第16話【不可思議】義妹の様子がおかしいです
無事にスーパーでの買い物を終えて外に出ると、空の色が黄昏時のグラデーションに染まっていた。遠くには
「雅紀君、空とタワーがとても綺麗ですね」
七瀬さんはポケットからスマホを取り出し、ライトアップされたタワーと空の写真を撮っている。女の子っていろんな写真をたくさん撮るけど一体何に使うのだろう。
「そうだな。タワーのライトアップは季節やイベントの時期ごとに違うから面白いぞ」
「そうなんですね。それなら時々チェックしないといけないです」
写真を撮り終わった七瀬さんはスマホを再びポケットにしまうと、ちょっと失礼しますと言いながら俺が持っている買い物袋に手を入れてパピコを取り出した。
これは俺がレジを済ましている時にそっと七瀬さんが別のレジで買っていたものだ。
袋から取り出したパピコをぷちっと千切って二つに分けると片方を俺に差し出した。
「雅紀君も一つどうぞ」
「それ七瀬さんの小遣いで買ったやつだろ。両方とも自分で食べたらいいんじゃないか」
「いいんです。二つも食べたら夕飯が入らなくなってしまいますから。一つは雅紀君が食べてください」
それなら今食べなくてもお風呂上がりにでも食べたらいいんじゃないか。
俺の野暮な考えに構うことなく七瀬さんはパピコをもう一度俺に差し出した。
「それじゃあ、ありがとう」
買い物袋を持っている俺のために食べ口を開けた状態で渡してくれたから空いている方の手で受け取るとそのまま口に運んだ。
滑らかな舌触りとチョコレートの甘さ、少し遅れてやってくるコーヒーの香りのバランスがいい。
夕方ではあるけど、初夏の爽やかな風ではなく
「美味しいな」
すると、七瀬さんがへへっと悪戯が成功した子供のような顔をする。
「やっぱりパピコは一人で食べるよりもこうやって雅紀君と半分こして食べた方が美味しいです」
「二人で半分こすると兄妹みたいだもんなっ、うぐっ」
俺が言い終えると同時に七瀬さんの白魚のような手がわき腹をえぐってきた。こちらが完全に無防備だったこともあって思わず声が出てしまう。小学生ならきっとデュクシと効果音が付く一撃だ。
「そーゆーところですよ。雅紀君」
えっ!? どういうところ。
店を出てからパピコを食べるまでの流れを思い出すが、俺、何か悪いことした?
「俺の罪状は何?」
「それは、えっと、何と言うか……、雅紀君の胸に手を当ててよく考えてください」
胸に手を当てようにも買い物袋とパピコで両手が塞がっているので、後でよく考えることにしよう。
「よく考えると言えば、七瀬さんはどうして買い物に出ている時もずっと俺のことを名前で呼んでいるんだ。香澄が来ていた時そんなことなかったと思うけど。あと、話すたびに強引に俺の名前を呼ぼうとしていない」
話している時に強引に俺の名前を入れるから不自然な感じがして気になっていた。
「そ、それはですね……」
パピコがすぐに溶けてしまうかと思うくらいに急速に赤くなっていく七瀬さん。
「練習です。いつも四元君と呼んでいるばかりじゃ雅紀君って呼ぶ時に不自然になると思って」
「なるほど、だから、毎回微妙にイントネーションが違っていたわけか」
「そ、そんなこともわかったんですか」
「そりゃ、自分の名前だから。最初は俺の名前を呼びながら遊んでいるのかなと思っていたけど、そういうわけだったのか」
「自分の中でちょうどいい感じに〝雅紀君〟って呼べるようにいろいろ探っていたんです」
小さな謎が解決したところで再びパピコを口に入れる。一度に糖分、水分、涼の三つを補給して一息ついた。
「でも、どうして急にそんな練習なんか始めたんだ」
「それは雅紀君と香澄さんが話している時に二人ともすごく自然な感じでお互いを呼んでいるのを見て私も早くそうなりたいと思ったんです」
だから香澄が帰った後から呼び方が変わったわけか。
「香澄とは付合いが長いからな。でも、そんなことは競うものじゃない。急いで練習なんかしなくてもいいんじゃないか。七瀬さんとはこれからもずっと一緒にいるわけだからゆっくり慣れていけばいい」
七瀬さんは一度俯いた後に顔を上げると持っているパピコをぎゅっと握り中身を口に入れた。急に冷たいものをたくさん口に入れたので頭にキーンときたらしくすぐにこめかみを押さえている。
「本当に雅紀君は全くです」
その言葉を呟くと、七瀬さんは少し足を速めて進みだした。
全くどうなのだろう。きっと聞いても秘密ですと言われてしまうのだろうけど。
いつものように小さな溜息を一つつくと俺も七瀬さんに遅れないように足を速める。
見上げると綺麗な黄昏時の空はいつの間にか濃い群青に覆われていた。
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