誰かと写真を撮ることはほとんどないからそこまで練習しなくても――」


「今まではそうかもしれませんが、これからは私もお母さんもいますから今までよりも写真を撮ることが増えるはずです」


 再び俺の意見は華麗にスルーされて、七瀬さんはソファーに座る俺の横にぴとっと身体を寄せると自分のスマホを取り出して自撮りの準備を始めた。


 ちょ、ちょっと、腰とか肩と当たってるし。近いというか近すぎるって。


「うーん、これだと四元君が大きすぎていい感じに収まらないですね」


 カメラの角度を調整しているが、二人の身長差大きいのと俺があまり密着しないようにしているのとで撮影のアングルが決まらない。


「そうです。横じゃなくて縦になればいいんです」

「縦?」


 失礼しますと言うと、七瀬さんは俺のももの上にまたがって座った。


 華奢な肩に柔らかな身体、俺の顔の真下にある髪からはフローラルな香りがする。次々と押し寄せる情報の嵐に俺の脳の処理能力はとっくにその限界を超えている。


 逃げ場がなくなって、胸中は混乱を極め、心臓の鼓動が激しさを増す。


 こんな近くにいられたらこの心臓の鼓動に気付かれる。


「うん、これならうまく収まりそうです。さあ、撮りますよ。表情柔らかくして、目線はレンズの少し上くらいがいいと思います」


 こちらの事情などお構いなしに自撮りを始めようとする七瀬さん。


 もちろんこちらの表情が柔らかくなることはなく。七瀬さんのOKが出たのは六テイク目だった。


 撮影が終わって七瀬さんが俺の膝から降りると、俺はそのまま膝を折り曲げた姿勢でばたりとソファーに倒れた。


 あの距離はいくら兄妹とはいえまずいって。あんな風にももの上に座っても小学生くらいまでなら可愛らしい兄妹でいられるが、高校生にもなるとそうはならない。


 それに撮影失敗の度にダメ出しを言うため俺の方を見上げたり、座る位置を調整するためにももの上でお尻を動かしたりするなんて……。


 ……だから、ちょっとくらい変な気になっても今回に限っては俺は悪くないと思う。


「私そんなに重かったですか」


 頬を膨らませ口を尖らす七瀬さんに首を横に振って答える。


「では、どうして、そんな風に寝転がっているのですか」


 義妹よ。こうしていないと今の俺はいろいろ大変なんだ。


 心の中で最近習ったばかりの数学の公式を唱えながら、七瀬さんにはちょっと足が痺れただけという嘘をついた。嘘はいけないことだけど、今はこのくらいの嘘は大目に見て欲しい。


 だって、俺、相当頑張ったと思うから。


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