第36話【ダメ】私を子ども扱いしないでください
「四元君、準備はいいですか? そろそろ出発しますよ」
玄関から七瀬さんの声が響く。
ちょっとばかり準備に時間がかかったが必要な物を肩掛けのカバンに入れて、姿見で一度服装を確認する。
まあ、悪くない。寝ぐせも立ってないし、大丈夫だろう。
駆け足で玄関に向かうと、七瀬さんが腰に手を当てて待っていた。
白のワンピースにふわりとしたネイビーのニットベストを合わせていて、ニットベストは横の紐を緩めに結ぶだけのものでおしゃれに見える。
「ごめんごめん。準備に手間取った」
「時間が掛かった割にボタンが留まってませんよ」
スニーカーを履いて立ち上がると、お腹の辺りの留め忘れたシャツのボタンを七瀬さんが留めてくれた。当然であるが我が家の狭い玄関でそんなことをすれば嫌でも距離が近くなる。
七瀬さんからいつも学校に行く時とは違う香りがほんのりとする。香水でもつけているのだろうか。ボタンを留め終わって顔を上げると、さっきまではわからなかったけど、ほんのりと化粧もしている。
「私の顔何か付いてますか?」
まずい。見てるのがバレた。
一緒に暮らしていると忘れそうになるが七瀬さんは告白してくる人が後を絶たないかなりの美少女だ。
最初は自分の家にそんな七瀬さんがいることが不自然極まりなく居心地が悪かったけど、最近はそうでもない。きっとそれは学校にいる時と違って、家では七瀬さんがフランクに俺に話し掛けてくれるからだと思う。
「いや、今日は化粧をしてるって思って。ほら、学校のある日はしてないだろ。だから、いつもより少し大人な雰囲気だなって思ったところ」
とりあえず、見入っていたことを誤魔化したい。いくら家族でもじろじろ見られては嫌だろう。
「学校のある日はリップくらいですね。あと……、今日はいつもよりちょっとおしゃれしました」
同じ区内とはいえ、俺だって新宿駅の近くに行くときは近所のコンビニとは違う。くたびれたTシャツと短パンで百貨店やファッションビルに行くのは気が引ける。女の子ならなおさらだろう。
「そうだな。俺はファッションのことはよくわからないけど。そのワンピースとニットベストの組合せはいいと思う」
「ありがとうございます。四元君もその紺のシャツいいと思います」
一応、俺だって今日の服は自分の持っているものの中で一番よさそうなものにした。一人だけの買い物ならもう少しラフな服で出掛ける。
「まあ、七瀬さんと一緒のお出掛けだから俺もいつもよりちょっとくらいはマシな格好しないとなと思って」
玄関の扉を開けると、眩しさに一瞬目がくらむ。
玄関ドアに手を掛けたまま外に出て振り返ると、七瀬さんはまだ玄関にきょとんとした様子で立っている。まだ目がくらんでいるのだろうか。
「ん? どうかした」
「いえ、なんでもないです。さあ、行きましょう」
なんでもないと言う割には嬉しそうにして家から出てきた。
我が家から新宿駅周辺の繫華街までは徒歩で二〇分ちょっとかかる。地下鉄を使えば一駅から二駅の距離なのだが、駅まで歩く時間と電車を待つ時間、乗っている時間、そして駅から目的のお店までの時間を考えるとトータル一〇分も変わらないから歩いて行くことにした。
もう少し季節が進んでいれば炎天下の中を歩くことになるからその時は地下鉄を使っただろう。
「四元君、もう少し早く歩いても大丈夫ですよ」
近道のために公園の中を横切って進んでいるとシャツをくいくいと引っ張りながら七瀬さんが言った。
「別にこのぐらいでよくないか。何か時間に遅れているってわけでもないし」
「そういうことではないです。四元君は一人の時はもっと早く歩くじゃないですか。今は私に合わせてゆっくりにしていると思いますが、そこまで気を使わなくても大丈夫です」
と言われても俺と七瀬さんの身長差だと歩幅がかなり違う。それに俺は一人の時は意識的に早歩きをしているからその速さで歩くと七瀬さんはきっと小走りをしなくてはいけなくなってしまう。
「気を使うというか、誰かと一緒なら普通相手に合わすだろ。同じ相手でもスニーカーの時とヒールの時じゃ歩く速さは違うからその時その時で変えるしな」
「それでは、歩く速さを私に合わせているのは私を子ども扱いしているわけではないということですか」
「子ども扱い? 俺は今まで七瀬さんのことを子ども扱いしたことはないつもりだけど」
小柄だからといってクラスメイトを子ども扱いしないし、妹だといっても俺よりしっかりしている七瀬さんを子ども扱いしたことはないと思う。
「だって、さっき家を出る時に今日は化粧をしているからいつもより大人な雰囲気だと言っていたので、いつもは子どもっぽいと思っているかと思ったんです」
七瀬さんはお決まりの少し口を尖らした表情を作る。
見入っていたことを誤魔化すために言ったことが誤解を与えている。もちろん誤魔化すためといっても嘘は言ってない。
「別に化粧をしていないからって子どもっぽいとは思ってないし。化粧をしていて大人な雰囲気っていうのは、いつもよりも綺麗というか……、も、もちろん普段がそうじないっていう――」
「いいです! もう、いいですから。それ以上言わないでください」
うつむきながら再び俺のシャツを引っ張る七瀬さん。
それから掴んでいたシャツを離すと顔を上げて、
「本当に四元君は全くです。いいですか、女の子にそう軽々と綺麗とか言わないでください。私は家族ですからいいものの。他の子にそういうことを言っていると勘違いされて面倒事に巻き込まれますよ」
「は、はい。気を付けます……」
怒られた小学生みたいな返事をしてしまった。
でも、そんなに心配することはないだろう。俺の周りには女友達なんて香澄を除けばいないし、クラスの女子に綺麗だなんて言ったらセクハラ野郎として吊し上げられてしまう。だいたい綺麗と言うくらいでこっちに好意を持つならナンパしている奴はみんなすぐに成功している。
「あと、歩く速さを合わせてくれてありがとうございます。その……、子ども扱いというかお子様扱いをしているなら無用と思っただけなので」
「それなら心配無用だ。俺は七瀬さんを子ども扱いできるほど大人じゃない」
再び歩きながらちらりと隣を歩く七瀬さんを見る。
そこには子供っぽさなんて感じられない華やかで綺麗な
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