第二章 やっぱり勇者ハルは旅立たない
やっぱり家はいいな
やっぱり家はいいな。
ゲームはやり放題だし、好きな時間に寝起きできる。
『はぁ…… 疲れた』
おっ、聖剣おかえり、お疲れの様子だな。
『隣にできる新しい村に、サキュバス達が住む場所も追加で建ててもらえるよう頼んだり、無くなった三つの村の住人が移り住む事を、近くの村に伝えてもらう手配をしたり…… 大変よ』
へぇー、それは大変だな。
『まったく…… ゲームばかりしてないで少しは手伝って欲しいわ』
嫌だね、俺は村ができるまではダラダラ過ごすって決めたんだ。
『もう! 仕方ないわね…… ハルには新しい村の面倒を見てもらうし、今だけよ?』
はいはい、面倒を見るって言っても、俺達の村との交流や相談を聞くくらいだけどな。
『本当は旅に出てくれれば一番いいんだけど、この村の人だけじゃなくて、外の人と交流して色々な事を見たり聞いたりするのが今のハルには必要だからね、勇者として』
うん…… 勇者ねぇ……
『何よ、勇者という名前を使うのが嫌なの?』
三つの村は元々、盗賊団に襲われて壊滅状態になった。
一部の子供は結果サキュバスに救われた形になるが、奴隷として売られそうになった住人達は新しい場所での生活に、喜びもあったが不安も感じていたらしい。
もし、また悪意のある人達に襲われたら…… しかも今度は魔族であるサキュバス達とも共同で生活しなければならないので、もしかしたら魔族に狙われる可能性もあるかもしれない。
そこで聖剣が提案したのは、俺を新しい村のお目付け役にする事。
勇者が保護して面倒を見ているとなれば簡単には手を出せないだろうと考えたみたいだ。
俺自身はザコだけど、やっぱり勇者という名前は抑止力になるんだろう。
複雑な気分だなぁ……
『いざという時は村のみんなが助けてくれるからいいじゃない、この村の戦力ってよく考えたらかなり凄いわよ?』
元聖女に武闘派の村長、天才魔法使い、聖母、凄腕冒険者が二人…… うん、確かにちょっと敵に回したくはないよな。
『そこに勇者よ? この村と隣の村にちょっかいかけようとする奴は、命知らずなおバカさんよね、いないと思うけど』
おい、そういう事言うとフラグが立つから止めろ。
『大丈夫よ、いざとなれば私も戦うし』
聖剣が? お前は剣なんだから必然的に俺もその場にいなくちゃならないだろ。
『……いい加減気付いても良さそうなんだけど、ここまでくると鈍感なのか認識したくないのか分からないわね』
んっ? 何だって?
『鈍感なうえに難聴…… そういうのってまだ流行ってるのかしら?』
はぁ? 何だって? ところで飯はまだかい?
『……おじいさん系の難聴なのね、はぁ…… もういいわ』
よく分からないけどがっかりされた! 失礼な奴め。
「ハルちゃん、ちょっといい?」
どうしたの、母? ドアをノックするなんて珍しいね。
「お料理してるんだけど、味見して欲しいなぁって……」
うん、いいけど……
『ちょっとあんた達、最近ずいぶんとよそよそしいというか、ベタベタしないわね? 喧嘩でもしてるの?』
いや、いつも通りだけど…… ねぇ、母?
「うふふっ、私達が喧嘩なんてするわけないじゃない」
『そう…… それならいいんだけど』
「どうも味が決まらなくて…… ハルちゃんどうかしら?」
芋が入った煮物か…… うん、美味いよ、いいんじゃないか?
「うふふっ、良かった……」
そう言って母は顔を赤らめながらモジモジと俺を見つめてくる。
そして俺の服の裾を軽く引っ張って……
「やっぱり変よ! マリーならいつもハルの横に座ってご飯を食べさせるのに!」
「うふふっ、そうだったかしら?」
タダ飯食らいが何か言ってるな、別に母が毎回食べさせてた訳じゃないだろ?
「それはそうだけど…… 何だか調子が狂うわね!」
「お姉様、食事中ですのでお静かに、それにお二人は仲良しでございますよ…… それはそれは今まで以上に」
「そうなの? うーん、いつもウザったいくらいベタベタしてたから、喧嘩してるのかと思ってた」
タダ飯食らい二号と何か言ってるけど、俺と母は…… うん、仲良しだ。
今もテーブルの下で見えないかもしれないが、ちょくちょく隙を見て手を繋ごうとしてるからな。
そして母は二人に聞こえないように俺に耳打ちをして……
「ハルちゃん…… あのね? 今日…… 一緒に寝てもいい?」
……分かった。
◇
ゲーム三昧といきたい所だが、今日は新しい村の進捗具合を見に行く約束だったので、仕方なく家から出る。
「ハルちゃん気を付けてね、はい、お弁当!」
うん、ありがとう母、すぐ隣の村予定地に行くだけなんだけど。
『家に帰って来て食べればいいのに』
その通りなんだが、母が弁当を用意したかったんだからいいだろ?
『うーん……』
まだ喧嘩してるとか疑ってるのか?
『いや…… 仲良しなのは仲良しなんだけど…… うーん、言葉にするのが難しいわね』
難しいなら余計な考えない方がいいぞ? とにかく早く行くぞ。
と、聖剣がブツブツ言っているうちに到着、だって村から出てすぐなんだもん。
すでに何軒かの家は完成していて、あとは共同で使う農機具などを入れておく小屋や集会所、それと急遽追加となったサキュバス達の住む家が今建てられている。
「おっ、ハル坊!」
ミミさんおはよう、今日も雑貨屋の準備?
「そうだ、最終調整ってところかな? 今、ダーリンが頑張ってるんだ」
新しい村にはミミさんの雑貨屋の支店を作る予定で、既に建物は完成していてあとは商品を並べるだけの状態になっている。
トルセイヌさんが、住人が増えるので、サイハテ村に元々あった雑貨屋とは品揃えが違う新たな雑貨屋を作り、みんながより生活しやすいようにと考え提案していた。
ちなみにサイハテ村の雑貨屋は食料品がメイン、新たな村には生活雑貨がメインの雑貨屋を作るらしい。
こんな事ができるのはトルセイヌさんの転送装置があるからこそなんだよな、これでどんどん村が便利になって住みやすくなる、むしろ他では暮らせなくなりそう。
『ますますハルが家から出なくなるわね』
うん、だって更に出る必要がなくなるからな。
『……いっその事、ここが人間国の中心になればいいのに』
おい! 聖剣が言うと本当にそうなりそうだから、怖い事言うな!
『…………』
何を黙ってるんだ、変な事を考えなくていいからな?
『ふふっ、大丈夫よ…… 多分』
イヤぁー!! 俺はただ静かに暮らしたいだけなんだぁぁー!!
その後、ギェンさんに工事の進み具合を確認し村長に報告、そしてサキュバスや子供達の様子を見に行き、引っ越しできる日にちを伝えた。
相変わらずサキュバス達は子供と仲良くしていたが、親の許可をもらうまではと過度にベタベタはしていないよう我慢しているらしい。
サキュバス達の住む山奥の屋敷からの帰り道、森の中に一部開けた場所があったので、せっかくだから休憩しながら母の弁当を食べる事にした。
『何よその弁当……』
いや、美味そうな弁当だろ。
『そういう事じゃなくて…… ハートの形のものばかりじゃない』
そう言われてみれば確かにそうだ、母の愛って事か? ……うん、美味い。
『ハートのハンバーグにニンジンまでハートじゃない…… ご飯の上にも器用にハートマークになるようにふりかけをかけてある…… ねぇ、この切った海苔を『YES』って文字になるようご飯の上に並べてあるのは何の意味があるの?』
……さぁ?
そしてMPCで魔族の国にいるナツキと、村人を転送させる段取りを確認、その数日後、新たな村に住人が越して来た。
「勇者様、この度は色々お世話になりました、これからよろしくお願いします」
三つの村の人達が話し合って決めた、新たな村の村長になる人に挨拶とお礼をされ、住居の割り振りや生活に必要な物や場所の説明をし、それぞれ新たな生活がスタートした。
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