第23話【接近】クロエの自撮り講座(前編)

「――っていうことになってしまったから鳥嶋も一緒にお菓子作りをするんだけどいいかな」


 俺はリビングのソファーに座りながら横でプリンを口に運んでいる七瀬さんに聞いた。


 七瀬さんが引越してきてから最初の登校日を無事に終えて、今は美咲さんが買ってきてくれたプリンを夕食後のデザートとして食べている。


 ハードボイルド探偵が描かれているビーカーに入った少し硬めのプリンは口当たりは滑らかで濃厚で美味い。


 先日までお惣菜や俺が簡単に作ったもので済ませていて、食後にデザートを嗜むということをしていなかった。今までの我が家の夕食時とは、大きく異なる時間の過ごし方にまだ慣れない。


「それは全然かまいませんけど、鳥嶋さんって料理とかお菓子作りは得意なんですか」


「それなら心配ない。あいつはあれでなかなか料理はできるからな」


 鳥嶋は中学の頃から料理や掃除などのスキルが高い方がきっとモテるに違いないと思って、そっちのスキルを磨いていたらしい。去年の調理実習の時はみんなが三角巾で頭を覆っているなか一人だけコック帽を被って調理をしていた。これがウケ狙いかと思っていたら、手際もよく、めちゃくちゃ美味くて驚かされた。


「そういえば、調理実習の時にみんなにシェフって呼ばれていましたね」


「料理だけじゃなくてお菓子の方もいろいろ作って家族に振舞っているらしい」


 鳥嶋のお菓子は家族にも上場の評判らしいが、鳥嶋のお姉さんからこれ以上食べると太るから作る回数を減らせと言われているとぼやいていた。


「それなら私よりも上手そうですね」


「あいつ、やっと女の子と一緒にお菓子を作る日がきたなんて言って、張り切っていたから空回りしないといいな」


 お菓子作りは三人で楽しくやってもらえばいいかと思いながら、プリンを口に運ぶ。


「ところで、お昼に香澄さんから今朝送った私の写真を見て、四元君がにやにやと怪しい笑みを浮かべていたと聞いたのですが」


「ふぐっ!? ゴホッゴホッ」


 七瀬さんからの不意打ちの問い掛けに思わず口に入れいていたプリンが入ってはいけない方に入りかけてむせてしまった。


 今日の昼は朝からの疲れを癒すためにひとりでいつもの屋外階段に行っていたのだけど、知らないところで香澄の奴が余計なことを言ってやがった。これからは気を付けないと香澄からすぐに七瀬さんに情報が流れてしまう可能性があるな。


「だ、大丈夫ですか。お茶飲みますか」


「大丈夫、ちょっとプリンに殺されかけただけだから」


「冗談が言えるなら大丈夫そうですね」


 七瀬さんが差し出してくれたコップを受取って一口紅茶を飲む。とりあえず、危険は去ったようだ。


「そ、それは香澄が盛って話しているだけで、俺は七瀬さんの自撮りが上手いなって感心していたんだ。女の子って可愛く自撮りしてるけど、俺が自撮りをすると壊滅的にイケてないものしか撮れないから」


「うーん、どうなのでしょう? 自撮りが上手いと言われたのは初めてなので何とも言えないのですが」


 持っているスプーンで空中をかき混ぜる七瀬さん。


「……そうだ、四元君の自撮りを一枚撮ってください。そうすれば改善点がわかるかもしれないです」


「いや、ちょっ、それは勘弁。絶対に上手く撮れないし」


「いいじゃないですか。上手く撮れないから練習です。それに全く知らない人に見られるよりも家族の方がマシじゃないですか」


 七瀬さんの言うことはもっともだけど、家族っていっても七瀬さんに見られるの恥ずかし過ぎだろ。


「わかった。わかった。それじゃあ一枚だけ。でも、絶対に笑わないでくれ」


 うんうんと頷く七瀬さんを見ながら俺はスマホのカメラを起動してカメラを正面に構えると笑顔を作って一枚だけ自撮りした。


 すぐに画面に表示される俺の顔。


 やはり、壊滅的にひどい。画面には普段鏡に写る俺の六掛けくらいの俺が不気味な笑顔を浮かべて写っている。


「ほら、やっぱり、七瀬さんのようにはいかな……」


 俺の自撮りを見た七瀬さんは片手でお腹を反対の手で顔を押さえながら身体を丸めてぷるぷると震えている。


「よ、四元君、そんな全力で笑わせにこないでください」


「笑いを狙ってないから。全力で撮ったけど、笑いのベクトルはゼロだから」


 もはや、俺の自撮りは上手いとか下手ではなく、ネタのレベルらしい。


 七瀬さんは、はぁはぁと乱れた呼吸を整えてから紅茶を飲んでやっと落ち着いたようだ。


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