第26話【カツアゲ?】那由多と雅紀

 弁当と飲み物を持って教室を出た俺は足早に自分の教室のある校舎を抜け、鼻歌交じりに渡り廊下を進み旧校舎の屋外階段へと向かう。


 鼻歌交じりだからといって、何かいいことがあったわけではない。


 あえて言うなら、今日は湿度も低く気温もそこそこでいつもの場所でゆっくり過ごすのにちょうどいい天気だということぐらいだ。


 前に七瀬さんと一緒に弁当を食べた時と同じ階段に腰掛けて、持ってきた弁当の包みを広げる。


 今週に入ってから美咲さんと七瀬さんが一緒にお弁当を作ってくれるようになった。朝の忙しい時間に二人が息の合った連係プレーで作ってくれているのだけど、嬉しい反面、何も手伝っていないから申し訳ないという気持ちにもなる。


「隣いい?」

「うぉっ」


 不意に声を掛けられてびくっと背筋が伸び、反射的に声が出てしまった。


 一体誰だと思いながら顔を上げると俺と同じように弁当を持った春原さん軽く睨むようなジト目をして立っていた。


「春原さん、どうしてここに?」


「別に幽霊が出たわけじゃないんだからそこまで驚かないでくれる。ちょっと傷つくんだけど。それに質問に質問で返されるのも困る」


 いや、旧校舎の誰もいないと思っている屋外階段で急に声を掛けられれば普通は驚くだろ。


 春原さんは傷ついたと言う割にはいつもと変わらない様子でこちらの答えを聞かず横に座った。


「ごめん。春原さんがここでお昼食べたいなら、俺は別のとこ行くから」


「ちょ、ちょっと、どうしてそうなるかな」


 だって、同じクラスとはいえ、普段はほとんど話すことない春原さんと一緒に昼ご飯を食べるのは気を使うし。何より、俺はゆっくりしたくてここに来たのにこれではゆっくりできない。


「どうもこうも、ここはそんなに広くないから、別の場所に移動しようかと思ってるところ」


「待って、待って、あたしは四元と話がしたくてここに来たんだから移動されると困るんだって」


「俺、金はあまり持ってないんだけど」


「カツアゲじゃない!」


 くしゅっとしたショートカットの印象どおりの快活な返しをする春原さん。


 どうやら、カツアゲやいじめの類ではなさそうだ。


「それで俺に話ってなんだ」


 他の場所に移ることを諦め、春原さんと弁当を食べることを決めた俺は弁当箱の蓋を開けてちょうどいい焼き色のついたウインナーを口に入れた。


「昨日、クロエから聞いたんだけど、クロエのお母さんの再婚の関係で四元がクロエの義理の兄になったって本当?」


 俺が香澄や鳥嶋に隠さなかったように七瀬さんは仲のいい春原さんには俺たちのことを話したのか。まあ、春原さんも周りに言いふらすような人じゃなさそうだから大丈夫だろう。


「ああ、そのとおりだ。俺の親父と七瀬さんのお母さんが再婚してそうなった」


「同じクラス中でそんなことが起こるものなんだね」


「俺だって信じられなかったけど、事実はそのとおりだからしょうがない」


 春原さんも弁当を広げて食べ始めた。


 女子のお弁当って小さくて、これでお腹が減らないのかなと思う人が多いけれど、春原さんはそれに比べると普通のサイズのお弁当だ。


「どうした。あたしの弁当なんか見て。四元の好きなものでも入っていた? おかずの交換なら相談に乗るよ。」


「別にそういうわけではないけど」


「だよね。そのお弁当クロエが作ってくれているんでしょ。そのことが知れたら大金を積んでおかず交換してくれっていう奴が出てくるかもね」


 春原さんはクククと笑っているが、こっちは笑えない。彼女言うとおりで、そんな奴が出てこないとも限らないくらい七瀬さんは人気がある。


 もし、一緒に住んでいることが広く知られれば俺の平穏な学校生活は幕を降ろしてしまうだろう。


「この弁当は七瀬さんだけじゃなくて七瀬さんのお母さんの美咲さんも一緒に作ってくれてる。もし、春原さんの言うようにお金を積んででもこの弁当が欲しいという奴が出てきてもやるつもりはないな。本当に欲しいなら直接七瀬さんに言えばいいと思う。もしかしたら、実費徴収だけで作ってくれるかもしれないからな」


「それ、クロエが絶対に作らないってわかってて言ってない。でも、四元がそういう風に思っているならよかった」


 ニシシと笑う春原さんを見て、この子も七瀬さんと一緒でころころと表情が変わるなと思った。


「それは褒められてるって思っていいのか」


「褒めてるっていうわけじゃないけど、人によってはクロエと義理の兄妹になったことを利用して悪いことを考えたり、クロエに迫ったりするような奴がいるかもしれないでしょ。でも、四元はそんな奴じゃなさそうだなって思った」


 七瀬さんも俺が義兄になると知ってほっとしたと言っていた。安定の人畜無害枠だ。


「七瀬さんとは家族だからな。そんなことはしないさ。春原さんがわざわざこんなところに来たのって、俺が七瀬さんに変な気を起こしていないか確認したかったから?」


「えっと、まあ、それもあるかな。それにあたし、四元とは去年から同じクラスだけどほとんど話したことがなかったから、これを機会にちょっと声を掛けてみようって思ったの。ほら、クロエと一緒に住んでいるんだから、あたしが遊びに行ったときに全く話したことがない感じだと微妙じゃん」


 今までなら春原さんが我が家に来ても俺はずっと自室に籠っていたと思うが、今ならお茶とお菓子くらいは出そうという気にはなる。


「たしかに全く知らないわけではないけれど、話したことがない人が遊びに来てたら微妙な空気になるな。春原さんはそこまで考えて、俺の後をつけてここまで来るなんて、七瀬さんのこと大切に思っているんだな」


「そりゃ、クロエは大切な親友だから……」


 そう言うと、春原さんは一度箸を置き、ペットボトルに入ったお茶を飲みながら流れている雲を眺めていた。


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