第34話【難題】急に誕生日プレゼントと言われても

 ベッドに横になりながらスマホで何かいいものはないかと探していると時間はあっという間に過ぎてしまっていた。めぼしいものはまだ見つからない。


 ここは一度気分を変えるために何か飲もうと思ってキッチンに向かうと、ちょうど美咲さんも何か飲むところだったのかケトルに水を注いでいた。


「雅紀君も紅茶飲む?」


「はい、何か飲みたいなと思ってこっちに来たのでちょうどよかったです」


「ストレート? それともミルク入れる?」


「それじゃあ、ミルクをお願いします」


 紅茶ができあがるのをダイニングテーブルに座って待つ。


「あの、誕生日のプレゼントの件ありがとうございます。明日、クロエさんと買いに行きたいと思います」


「いいのよ。うちはちゃんと誕生日するって言ったでしょ」


 美咲さんはカップを棚から出し、紅茶のティーパックをそれぞれのカップに入れて準備を進めている。


「去年までは誕生日の時はお小遣いが二ヶ月分みたいな感じだけだったので、クロエさんから欲しい物を聞かれて困ってしまいました」


「そうなの!? 私が雅紀君くらいの年の頃は欲しい物がいっぱいで困っていたくらいなのに。やっぱり、最近の子は私達の頃よりも物欲がないのかしら」


「どうでしょう。俺はあるもので満足してしまっているのかもしれません」


「それなら何か記念になるようなものでもいいんじゃないかしら」


「記念ですか……」


 自分の物欲を刺激するものはないかという視点で探していたので、何か記念になるものということは考えていなかった。


 アラーム音が沸騰を報せ、カップに湯が注がれると少し離れた俺のところまでいい香りが漂ってくる。ティーパックを引上げ、電子レンジで温めたミルクを加えた紅茶を美咲さんが俺のところまで持って来てくれた。


「はい、どうぞ」


 ありがとうございますと言い、そっと口を付ける。


 俺が作る時は冷蔵庫に入っている牛乳をそのまま入れるから紅茶の温度が下がってしまいいまいち美味しくならないが、今日のこれはミルクも温められていて美味しく感じる。


「記念になるものなら、何かいいものが見つかるかもしれません。もう少し考えてみます」


「うんうん、二人でいいものを探してきてちょうだい。あと、夕ご飯も楽しみにしていてね。ステーキによさそうなお肉買ってくるから」


 ブッッ。


 美咲さんの発言に思わず紅茶を噴き出しそうになった。


 口止めをしたのにステーキが食べたいという俺のリクエストはリークされているようだ。


「あっ、えっと、あれは勘違いと言うか……、いえ、ステーキが食べたいというのは本当なんですけど」


「いいのよ。遠慮しなくて。ソースはどの種類が好き? 玉ねぎ、ワサビ、レモン?」


「玉ねぎでお願いしますって、あの、本当に誕生日プレゼントにステーキがいいって言ったのは勘違いなんです」


「ふふっ、雅紀君、誕生日プレゼントにステーキがいいって言ったの? クロエからは雅紀君が誕生日の日の夕食にステーキが食べたいって言っているとしか聞いてなかったんだけど」


 うっわ、完全な自爆。誕生日プレゼントにお肉をリクエストしたことを自白してしまった。


 ああ、もう、深い穴に入りたい気分。


 これ以上ステーキの話は恥ずかしくて耐えられないと思って話題を変えることにした。


「そういえば、美咲さんは明日の午前中はお出掛けということですが、遠くまで行くんですか」


「そうね、近いけど遠い場所ってところかしら」


 普段は働かない頭がこういう時だけしっかりと働く。こういう時じゃなくてテストの時にもっと頑張ってもらいたい。


「それって――」


 俺がそこまで言いかけたところで、美咲さんは夕方の時と同じように指でばってんを作って愁いを帯びた笑顔で言った。


「雅紀君、口に出さないのも大人の嗜みよ」


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