何で俺の服を着てるの?

 ◇



「君、大丈夫?」


「う、うん……」


「はぁ…… まったく、あんなに魔力を使って大丈夫なのかしら? まあ、ハルと一緒なら心配ないけど…… アナ、いるんでしょ?」


「お姉様、お疲れ様でございます」


「状況は分かってるわよね?」


「はい」


「じゃあ後始末をしちゃいますか」



 ◇



 屋敷から母の魔力を使ったジャンプによってひとっ飛びで家まで着いてしまった。


「あぁ、ハルちゃん、会いたかったぁ……」


 ただいま、母…… って、そういえば何で俺の服を着てるの?


「寂しかったから、少しでもハルちゃんを感じたくて」


 そうなんだ…… でもそれ、洗濯するのに置いてあった服だよね?


「うふふっ、そうよ」


 いや、そんな笑顔で頷かないで! 汚れたから洗濯に出したんだぞ?


「でもぉ、ハルちゃんの良い匂いがしてぇ、うふっ」


 母…… とりあえず着替えようか。


「そうね、もう本物のハルちゃんが居るから大丈夫よね、んっと…… 」


 お、おいおい、目の前で脱がなくてもいいだろ…… えっ? 肌着も、パンツも俺のじゃないか!! 母、何しちゃってんの!?


「これは特にハルちゃんの匂いが濃厚で…… うふふっ、パンツなんて……」


 コラッ! ばっちいからやめなさい!


 まったく、数日いなかっただけで母の様子がおかしくなってしまったじゃないか、エミリアの奴!


 ちょっ! 着替えを持ってきてから脱いで! 


「ハルちゃん……」


 ど、どうした? 

 そんな泣きそうな顔で抱き着かれたら拒めないじゃないか。


「あのメスブタサキュバス達と…… お楽しみしたの?」


 す、するわけないだろ!? 母が来なかったら危なかったけど。


「そう…… うふふっ、うふふふふっ」


 は、母?


「ずっと一緒だと思って安心していたけど、ハルちゃんは勇者だもんね? いつ、何があるか分からないもの……」


 どうしたんだよ、急に。


「突然いなくなったり、危険な事をしたり、私の目の届かない所でさっきみたいな事が起こったり……」


 いや、サキュバスに襲われそうになるって滅多にないと思うけど。


「それでね? 私、思ったの…… ううん、ずっと考えてはいたんだけど、後回しにしてた」


 何を?


「ハルちゃんを旅立たせるのは私じゃないと駄目、それ以外は…… 許せない」


 旅? いや、できればずっと家にいたいんだけど…… って、母!? ちょ、何して…… 


「ごめんね、ハルちゃん…… 私、もう我慢するのをやめる」


 は、母? …………


「ハルちゃん、愛してるわ……」












 ◇



 

 酷い環境に置かれていたらサキュバス達を制圧して子供達を助けようと思っていたけど、子供達がサキュバスを庇ったのを見て、サキュバス達と子供達を集め、話し合いをする事に決めた。


「さて…… あなた達、勇者ハルから聞いてるとは思うけど、あなた達の両親はみんな生きていて、あなた達を探しているわ」


 子供達はまだ信じられないのか、返事をせずうつ向いている…… それぞれ一人ずつサキュバスに膝の上に座らされ、後ろから抱き締められながらだけど。


「サキュバス達も、ここで今までの生活をするのは不可能よ? このままじゃ魔族が人間の子供をさらったと誤解されたままになるからね?」


 サキュバス達も理解はしているが幸せを手放せずに悩んでいるんでしょうね、子供達を抱き締める腕に少し力が入ったように見える…… それぞれ手を握ったり匂いを嗅いだりしてるけど。


「お、お姉ちゃん……」


「ふふ、どうしたの?」


「何かくすぐったくてムズムズするよぉ」


「あらあら…… ふふふっ」


「……あなた達、聞いてるの!?」


 絶対聞いてないわね! これからの話をしているのに。


「パパとママに会いたい…… でもお姉ちゃん達とお別れしたくない!」


「俺も!」


「うん、僕も」


「ふっ、我もだ」


 一人変なのがいるわね、本当に子供? ……ダメよソフィア、ツッコんだら話が余計に進まないわ!


「サキュバス達は?」


「「「「ずっと一緒がいい」」」」


 い、息ピッタリね…… ビックリしたわ。


「僕もシオリお姉ちゃんと一緒がいい」


「ショータくん……」


「ヨゾラねーちゃんは寂しがり屋だから俺がいないとダメダメなんだ!」


「ショーゴ、ありがと」


「タマキさんがいないと僕は嫌なんだ」


「ショーン…… 私も」


「ふっ、チヨコは我のもの、何人たりとも触れさせはせん!!」


「はい…… タロウマル様」


 やっぱり一人だけ違うっ!! 我って何よ! 我って! しかも相手のサキュバスもノリノリだし! ……ふぅー、落ち着くのよ私! 気にしない、気にしない。


「チヨコ、服従の証を」


「タロウマル様…… あーん」


「うむ、美味いぞチヨコ」


 服従の証って何よ! あーんしてお菓子を食べさせること!? そういう所は子供っぽいのね! ……なんて言うと思った!?


「……お姉様、落ち着いて下さい、ぷふっ」


 アナ! 手伝ってって言ったでしょ!? 私一人じゃ捌き切れないわ!!


「お姉様ファイト、でございます…… ぷくくっ」


 何を楽しんでるのー!! ああ、もう! 私も帰れば良かった!


「とにかく、子供達は帰さないと駄目! あとはそれぞれ親に許可を貰いなさい!」


 それが一番、なんだけど……


「もし反対されたら……」


「そこまでは面倒を見られないわ、自分達でなんとかしなさい」


「でも私達魔族で、しかもサキュバスだから……」


 子供達の親だったら反対するでしょうね、あなた達は子供には刺激が強すぎるもの、でも…… こうして離れたくないと悲しんでいる姿を見ると、少しだけ手を差し伸べたくなる。


「相変わらず…… お姉様はお人好しですね」


「ふふっ、そうかしら?」


 サキュバス達が子供達を離さないなら、この提案はしなかったけど、子供達がサキュバス達と離れたくないようだから……


「じゃあサキュバス達、子供達と一緒に居られるならここを捨てる覚悟はある?」


「……みんなと一緒に居られるのなら」


「分かったわ、私に任せて! だから少しの間だけここで待っていて欲しいの」


「私達はどうなるんですか?」




「この子達の親が戻ってくる予定の村にみんな住んじゃえばいいのよ、そして誠意を見せて生活して、ゆっくりだけど一緒にいる事をみんなに認めてもらえばいいわ!」




 ◇




「すぅ…… すぅ……」


 眠ったか……

 ハイライトが消えていた目も戻ったし、やっと落ち着いたみたいだな、母……


 隣で俺にしがみつきながら眠る母を少し眺めた後、俺も眠りについた。





 ◇



 サキュバス問題も、隣に作る村に移住させる事でだいたい解決したみたいだし、再び平穏な生活が送れそうだな。



「すまん勇者! 油断して危険な目に合わせて」

 

 俺がエミリアのせいで転送魔法で魔族側の国に飛ばされたのを気にしていたのか、朝一番にクレアさんとレオくんが謝罪に来た。

 別に気にしてないし、俺もボーッとしてたのが悪いからさ。


「そうは言っても無理矢理連れて行ったような感じだから」


 今度、もしそういう事が起きそうだったら助けてよ、まあしばらくは家から出るつもりないけどな! あははっ


「……勇者、雰囲気が少し変わったような気がするな」


「そうですね、ちょっぴり落ち着いたというか、大人になったというか……」


 さーて、ゲームでもするかなー?


「やっぱり気のせいだな!」


「あははっ……」


 クレアさんとレオくんを見送った後、部屋に戻ろうとしたら…… ドアの隙間から母が俺の様子を覗いていた。


「あ、あの……」


 おはよう、母。


「あっ…… お、おはよう、ハルちゃん…… うふふっ」


 俺が笑顔で答えると、母も安心したのか笑顔になった。

 そして俺の服の袖をちょこんと摘まんで……


「朝ごはん、作るから待っててね?」


 ああ、ありがとう母


「う、うん! うふふっ」


 笑顔でキッチンへ向かう母の後ろ姿を見ながら、今日こそはダラダラ過ごそうと決意した。

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