これ、宿屋の開店記念イベントだよね?

 …………


「控えおろう!」


「この聖剣が目に入らぬかぁー!」


「勇者様! 勇者様! 勇者様!」


 …………


「……勇者様、ここで聖剣をピカーッと光らせて下さい」


「そうしたら私が『頭が高ーい!』と一喝しますので、あとは流れで……」


 ……いや、これ、宿屋の開店記念イベントだよね? しかも勇者勇者と連呼させるなよ、お客さんに。


『さぁ! 私を掲げなさい、ハル!』


 聖剣もノリノリだなぁ…… ほい。


「おぉっ! 光った!」


「アメイジング!」


 ……意外とお客さんも喜んでるし。


 

 宿屋の営業初日にも関わらず、遠くからたくさんのお客さんが来てくれた。


 人間同士、魔族同士、人間と魔族、様々な組み合わせのグループが三つの村を観光しに来たらしいが、一番の目的は勇者である俺を一目みたいという理由だったみたいで、そんなお客さんのための、この茶番劇だ。


 ちなみにこれを考えたのはナリ村の村長のナリさん(男性 恋人募集中)だ。

 そしてノト村の村長ノトさん(女性 恋人募集中)と二人で迫真の演技をしていた。


「ハルちゃん、カッコいいわよぉ!」


 母もオシャレをして俺の勇姿? を見守っている…… ちょっと身体のラインが強調されるピタピタのドレスという点が気になりはするが。


「おぉ…… あれが聖母様かぁ……」


「綺麗な人ね……」


 中には聖母ファンもいるみたいで、母も注目されている。

 

「うふふっ、綺麗だって、照れちゃうわぁ」


 注目された母はすかさず俺の隣に立ち、俺の腕にしがみついてきた。


「勇者様と聖母様のツーショットだ!」


「写真撮ってもいいですか?」


「やぁん、恥ずかしい! けど…… いっぱい撮ってMN(マジックネットワーク)で全世界に発信してね? うふふっ」


 全世界!? それはちょっと…… 


「ハルちゃん?」


 うん、いいんじゃないかな? 母がそう言うなら、ぺぇを押し付けて黙らせようとしないで! それに弱いんだからさぁ。


「うふっ、知ってる…… 大好きだもんね?」


 …………はい。




「それでは宿屋に案内しまーす」


 イベントが終わると、何事もなかったかのようにお客さんの案内を始めるナリ村長。


「食堂や温泉をご利用の際はこちらの店主であるメアリさんにお声掛け下さい」


 そして紹介されたのは、宿屋と食堂の店主として働いてくれるメアリさんと、その後ろに控える……


「「「「いらっしゃいませ」」」」


 宿屋で雇われているサキュバス達。


「お荷物をお持ちします」


「パネルにて予約された部屋のボタンを押して下さい」


「こちらのエレベーターで各階にお上がり下さい」


「食事と温泉のご利用時間はお部屋のパンフレットをご覧下さい」


 ……あれ? 噂ではサキュバス達の働きっぷりが相当ヤバいと聞いていたのだが、落ち着きのある統率の取れた動きで接客している、一体何があったんだろう。


「勇者様、私達は心を入れ替えました」


「メアリ様の元、女性としても立派になるために修業中です」


「昼寝していたメアリ様の夢の中に潜って、あんなのを見せられたら……」


「サキュバスとしてのプライドが……」


 サキュバスとしてのプライドって…… どんな夢だったんだ?


「とてもじゃありませんが、私達の口からは……」


「ただ、メアリ様はサキュバスよりサキュバスかもしれません……」


「あんなのをあんなにしてまで……」


「凄かったですわぁ……」

 

 いや、分からんって! あんなのを? あんなのって何だよ。


「オバケキノコ……」


「丸飲み……」


「吸引力……」


「獣……」


 うん、分からないって事が分かった。

 とりあえず頑張って。



 イベントが終わったらもうやることがないから、母と手を繋ぎナリ村をゆっくりと見て回って帰る事にした。


 今のナリ村は宿屋開店でお祭り状態だ。

 村の住人達はあちこちで昼間から食事をしながら酒を飲んだりと楽しそうに騒いでいる。


「みんな幸せそうね、うふふっ!」


 そうだな。


 お祭り状態といえばサイハテ村も今、お祭り騒ぎになっている。

 なぜかというと、レーナとミミさんが妊娠している事が分かったからだ。


 二人ともここ最近体調が悪かったみたいで、心配した村長とトルセイヌさんがお医者さんを呼んだところ発覚したみたいだ。


 それで朝から大騒ぎになって、村長…… じいちゃんが朝から家に来て、あわあわしていたのが少し面白かったなぁ。

 母に向かって『マリー! お、お姉さんになるぞ!』と開口一番言っていたのが特に。


 そのすぐあとにトルセイヌさんも家に訪ねてきて、母に安産の加護が貰えないかと相談していた。


 そして母が、どうせならとレーナとミミさん両方に安産の加護を授け、すぐに今行われたナリ村のイベントに二人で向かったから、きっとサイハテ村でも今頃……


 母が羨ましそうにレーナとミミさんを見ていたのが気になるが、とりあえず今は……


 あっ、そうだ! この賑やかな様子も動画にして投稿しようかな? カメラも持ってきたし。



「あら? 今日も撮影するの?」


 ああ、ついでだからナリ村の様子を歩きながらね。

 あと一緒に歩く母も撮っちゃおうかな?


「えぇー? うふふっ、可愛く撮ってね?」


 母はいつだって可愛いから大丈夫だよ。


「もう、ハルちゃんったら…… じゃあ行きましょ?」


 母と手を繋ぎ、もう片方の手でカメラを持ち村の様子を撮影しつつ隣の母も撮る。


「美味しそうな料理ね、えっ、くれるの? ありがとう、うふふっ」


 母は村人からスイカ羊の肉を使ったソーセージを貰い、頬張ろうとするが……


「あん…… これ、大きくて、太ぉい……」


 うん、食べにくそうだね、そんなに無理して口に入れなくていいんだよ?


「はい、ハルちゃん、あーん!」


 それ、母の食べかけ…… あっ、はい、ありがとう。


「今度はアイスを貰っちゃった! うふふっ」


 良かったね…… 何でこっちを見ながら先っぽをペロペロしてるのかな?


「やん! お口から垂れちゃう……」


 ……わざとなのかな?


「はい、ハルちゃん、あーん!」


 ああ、またくれるの? ありがとう…… 食べかけだけど。


 ていうか、村の人達もわざと母にしか渡してないよね!? さっきから俺達をニヤニヤしながら見ているし!


 ……撮影? ああ、もちろんバッチリ撮っているよ。


「うふふっ! ハルちゃんと一緒だと楽しいわぁ」



 その後もゆっくりと母とナリ村を見て回ってから俺達の家に帰ったのだが、サイハテ村でも宴会になっていて


「ミ、ミミたん、大丈夫なの?」


「何言ってるんだよダーリン、しっかり食べないとダメだろ? 私達の赤ちゃんの分も」


「いや、それはそうだけど…… いきなりそんな食べなくても」


 宴会の中心になっているテーブルにはミミさんとトルセイヌさん、あとは


「うぅっ…… レーナ、ありがとう……」


「もう! コウタローさんったら、朝から何回お礼を言ってますの? ふふっ、泣き虫なパパでちゅわねー」


 レーナと村長がそれぞれ座っていた。


 ミミさんはトルセイヌさんに心配されながらも目の前の料理をガツガツ食べ、レーナは泣いている村長を慰めながら自分のお腹をさすっていた。


「みんな、幸せそう…… いいわねぇ」


 母の、俺と繋いでいる手に少し力が入ったような気がした。


「ハルちゃん……」


 ……何?


「ううん…… 何でもない」


 母…… もしかして……









 まだ食べ足りないのか?


「ハルちゃん!?」


 いや、だって、ガツガツ食べているミミさんを見てただろ?


「もう! ハルちゃんのバカ!」


 ……と言いつつ、手をニギニギしてくる母。


 うーん…… 俺、鈍感らしいから。


「……うふふっ」


 まあ、そういう事にしておいて、俺達も宴会に入れてもらおうか。


「そうしましょう」




 そして……




『ねぇ、ハル? この映像を編集して動画にするの?』


 ああ、そうだよ、各村の様子を動画にしたら、また来てくれるお客さんが増えるかもしれないだろ? 


『それはそうなんだけど…… これ、マリーばっかり映ってない?』


 …………聖剣、お前もそう思うか?


『村の様子というか、これならマリーとデートしている様子よ、ハルの声が入ってなかったら誰と歩いているか分からないわ』


 ……映ってないのに俺の声入ってるの恥ずかしいから嫌だな、字幕にするか。


 俺の喋っているのを字幕にして…… よし、これで動画を上げるか。


『何それ、そんな動画で大丈夫なの?』


 大丈夫だ、問題ない。




 ちなみにこの動画。


〖まるで自分が聖母様とデートしてみたいな気分になる〗と話題になり、バズった。

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