第11話【急募】義妹に押し倒された時の対応

「不束者ですが、末永くよろしくお願いします」


 息づかいが感じられるほど近くにある七瀬さんの顔。チロリと出された赤い舌は獲物を追い詰めた捕食者のそれだ。


 末永くよろしくお願いしますって、プロポーズの返事の時に使うような言葉だよな。なんで七瀬さんはそんなことを……。俺が無意識に七瀬さんにプロポーズの時に使うような言葉を並べていたからか。それとも俺をからかっているのだろうか。


 ベッドに腰掛けながら、これ以上身体を傾けることができないくらいの姿勢をキープしている俺の腹筋は悲鳴を上げ始めている。


 そして、さらに迫ってくる七瀬さんに押されるようにしてついに俺はベッドに仰向けに倒れた。


 七瀬さんはベッドの上に四つ這いになって、俺を押し倒したような形になっている。彼女の長い髪が垂れ下がり、それが俺を覆うカーテンみたいになって、いい匂いが俺の顔を包んでいく。


「こんなところをお母さんやおじさんに見られたらどう思われるでしょうね」

「な、何を言ってんだ」


 襲われているのは一〇〇%俺だろ。


 でも、どうだろう。身長一八〇以上の俺と一五〇程度の七瀬さんの体格差を考えれば、七瀬さんが俺を襲うなんてことは普通できない。だから、俺が七瀬さんに迫ったところ、何かのはずみで今のような状況になったと解釈されることはないだろうか。


 ――ある。その可能は十分にある。


 そうなれば、俺は危険人物としてこの家から追い出されて、全寮制の男子校に転校なんてことがあるかもしれない。


 コンコンコン


「クロエ、雅紀君の部屋にいるの?」


 終わったぁぁぁ。


 ドア越しに聞こえた美咲さんの声で一気に体温が下がり、心臓の鼓動は別の意味で本日最大の暴力的行動を起こしている。


「雅紀君、入るわよ」


 美咲さん、俺は入っていいなんて言ってませんよ。むしろ絶対にダメです。


 今でなくても男の子は急に入って来られると困ることが時々あるんです。


 ちょっと待ってくださいとか、今はダメですと言おうとしているのに喉にボールでも詰まってしまったのか声を出すことができない。


 そして、ガチャリとドアノブが回されてゆっくりとドアが開かれる。


 ダメェェェェェェ。

 



「――くん、四元君」


 軽くゆさゆさと肩を揺らされながら自分の名前を呼ばれたことに気付いてゆっくり目を開ける。寝起きの視界に飛び込んできたのはさっきまで俺をベッドに押し倒していた七瀬さんだ。


 その瞬間、まるで地震で目が覚めた時のように一気に目が開き、いつもなら徐々に活動を始める脳が目覚めと同時にフルスロットルで活動を始めた。脳の起動の速さにズキリと痛みが走るほどだ。


「な、七瀬さん?」

「全くいつまで寝ているんですか。寝坊にもほどがあります」


 七瀬さんは出来の悪い兄を叱るかのように腰に手を当てながらこちらを見下ろしている。


 ゆ、夢? さっきのは全部夢だったのか……。そうだよな。プロポーズの言葉とかそれに対して七瀬さんが末永くよろしくお願いしますなんて言うはずがない。


 家族として、兄妹としての関係を上手く築いていかなくてはと思っているのにこんな夢を見るなんてどうかしている。


「おはよう、七瀬さん。わざわざ起こしに来てくれてありがとう」


「もう、おはようの時間ではありません。もうすぐお昼ですよ」


「マジで!?」


 枕もとに置いているスマホを起動させると時刻は七瀬さんの言うとおりお昼前だ。


「お昼ご飯ありますから、食べるならダイニングに来てください」

「了解、すぐに行く」


 返事をすると七瀬さんは先に行ってますねと言い、ドアノブに手を掛けたところで振り向いてこちらを見た。


「あ、あと、昨夜のことはあくまでこれから一緒に暮らしていく上でということですからね」


 それだけ言うと、こちらの返事を待つことなく、勢いよくドアを閉めて、すぐに部屋から出て行ってしまった。


 昨夜のことって何だ?


 ベッドから降りて、換気のために窓を開け、大きく伸びをしながら記憶を辿ったところで思い出した。


 さっきの夢は夢だけど夢じゃない。


 昨夜、七瀬さんは確かに俺の部屋に来て、俺のこれまでの言動について話して「不束者ではありますが、これから末永くよろしくお願いします」という言葉を残して、すぐに自分の部屋に帰ってしまった。


 その後、俺は明日から七瀬さんにどんな顔して会えばいいのか朝方まで考えていて、やっと眠れたところであんな夢を見たんだ。


 あんなに考えていたのに初っ端が寝顔だったことはノーカンとしたい。


 一緒に暮らしていくうえで、末永くお願いしますと言われても俺は七瀬さんにどうな風に接すればいいか。

 ――俺と七瀬さんが義兄妹であることは変えられない。それなら、家族として楽しく過ごせるように頑張るほかないというところだろうか。


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