第47話【困惑】様子のおかしい七瀬さん
最近どういうわけか七瀬さんの様子が変だ。
話す時は前と違って目を合わせて話してくれない。
こちらから話しかけようとすると何か理由をつけて避けられてしまう。
何か嫌われるようなことをしただろうか。しかし、心当たりがない。
香澄からはデリカシーのない奴なんて言われることもあるから無意識のうちに七瀬さんの気に障ることをしてしまったのかもしれない。
でも、こういう時って、理由はわからないけど、とりあえず謝るってことをすると火に油を注ぐんだよな。
それとも俺が気に障るようなことをしたんじゃなくて、先日、春原さんが話していた七瀬さんが大切にしたいという人が関係しているのだろうか。この大切にしたい人については相変わらず手がかりがない状況だ。
もちろん、七瀬さんが誰のことを大切に思ったり、好きになったって俺が口を出せることではない。ただ、七瀬さんが家でそいつとイチャイチャすると我が家の薄い壁ではいろいろな声が聞こえてきそうで、それが俺の精神衛生的によくないというだけだ。
「――ってな感じで七瀬さんの様子がおかしいんだけど、どう思う?」
俺の隣の席で新作のフラペチーノの味わっている春原さんに聞いた。
先日、春原さんと連絡先を交換して、お互いに情報共有をしようと話したので、最近の七瀬さんの様子が変だと話したら、放課後にカフェで話そうということになった。
「うーん、どうって言われてもね。クロエは四元が気に障るようなことをしたのなら、そういうことはやめて欲しいって言うんじゃないかな。だから、原因はやっぱり、クロエの大切にしたい人の方じゃない」
春原さんはフラペチーノをストローで混ぜながらにやにやとした表情を浮かべている。
「ねえ、春原さん、本当は何か今回のことで心当たりがあるんじゃない」
「いやー、私が聞いても『秘密です。誰にも言いません』ってクロエに言われちゃったから」
「そうか。急に様子が変わってしまったから嫌われいるんじゃないかってけっこう凹んでいるんだよな」
テーブルに肘をついておでこに手をやっている俺を隣の席から覗くように春原さんが話す。
「ねえ、クロエが目を合わせて話してくれなかったり話しかけても避けられている感じがするっていうのは、案外普通のことじゃない?」
「それって、どういう意味?」
「兄妹なんて意外とそういうものってこと。あたしのところも大学生の兄貴がいるけど、そんなにいつも話すわけでもないし一緒に出掛けることもあまりないからね。ある程度歳を重ねた兄妹なんてそんなものだよ。まして、四元のところは実の兄妹じゃないでしょ。最近になって一緒に暮らし始めたなら兄妹というよりも普通は同居人に近いんじゃない」
「たしかに俺たちは普通の兄妹じゃないけど、今までと違うから……」
七瀬さんが最初から今の感じならそうかもしれないけれど、そんなことはなかった。俺の膝の上に乗って自撮りしたり、一緒に誕生日のプレゼントを買いに行ったりしたのだから。
「もしかしたら、クロエにとって今の距離の取り方が普通なのかもしれないでしょ。今までは一緒に暮らし始めたばかりだから積極的に関わっていただけかもしれない」
やはり、春原さんの言うとおりかもしれない。七瀬さんは告白する人が絶えないような魅力的な人だ。そんな人が家族になったからといって、今まで俺に優しく接してくれていた方が異常なのかもしれない。俺はその優しさに甘えて感覚がおかしくなっていたのだろうか。
「だな。七瀬さんにとってはそれが普通なのかもな。最初、親父が再婚して少し年下の妹ができるって聞いた時は、反抗期真っ盛りの中学生くらいの子が義妹になるんじゃないかって思っていて、その時は今の状況よりも険悪な関係を予想していたからそれに比べればだいぶましだ」
俺の反応を見た春原さんは、驚いたとように目を見開いた。
「おっと、四元は意外と簡単に引き下がるんだね」
「俺がここで下手に動いたら七瀬さんを困らせるだけかなって思ってな」
最初はいい妹キャンペーンで接してくれていた七瀬さんもそろそろキャンペーン終了ということで通常営業になっているのかもしれない。そこを俺が以前と同じような関係を求めてしまっては迷惑というものだろう。
「あたしが今話したことはあくまで一つの可能性で事実じゃないんだけど。さっきも言ったようにクロエは大切にしたい人については秘密だって言って教えてくれないし、家でのことも話さないからあたしにはわからない。あたしと兄貴の場合はずっと兄妹で言い合いや喧嘩もたくさんしたからお互いにどんなふうに接すればいいとか、どこまで言ったら怒るとかの距離感がわかっているけど、クロエと四元はそれもまだわからないんじゃないの?」
「だけど、俺と七瀬さんはこの歳になってから一緒に暮らすようになったんだから、小学生の兄妹みたいに喧嘩なんかしない」
「そうかな。四元の場合は、本音でクロエとぶつかっていないからじゃないかな。どこか遠慮したり、必要以上に気を使ったたり、自分の気持ちに蓋をして、争いのないように収めようとしていない」
図星という表情をしている俺を見て春原さんはやれやれと言ってから続けた。
「四元はさ、クロエのことを考えて動いているかもしれないけれど、クロエとちゃんと話して動いてないでしょ。私に相談しに来る前に一度はちゃんと話した方がいいんじゃない」
七瀬さんにどうして目を合わして話してくれないとか、俺のこと避けてないなんて言えば、気まずい雰囲気になってしまうのではと思って春原さんに相談した。俺よりも七瀬さんとの付合いが長くて、同性の春原さんならいい答えを持っていると思ったからだ。
でも、結局のところ、これは俺と七瀬さんの問題だから、まずは俺の方から動かないといけない。場合によっては俺と七瀬さんの大喧嘩に発展するかもしれない。でも、そうなってしまったら、その時は春原さんや香澄に間に入ってもらって助けておう。
「ありがとう。春原さん。俺の考えていること思っていることを一度、七瀬さんに伝えてみる」
「考えすぎずにドンとぶつかった方がいい」
そう言うと春原さんはにっと歯を見せて笑った。
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