第31話【心配】クロエの体調不良
いつもと違う様子の七瀬さんを心配しているのは香澄も一緒のようで二人で顔を見合わせてしまった。
「お菓子作っている時は何か変わったことなかったか」
「私の見てた限りだと、いつも学校でいる時と変わらない気がしたけど。でも……」
「でも?」
「できあがりが近づいた時に武道場まで雅紀とおじいちゃんを呼びに行ったじゃない。それから帰ってきたときにちょっと顔が赤かった気がしたのよね。その時は一度外に出たからかなって思っていたのだけれど。もしかして、熱でもあったのかしら」
たしかに今日は暖かい日だが、真夏じゃないから母屋から武道場まで移動したくらいで熱中症ということはないだろう。やっぱり、風邪気味だったのに隠していたのだろうか。
「引越しがあったりして生活環境が変わったから疲れが出てるのかもしれないな。あとで様子を見てみる。それじゃあ、ありがとな、誕生日プレゼント」
「いいのよ。それにしても、クロエちゃんの体調が悪そうなのがわかるなんて意外とお兄ちゃんしているのね」
目を細めながらからかいの表情を浮かべる香澄。
七瀬さんの異変がいつからなのかわからない。もし、お菓子を食べている時からずっと悪かったのならお兄ちゃん失格だ。
●
「七瀬さん、大丈夫? 体調が悪いなら風邪薬とか体温計とか用意するけど」
香澄が帰った後、すぐに七瀬さんの部屋の前まで行って、ノックをしてから扉越しに声を掛けた。本当に疲れただけなら休めばいいけど、風邪ならばそうはいかない。
すると少しだけ間をおいて、
「大丈夫です。本当に少し疲れただけなので、休めば大丈夫です。心配しないでください」
「わかった。俺は自分の部屋にいるから何かあったらすぐに言って」
「ありがとうございます」
自室に戻る前に一応と思って、キッチンの戸棚の一つに入っている体温計や常備薬の在庫を確認することにした。
体温計は正常に動く、常備薬も風邪薬や鎮痛剤、胃薬もあるから大丈夫そうだ。
「あら、雅紀君、どこか具合でも悪いの」
後ろから心配そうに声を掛けてきたのは美咲さんだ。
「いえ、俺は元気なんですが、クロエさんが遊びから帰ってきたら、顔色が悪くて……。ちょっと疲れたってことで部屋で休んでいるんですが、もし、風邪だったらいけないと思って薬を確認していたんです」
「そうなの。最近引越しでばたばたしていたから疲れたのかしら」
「俺もそうなんじゃないかと思ってちょっと心配していたところです」
引越しをして住み慣れた家からいきなり顔見知り程度のクラスメイトと一緒に暮らすようになれば、いろいろストレスも溜まるだろうし、免疫力も落ちるんじゃないだろうか。
「私も後で様子を見に行ってみるわ」
そう言って一度は背を向けた美咲さんが一歩踏み出したところで何かを思いだしたのかもう一度振り返った。
「あと、明日の雅紀君の誕生日なんだけど。私、昼過ぎまで外出する予定があるけど、夕食には美味しい物を作れると思うから楽しみにしててね。あと、ケーキも買ってくるから。ケーキにはやっぱり名前入りのチョコレートプレートも付いていた方がいいかしら」
「そんな、俺はもう高校生なんで、誕生日を祝うって歳でもないですよ」
美咲さんは指でバッテンを作って、笑顔でダメよと言う。
「誕生日に小学生も高校生も大人もないのよ。大事な日はお祝いをしたりしないと忘れちゃうものなんだから。だから、うちはちゃんとお誕生日をするの」
「ありがとうございます。それじゃあ、明日を楽しみにしてます。でも、さすがにケーキに名前入りのチョコレートプレートはよしてください。それをクロエさんにも見られるのは恥ずかしいです」
「ふふっ、そう言われると逆にやって欲しいって振りみたいね」
子供っぽい悪戯な笑みを浮かべる美咲さんの顔は七瀬さんが時々俺に見せるそれによく似ている。親子揃って俺はからかわれているようだ。
「熱湯風呂の押すな押すなじゃないですから」
「それじゃあ、チョコレートプレートをどうするかは検討しておくわ」
「よろしくお願いします」
部屋に戻って、夕食まで授業の復習をしようと思って教科書と問題集を広げた。香澄からのプレゼントのブルーレイを見たいところだけど、上映時間が三時間はあるからまとまった時間を確保してからじゃないといけない。
途中、七瀬さんの部屋のドアがノックされて美咲さんの話す声が聞こえた。さっき言っていたように七瀬さんの様子を見に来たのだろう。
その後の夕食の時には七瀬さんの調子は良くなったようで、いつもと変わらない様子でいた。やっぱり、はしゃぎ過ぎたのが原因かもしれない。
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