うん、いいよー

『ハル、様子を見に行かなくていいの?』


 んっ? 何を?


『昨日来た魔族と人間の家族の所よ、放置しておいて大丈夫なのかしら?』


 いいんじゃない? …………よし! 家が出来た!


『ちゃんと私の話を聞いてる?』


 うん、聞いてるよ…… 大丈夫、大丈夫…… 任せておけばきっと村の整備をしてくれるから……


『…………』


 えーっと、ここに畑を作って、住人を増やす…… 


『……ゲームで村作りしている場合?』


 何だよ! いいじゃん、たまにはのんびりとしたゲームをしたって!


『現実の村作りも、こんな風に真剣に取り組んでくれたら嬉しいんだけどね』


 真剣に取り組んでるだろ? あれこれと指示を出してるし。


『指示って…… ただ聞かれた事に頷いてるだけじゃない!』


 うるさいなぁ……



 昨日移住してきたばかりのユアさん家族は、移住してくる予定になっている他の家族のための家の建設に、朝早くから取りかかっていた。


「ねぇ、勇者様! 木材が足りないんだけど、森を探して運んで来てもいいかしら?」


 また来た…… 朝から何回も家に確認しに来るから正直面倒…… ゲフンゲフン、勇者も頼りにされて困っちゃうよ。

 

 うん、いいよー。


「ありがとう! あと、人手も足りないから、魔族の国から助っ人を連れて来てもいい?」


 うん、いいよー。


「それじゃあまた何かあったら聞きに来るわ!」


 うん、いいよー。


『これが真剣に見えると思う?』


 うん、いいよー。


「ハル! 人の話を聞きなさい!」


 痛ぁぁぁっ!! 頭をゲンコツで殴られた…… あれっ? 誰もいない……


『ふん! まったく!』


 えっ? なに…… 誰もいないのに、殴られた? えっ? もしかして…… お化け!? うわぁーん! ママぁぁー!!


「うふふっ、どうしたのハルちゃん?」


 うわぁっ! 母が隣に座ってる! いつの間に……


「ハルちゃんが呼べば、私はどこにでもすぐに駆け付けるわ、それでどうしたの?」


 いや、急に頭を殴られたような気がしたのに、振り返っても奴はいなくて……


「うふふっ、もう、ハルちゃんったら…… よしよし」


 ああ、母の回復魔法…… 痛みが引いていく……


『ただ撫でられているだけじゃない』


「ソフィア、あまりハルちゃんをいじめたらダメよ?」


『いじめてはいないんだけど…… 分かったわよ、分かったから力を解放しようとしないでよ…… ねぇ! マリーからもハルに、ユアさん達の様子を見に行くよう言ってくれない? 私、心配なんだけど』


「あら! 新しく出来るっていう温泉付きの宿よね? 私も気になってたの…… うふふっ、完成したら行きましょうね? ハルちゃん」


 うん、いいよー。


『それやめなさい!』



 ◇

 


 聖剣を背負い、母と手を繋ぎ、いざ出発! 大変な道のりだが、勇者として歩みを止める訳にはいかない!


『村のすぐ隣に行くだけで大袈裟ね』


「ハルちゃんとデート、うふふっ」


 俺からすると家から出るだけで大冒険なんだよ。

 それにそう思っていた方が気分が盛り上がるだろ?


『あっそ……』


「あっ! 見えて来たわよ」


 家を出て数秒、目的地が見えてきた!


『そりゃ見えるわよ、すぐそこだもの』


「わぁー! この間まで山があった場所に凄く立派な建物が出来てるわねぇ」


 ……おいおい、この建物を一日で建てたのか!?


 王都にあるお城を小さくしたような建物にピカピカと輝く看板、無駄にあちこちライトアップされていて豪華だが怪しい雰囲気だ。

 今は昼間だからあまり分からないが、夜になったらド派手そうだな……


「ふふっ! 宿屋も完成間近よ!」


 あっ、ユアさんと…… 知り合いかな? 見たことない人達がせっせと働いている。


 そして、そのすぐ側で…… ギェンさん?


「終わった…… 俺の時代はもう、終わったんだ……」


 ガックリと項垂れながら宿屋の建設風景を見つめていた。

 最近、項垂れるのが流行ってるのか?


「あとは温泉と各部屋の飾り付けをすれば宿屋として営業出来るわ! あと、食堂を造ろうと思ってるんだけど、それは店主になる予定の子が来たら取り掛かるから、少し時間をちょうだい?」


 うん、いいよ…… と言い続けたらこうなってました、なんという事でしょう。


「ギェン、内装は頼んだわよ?」


「はい、姉御!」


 ……ギェンさん、ユアさんに使われてるのか。


『とりあえず中を見学させてもらっていい?』


「ええ、好きなだけ見ていって、あっ、工事中の所は危ないから近付かないようにね?」


『分かったわ…… ハル、危ない物を造ってないか見に行くわよ』


 ああ、母が見学したくてウズウズしているからな。


 建物の中に入ると最初に目に入ってきたのは、壁に埋め込まれて一ヶ所にまとめてある、十数個の小さなモニター。

 そこには各部屋の間取りなどが映されていて、モニター一つ一つに小さなボタンが付いていた。


「部屋を選ぶ時にモニターにあるボタン押せば入りたい部屋のカギが出てくるのよ、これでカウンターでの仕事を減らして人員削減、良い考えでしょ?」


 なるほど……


「ハルちゃん! このお姫様が寝るようなベッドがある部屋を見てみたいわ!」


 母が目をキラキラさせて指差しているのは、天蓋付きの大きなベッドがある、ピンク色をメインとした部屋だった。


 ユアさん、じゃあこの部屋見せてもらってもいい?


「そこは大体完成しているから大丈夫よ…… ふふっ! きっと素敵過ぎてビックリするわ!」


 そして母がボタンを押して出てきた、三○三と部屋の番号が書かれたカギを持って、母が選んだ部屋へと向かった。


 しかしエレベーターまであるなんて王都並みの設備じゃないか。


『罠ではなさそうね……』


 聖剣はまだ警戒しているようだ。


「ハルちゃん、楽しみねぇ!」


 母はウキウキしているようだ。


「さあ、この部屋よ!」


 ユアさんに案内され辿り着いた部屋、母がカギを開け、ドアを開くと……


「やぁん! 素敵ぃぃー!!」


 ピンク色の壁紙、薄暗い部屋、そして間接照明でライトアップされたゴージャスなベッド…… 宿屋にしては落ち着かなくない?


「この部屋のコンセプトは『今日から私はプリンセス』よ!」


 いや、意味分からんって。

 母はキャーキャー言いながらベッドに飛び込んでいるが。


「ハルちゃんハルちゃん、ベッドがふかふかよ! ハルちゃんも寝てみて?」


 うん…… おお、たしかにふかふか…… んっ? 


「素敵な部屋ね、ハルちゃん……」


 隣で寝転がっている母の目が少しトロンとして、いつもより三割増しくらい色っぽく見えるような……


「ハルちゃん……」


 そして母の顔が段々と俺の顔に近付いてきて……


『コラッ!! 何イチャイチャしてんのよ!』


「ふふっ、続きは営業開始してからね?」


「やん! 私ったら、つい……」


 危ない危ない、この部屋の雰囲気に飲み込まれてしまう所だった! 聖剣の言う通り、これは罠なのかもしれない。


「ハルちゃん、完成したら絶対泊まりに来ましょうね」


 ……はい。


 

 あと驚いたのは、各部屋の風呂にも温泉が使われている事。

 これも経費節約になるし、珍しいのでお客さんが喜んでくれるだろうという事で造ったみたいだ。

 ド田舎の村にあっても持て余すような宿屋だな。


「こんな田舎だからこそ素敵な宿屋でのんびり過ごすのがいいのよ、あとこの部屋みたいに非日常を味わえる部屋とかね、ふふっ」


 そんなもんなのか? 俺にはよく分からないな。


「素敵……」


 母は大変気に入ったようで、うっとりしながら話を聞いている。


『罠はなかった…… とりあえず安心していいのかもしれないわね、でも一応これからも監視は必要かも……』


 そうか、頑張れよ。


『ハルもするのよ!』


「そうよ! 監視は必要だわ、最低週一回は! 私も付き合うから頑張りましょう!」


 なぜ母がやる気を出しているんだ? ……でも母に言われると断れないんだよ、俺は。


「ふふふっ! 話は決まったみたいね、それじゃあそろそろ移住を待っている人達を連れてきてもいいかしら? もちろん皆、この土地のために働く気は満々よ」


 いいんじゃない? あっ、そうじゃなかった…… うん、いいよー。


『またそれ? やめなさいって言ったでしょ!』




 

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