第19話【日常?】登校は悲劇と喜劇(前編)

 家族が増えればいろいろなところで変化が起きる。


 平日の朝の支度だってその一つだ。


 これまでは親父が朝早く仕事に行くから、俺は適当にパンをかじって登校していた。


 でも、今朝は美咲さんが朝ごはんを作ってくれていてダイニングには食欲をそそる匂いが満ちている。ご飯の量は昨夜のようなことはなくごくごく普通の量になっていた。日本昔話に出てくるような山盛りのご飯の量だったらどうしようかと思っていたところだ。


 朝からお味噌汁あるのうれしいな。


 そう思いながら味噌汁を飲んでいるが、朝の時間は貴重なので悠長にしてはいられず、作ってもらった朝ごはんをさっと食べて、身なりを整えて玄関に向かうと、そこにはすでに制服姿の七瀬さんが待っていた。


「先に行ってよかったのに」


「学校までの道順はスマホで調べましたけど、初日なので一応一緒に行った方がいいなと思いまして」


 七瀬さんの言うとおり今日は初日だから一緒に行った方がいいな。迷うことはないとは思うが、そこまで強く断る理由もない。誰かに声を掛けられても途中から偶然一緒になったと言えば、そこまで波風立つこともないか。


「じゃあ、一緒に行こうか」


 先に靴を履く七瀬さん。


 もうすぐ制服が夏服に衣替えで冬服では少し暑いと感じる時期だが、七瀬さんは首元を緩めている俺のようなことはなく、きちんと制服を着ているのだけど、

「スカートがちょっと短くないか」


 少し前に偶然とはいえ、その絶対領域の先を見てしまった者としては気になってしまう。


「そうですか。いつもと同じです。制服の指導はされたことがないので大丈夫だと思うのですが」


 今までは特に気にしなかったが、こうやって改めて見ると場合によっては、周りの男子がどぎまぎするかもしれない長さだ。


「すごく短いというわけではないけれど、気を付けないと見えるから――」

「もしかして、見たことあります?」


 すぐに否定をしない俺の目は無意識に泳いでしまう。


 その姿を見てか被せ気味に返しをした七瀬さんの目のハイライトがオフになっていく。


 疑問形で聞いているがきっと七瀬さんの中では俺は見たことがあるという判断になっているだろう。事実見ているけどさ。


「い、いや、あれは不可抗力というか、たまたまというか……」


「まさか本当に見ていたとは。意外と四元君はえっちなんですね」


 えっ!? 何? 今のハイライトオフの目は俺に鎌かけたの。七瀬さんってそういう技を持ってるの。


「ほんと、たまたま見えてしまっただけだから」


「でも、それをずっと覚えているわけじゃないですか。そこがえっちだと思います。早く忘れてください」


 ぐうの音も出ない。俺に煩悩がなければそんな光景はすぐに忘れてしまうだろう。でも、俺は普通の高校生だから無理。


「善処します」

「お願いします。私も気を付けるので」


 そう言うと、七瀬さんはスカートの長さを調節して、さっきよりも少し長めにした。


 結果として、七瀬さんのスカートの丈が長くなったのでよかったけれど、俺の受けたダメージに見合わない。


 やれやれと思いながら、七瀬さんに続いて我が家の玄関を出ると、

「おはよう、クロエちゃん、雅紀」


 こちらの落ち込んだテンションとは真逆のテンションで香澄が門の前に立っていた。


「おはようございます。香澄さん」


「雅紀、あんた朝から疲れたような顔してるけどどうかしたの」


「月曜の朝から香澄みたいなテンションにはなれないだけだ」


 絶対にさっきのやり取りを香澄に知られるわけにはいかない。知られたら源隆さん仕込みの疾風脚が俺の顔面を狙ってくる。


 香澄が加わったことで、俺の前を香澄と七瀬さんが二人で話しながら歩く。


 これなら目立つこともない。七瀬さんは兄妹だからって言うけど、周りの生徒からはどうやっても兄妹には見えない。


 思っている以上に普通に兄妹でいることは難しいかもしれない。


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