第25話【幕間】春原那由多の慕情①(那由多視点)

 いつもと変わらない昼休憩。あたしこと、春原那由多すのはらなゆたは親友の七瀬クロエといつもと変わらず教室で一緒にお弁当を食べている。


「――本当にムカつく奴なのよ。普通、付き合って一ヶ月で浮気する?」


「えっ!? 浮気? 那由多の彼氏ってサッカー部の先輩でしょ?」


 向かいに座っているクロエは煮物のニンジンを箸で摘まんだまま口をあんぐりと開けている。


 そのあまりに綺麗に開いている口を見たら急に悪戯心が湧いてきて、あたしのお弁当のひじきの煮物に入っている枝豆を素早く摘まむとその口にポイっと放り込んだ。


「はひ《なに》するの!」


「ん? クロエが口を開けてたから何かあたしのお弁当のおかずが欲しいのかなって思って」


 放り込まれた枝豆を飲み込むと口を尖らすクロエ。


「欲しいなんて思ってないです。だいたい、自分のお弁当がありますから。それに今はそのことじゃなくて那由多の彼氏が――」


「あんな奴、もう彼氏でもないから。あんなひらひらした服を着た地雷系女子といちゃつきやがって。私にはさばさばした感じが好きって言っていたくせに。頭きたからサッカーの練習中に半月板損傷する呪いを込めて尻にミドルキック入れてやったわ」


「その呪いリアルに成就しそうで怖い」


「いいの。こっちは命を取ろうってわけじゃないから。半月板の一つや二つどうってことないよ」


 別にあいつが初恋の相手でも初彼氏というわけでもない。


 今まで告白されるとその時に付き合っている人がいなければ付き合っていた。特別好きな人でなくても付き合っているうちに好きになることもあるだろうと思っているからだ。


 だが、結局のところ交際が三カ月と続いたことがない。


 こっちが好きになる前に浮気されるか、振られるかということがほとんどだ。


「それよりもクロエはどうなの? 好きな人とか? 私なんかよりも十倍くらいモテるんだから」


「わ、私は別に好きな人とかいないし。というよりも好きとか付き合いたいとかよくわからないし」


 徐々に声のボリュームがダウンしてもじもじしながら話すクロエは可愛い。いつも答えが同じだとわかっていても聞いてしまう。


「ピュア乙女なクロエちゃんにはあたしのはらわた煮えくりかえる気持ちがわからないよね」


「私だっていつまでもお子様ではないですよ。今年だって身長が五ミリ伸びていましたから」


「五ミリって誤差でしょ」


「そんなことはありません。五ミリだって十年で五センチ、百年で五十センチですよ」


 ふんすと胸を張るクロエを見るときっと身長に使う栄養が別のところに行ってしまったのだろうと思ってしまう。羨ましい限り。


 それにしても本当にクロエは可愛いしいい子だ。あたしは告白したことはないけど、クロエには自分から告白して付き合いたいと思ってしまう。


 きっと、あたしが告白すればクロエは本気でどうしようと悩んでしまうだろうし、今までと同じように親友でいられなくなってしまう。だから、そんな馬鹿なことをして今の関係を壊すことはしない。


「あたしより大きくなるのを楽しみに待ってるよ。そうだ、あの話はどうなったの?」


「あの話?」


「あの話よ。クロエに新しくお兄さんができるっていう話」


 便りがないのはいい便りなんて言葉があるけれど、やはり気になって聞いてしまった。


 一月くらい前にクロエからお母さんが再婚して年上の兄ができるから少し不安に思っているという話を聞いた。


 どんな人がクロエの兄になったのかわからない。でも、クロエが家に居づらいと思うような人でなければいいなと思っていた。


「ああ、えっと、その話なんだど……」


 急にクロエの目が泳ぎ出して、首を大きく左右に振りながら周囲の様子を確認している。もしかして、かなり話し辛いことなのだろうか。


 声が周りに漏れないようにクロエの方に身を乗り出して距離を縮める。


「うん、どうかした?」

「年上の兄ができるってお母さんからは聞いていたんだけど、ちょっとちがってて。年上じゃなくて同級生というか……、四元君だったの」


 ……四元君って誰だ?


 あたしとクロエが共通で知っているであろう四元君を検索していく。しかし、四元なんて苗字はそんなに多くないはずなのに四元君がわからない。


 もしかして、あたしの聞き間違えかなと思っていると、クロエの視線が教室の窓際の後方に向けられた。


 いた。その方向にいる三人組の中に〝四元君〟が。


「四元君って、うちのクラスの四元のこと?」


 思わず大きな声が出てしまいそうなところをなんとか踏ん張ってクロエにしか聞こえない大きさの声言った。


 コクコクと頷くクロエ。


 四元雅紀とは去年から同じクラスだけど、あまり話したことはない。背が高くてちょっと強面で入学した時に話しかけ辛いなと思っていたら一年以上過ぎてしまった。


「そんな偶然ってあるの?」


 にわかに信じられない。クロエがあたしをからかっているのではと思って聞くと、クロエは再びコクコクと頷いた。


 あたしはここでふと気づいた。このことについてどういうコメントすればいいんだ。


 今までほとんど接点のなかった四元が義兄になったことはクロエにとってプラスなのかマイナスなのかわからない。下手なことを言うわけにもいかないし……。


 どうやらこの話題は藪蛇やぶへびだったようだ。


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