第33話【朗報?】一緒にお出掛けの誘い

 夕食後、早めにお風呂に入った俺は飲み物を用意して『エルフとサムライ』の観賞準備を進める。本当はリビングの大きなテレビで見たいところだが、この時間は親父や美咲さん達が使っているので、自室のゲーム用のモニターで観ることにした。


 コンコン


 ディスクの入っているパッケージを開けようとしたタイミングで扉がノックされた。


「四元君、ちょっといいですか」


 扉越しに聞こえる七瀬さんの声は緊張を帯びているように聞こえた。


 すぐにどうぞと答えた。前に七瀬さんが部屋に来てからは常に見られてはまずいものがないように気を配っているからいちいち確認はしない。


「さっきは心配をかけてすいませんでした」


 部屋に入るなりぺこりと頭を下げる七瀬さん。


「謝ることないって。もう、大丈夫なのか」


「はい、もう大丈夫です。それで、あの……」


「ん? どうした」


「あ、明日なんですが、予定空いていますか」


 自分の誕生日すら忘れているような奴はよっぽど忙しいか、よっぽどぼけっと生きているかだが、俺は後者だ。香澄は誕生日だからって気を使ってくれたが、もともと予定はないし、誕生日だと気付いたところで何かしたいことがあるわけでもない。美咲さんのごちそうを楽しみにしながらだらだらと過ごすくらいだろう。


「特に何もないけど」


「では、新宿まで買い物に行くので一緒に来てくれませんか」


 ああ、買い物の荷物持ちね。美咲さんが美味しいものを作るって言っていたからデパ地下でおいしそうなお肉でも買うのだろうか。そのぐらいお安い御用だからそんなに改まって言いに来なくてもよかったのに。


「了解」


「ちなみに四元君は何か欲しいものはありますか」


「そうだな。やっぱり、肉がいいな。特にステーキとか」


「えっ? お肉ですか!?」


 香澄の家ならいざ知らず、一般家庭ではステーキなんてそんなにいつも出てくるようなものじゃないと思うのだが。だから、誕生日のごちそうにステーキが食べたいって思うのは変なことではないはず。


 しかし、七瀬さんは眉を寄せて首を傾げている。


「肉っておかしかったか」


「誕生日プレゼントのリクエストがお肉というのはあまり聞かない気がしたので」


「えっ? 誕生日プレゼント!?」


 なになに誕生日プレゼントって? 新宿のデパ地下に夕食の食材を買いに行くんじゃないのか。


「そうです。四元君の誕生日プレゼントを買いに行こうと思って誘ったのですが……」


「俺はてっきり夕飯の食材を買いに行くものとばかり思ってた」


「どれだけ食いしん坊なんですか。そっちはお母さんが準備をします」


 よく考えれば、献立のリクエストを聞きたいならわざわざ七瀬さんが来なくて、美咲さんが直接聞きに来るはずだ。


 一応、誤解のないように言っておくと、俺は別に食いしん坊キャラじゃない。男子高校生なんてだいたいがステーキ好きだろ。


「ごめん、ごめん。最近ずっと誕生日っぽいことしていなかったから。誰かと誕生日プレゼントを買いに行くなんて思わなかった」


「とりあえず、お肉が食べたいっていう希望はお母さんに伝えておきます」


「それは七瀬さんの胸の内に仕舞っておいてもらえるかな」


 誕生日プレゼントにお肉を希望していると、七瀬さんから美咲さんへ伝えられ美咲さんが驚き呆れている姿が目に浮かぶ。


「では、お肉のことは置いとくとして、他に欲しいものはありませんか」


 急に欲しいものはないかと聞かれてもちょっと困る。日常生活で必要な物は揃っているし、毎月お小遣いをもらっているので、その範囲で本やゲームなんかも買っている。今現在、俺の欲しいものリストは白紙だ。


「うーん、すぐに思い浮かばないな。あと、確認なんだけどさ。明日って、俺と七瀬さんの二人で買いに行くの?」


「はい。おじさんは夕方までお仕事で、お母さんは別に用事があるので、私と四元君で買いに行きます。お金はおじさんとお母さんから貰ったので大丈夫です」


 心配しているのはお金じゃない。


 七瀬さんと二人で新宿――繫華街に行くことだ。


 繁華街で年頃の男女が一緒に買い物をするっていうのは辞書的な意味で言えばデートではないだろうか。まてまて、七瀬さんはきっとそんなことは一ミリも思っていないはずだ。ここで俺がそんなことを変に意識してしまったら、七瀬さんまでそのことを意識してしまって、変な空気になってしまう。


 俺は出来るだけ自然にいつもと同じように話す。


「わかった。プレゼントは何がいいか考えておく」


「お願いします。私も考えてみますね。明日は10時くらいに出発したいと思いますからよろしくお願いします」


 七瀬さんは、それではおやすみなさいと手を軽く振りながら言って部屋を出て行った。


 ドアが閉まってから手を頭にやって、思わずぽりぽりと掻く。


 さて、鑑賞予定を変更して自分の誕生日プレゼントを考えなくては。


 このままでは目的なく新宿を彷徨ってしまう可能性がある。


 手元にある香澄からのプレゼントを見ながら思わず、本当によく考えてくれているなと呟いてしまった。


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