良い線いってるから自信を持って

 この建物は古い屋敷なんだが意外と広い。

 部屋の数が多いしどこにサキュバス達が居るのか分からないから、隠れながら慎重に進もう。


『静かね、もう寝てるのかもしれないわ』


 そうだな、でも油断せずに…… あっ、あの部屋から明かりが少し漏れている。


『扉が少し開いてるわ』


 子供達かサキュバスか、少し覗いて確認してみるか、眠っていればいいけど。


 んー、薄暗くてよく見えない…… あっ、何か動いた。


「うふっ、ショータくん……」


 うわっ! エッッな衣装に身を包んだサキュバスが寝ている子供の上に覆い被さって……


『ハル! 見ちゃダメっ!』


 えぇっ? ちょっとだけだから…… あぁっ! 顔を近付けて…… んっ? おでこ同士をくっ付けてるな。


「ショータくん、今行くから、夢の中で逢いましょうね?」


 ふーん、ああやってサキュバスって夢の中に入るのか、夢の中でナニ…… 何するんだろう。


『今がチャンスなんだからもう行くわよ!』


 あ、あぁ…… 気になるけど行くか。


『そんなに気になるならマリーにやってもらいなさい!』


 えっ!? 母も出来るの!?


『なんとなくマリーならやりそうじゃない?』


 たしかに…… うん? 隣の部屋からも明かりが……


「ショーゴ…… ふふっ」


 こっちもかい!!  あっ、その隣も……


「ショーン……」


 そういう時間なのかな? かな?


「タロウマル様……」


 もういいわ! 帰るからね!



 そして音を立てないよう通り抜け、玄関を見つけたので、そっと表に出た。


『村はあっちの方向よ』


 ああ、暗い森の中に入って山を下らないといけないから気を付けて進まないとな…… 痛っ! 何だ?


『そういえば結界を張っているって言っていたのを忘れてたわ…… ハル、私ならこの程度の結界なら破れるから、結界を斬りつけて!』


 よし…… えい!! ……っ! ダメだ、結界が破れない。


『三重…… いえ、四重に張られてるわね、ハル、もう一回よ』


 えい! やぁ! あっ、そーれ!


『ふざけてないでちゃんと斬りつけなさい! 腰が入ってないわよ!』


 分かったよ、ノリが悪いな…… そこは合いの手を入れて欲しかったのに。


『そんな事を私に求めないでよ』


 さて、そろそろ真面目にやるか……


「ふふっ、何をしているのかしら?」


「ガンガンうるさくて集中できないでしょ?」


「せっかくお楽しみの時間なのに」


「ご主人様との戯れを邪魔されました」


 サ、サキュバス達…… なぜバレた?


「……大声でギャーギャー騒いでたら誰でも分かるでしょ」


 おい聖剣! お前の声がうるさいからバレたじゃないか!


『わ、私のせい!? ハルがふざけるからでしょ!?』


 なんだと! この……


「はいはい、喧嘩はあとで好きなだけしてね?」


「ここから出られるのはマズいから、大人しく屋敷に戻ってね? 良い子にしてたら…… ふふっ」


「私達が…… 良い事して、あ・げ・る」




 ……いえ、間に合ってるんで大丈夫です。


「はぁっ!? こんなセクシーなお姉さん達に良い事してもらえるのよ?」


 ……いえ、それも間に合ってるんで大丈夫です。


「なっ…… あんな事やこんな事もよ?」


 ……間に合ってるんで大丈夫です。


「ムキー! 何だか分からないけど悔しいわ!」


 うん、大丈夫、お姉さん達は十分セクシーだよ、良い線いってるから自信を持って。


「何で上から目線なのよ!」


「ムカついてきたわ……」


 いや…… ねっ? 好みは人それぞれだから。

 ただ、俺にはちょっと、ってだけだからゴメンね? 気にしないで。


「これじゃあ私達がフラれたみたいじゃない!」 


「何なのよ、この子……」


 じゃあそういう事だから、俺は帰るね! バイバイ!


「……って、逃がす訳ないでしょ!?」


 ……チッ、駄目だったか。











 サキュバス達に拘束され屋敷に連れ戻され、再び手足に枷も付けられて…… ふりだしに戻ってしまった。


「はぁ、まったく! それにしてもあんなに魔力を搾り取ったのに、もう回復しているなんて……」


「しかもこの子の魔力、普通の魔力じゃない…… 不思議な感じ」


「結界を斬りつけていた剣も凄く強力だったわ…… 一体何者なの?」


「ちょっと待って! この子…… 『聖剣』とか言ってなかった? まさか……」


「「「「……勇者?」」」」


 んっ? 呼んだか?


「ひぃぃっ! マ、マズいわよ、ヨゾラ」


「シ、シオリだって一緒に食べたじゃない! それを言ったら皆だって……」


「どうしよう、勇者に危害を加えたとバレたら……」


「底辺魔族の私達には…… 死、あるのみですね」


 いやいや物騒だな、殺しはしないから、でも子供達をさらったのは反省してもらうよ?


「あぁぁ…… ショータくん達との夢のような生活が……」


「私達好みの可愛い男の子とキャッキャウフフが……」


「いずれ『お姉ちゃん大好きっ子』になって、抑えきれない欲望を受け止める予定だったのに……」


「終わりです…… せっかく安住の地を求めて魔族の国から逃げてきたのに……」


 サキュバス達がめちゃくちゃ落ち込んでる…… ちょっと待てよ? お前ら、子供達に変な事してないだろうな!?


「するわけないでしょ! 可愛い男の子…… 触ったら逮捕よ!」


 お、おぅ…… そんな叫ばなくてもいいだろ。


「私達、一線は越えないよう気を付けてるんだから!」


 当たり前だろ? 少年だぞ。


「まあ、夢の中では何戦も交えてるけどね、夢だからセーフよ!」


 おぉーい!! 教育に悪いだろ!


「何を言ってるの! 教育は早い方が良いに決まってるわ!」


  いや…… ちょっと顔が真剣と書いてマジ過ぎて怖いわ! 


「あはは、それももう終わり…… あーあ、皆で仲良く欲望の赴くまま生活したかったなぁ……」


 それもそれで怖いな…… サキュバスってこんな奴ばかりなんだろうか。


「国に戻っても『男の趣味が悪い』って、また仲間外れにされちゃうだけ……」


 …………


「でも好みは変えられない…… ならいっその事……」


「そうね、仕方ないわ」


「これもあの子達との生活のため」


「勇者を……」


 お、俺を始末する気か!? や、止めろ! 俺に危害を加えると母が黙っちゃいないぞ!


『そこでマリーの名前を出すの?』


 おい、聖剣からもコイツらに言ってくれ! このままじゃ、俺……




「「「「ぬきぬき骨抜きにして、私達に逆らえないようにしちゃえ!」」」」



 ……へっ?


「この子なら成人してるし、ギリギリ大丈夫!」


「よく見れば童顔で少年っぽいわね」


「なら触っても逮捕されない!」


「さぁ、勇者さん、私達と楽園でねんねしましょ?」


 い、いやぁぁっ!! や、やめてぇぇっ!!


「いいからいいから、私達に任せて」


「現実では初めてだけど、夢の中での経験値はあるから」


「じゃあ、皆…… いくわよ?」


「出でよ! 勇者さんのシンボル!」


 うわぁぁっ! 何をする! ズボンに手をかけるなぁぁぁ!!


「「「「きゃあぁぁぁ!!」」」」


 うっ、み、見るなぁぁ!!


「……ま、眩しくて見えない!」


「シンボルが輝いているの!?」


「いや、きっとアニメとかで見る謎の光よ!」


「さすが勇者…… 光の戦士ですね」


 へっ? あぁっ! この光…… 俺の唯一使える魔法…… ただ眩しいだけのアレ!!


 ……光が出るのって、手からだけじゃないんだねぇ、知らなかったー、知りたくもなかったー、あははっ。


「眩しい…… けど、大体の場所を掴めば…… えっ! 何、この爆発音!?」


「四重に張ってある結界が一瞬で破られた!? マズいわよ…… あっ、ショータくん達が危ない!」


 ひぃぃっ! な、何!? 何の音!? 


「みんなを避難させるわよ! ……えっ?」


 えっ? 部屋の外壁に丸く穴が空いて…… 壁が消えていってる!? 


「うふふっ……」


 丸い穴がどんどん広がっていって、外が丸見えになっていく。

 そして外から部屋に入ってくる人影が見えて……


「私の…… 可愛いハルちゃんに…… 何をしているのかしら? うふふっ……」


 ひぃっ! は、母!? 何でここが分かって……


「急にハルちゃんを近くに感じたから、慌てて家を飛び出してきたのよ? うふふっ、ハルちゃん大丈夫?」


 う、うん…… ズボンを下ろされただけ……


「……ズボンを? うふふふ…… あなた達、死ぬ覚悟はいい?」


「あっ…… あぁぁ……」


「こんな凄まじい魔力を持った人間……」


「私達ごときが敵うわけが……」


「……もう、駄目」


 母が俺のズボンを素早く直し、サキュバスの元へとゆっくり一歩ずつ近付いていく。

 母の両手のひらには圧縮されたような魔力の塊が二つ、あれが部屋の外壁を消したのか?  見ただけでも危険と分かるくらい強い魔法だ。


「可愛いハルちゃんにイタズラしようとした罪、償ってもらうわよ…… 命で」


 そして母は手のひらをサキュバス達に向け……





「お、お姉ちゃん達をいじめるなぁ!!」


「……っ!!」


 母が魔法を放つ瞬間、子供達が母の魔法の目の前に立ちはだかった。

 しかし、もう魔法は放たれてしまい、子供達は光に包まれ……


「マリー、落ち着きなさい」


 あっ…… あの銀髪は…… タダ飯食らい! 母の魔法を受け止めて消してしまった。


「ソフィア……」


「あとは私が上手くまとめるから、マリーはハルを」


「……ハルちゃん!!」


 あぁ、母、とりあえず手足の枷を取ってくれない? 抱き着くのはあとでいいから。

 うん、再会のキッスもあとにしよう? ねっ? 落ち着いて母。


 ……ああ、もう好きにして。


「ハルちゃん、帰りましょ? うふふふふっ……」


 笑顔なんだけど、目のハイライトが消えていて怖いよ、母! ……なんて言える雰囲気でもなく、母に抱きかかえられた俺は、そのまま屋敷を脱出した。

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