ここに温泉宿を作るぞ! ……俺以外の人達で

 ガックリと項垂れるサキュバスを横目に、ルナが魔法で吹き飛ばした裏山について、どうするかを悩んでいた。


『ハルの修行場所が無くなっちゃったわ……』


 ……はっ! そうだ、裏山へと向かう道の手前にある森でモンスターを狩ってレベル上げをしていたけれど、その森ごと無くなっている。


 仕方ない、レベル上げはもう諦めよう。


『なんでそうなるのよ! 今度からモンスターの狩り場が少し遠くになるわよ』


 くそっ! どうしてこんな事に……


『ハルまでサキュバス達の真似しなくてもいいのよ?』


「さて…… どうしたものか」


「生活に大きな支障が出るわけではありませんが、裏山が無くなったので村の警備は大変になりますわね」


 そうなの? モンスターが居なくなって逆に安全になったのかと思ってた。


「モンスターが居ない分、敵もこの村を攻めやすくなるからな」


 敵? そんな奴らいるの? 俺達の村には関係無さそうだけど。


「ハルよ…… この村には勇者が居るんだ、いつ何時、何があるか分からないんだぞ?」


「そうですわ、実際魔王の名を借りて悪事に手を染めている方々もいますからね、用心しておくのは大切ですわ」


『……この村に攻めてくる命知らずがいればの話だけどね、それこそ魔王レベルの敵じゃないと返り討ちにされるんじゃない?』


 ふーん、そうなんだぁ……


『他人事のように聞いてるけど、もし敵が攻めて来たらハルが一番狙われる可能性があるんだからね?』


 ……何!? じゃあ鉄壁の要塞を建てよう! いや、それでも足りない! 軍隊を作るんだ! 


『それはそれでやり過ぎよ…… うーん、何か良い案ないかしら?』


 警備が楽になって、なおかつ村を攻めようと思わせないようにする…… か。


「わーい! わーい! 温かーいですー!」


 ルナ、何をはしゃいで…… ああっ!!


「ルナさん!? 何してますのー!」


「温かいプールですー! 泳いじゃいますー!」


 水柱が上がった側に魔法で地面が抉れた場所があり、そこにいつの間にか水が貯まっていたようで、その中でルナが楽しそうに泳いでいる…… しかも


「それ、わたくしのスク水ですわー!!」


 胸元に『レーナ』と書いてある白の水着…… あれが例のスク水か。


「村長さんのベッドの上にあったので借りましたー!」


「ルナさん、ダメですわよ!? それは今夜、使う…… ゲフンゲフン!」


 …………


『…………』


「ハ、ハル!? なぜ儂を見るんだ!?」


 ……いや、今夜はお楽しみですね、と思って。


「あ、あ、あれは! ……そう! 洗濯して、片付け忘れた物で……」


 へぇ…… じゃあ、ゆうべはお楽しみでしたね、ってこと?


「ゆうべだけじゃありませんわ! ……あっ」


 ……あっそ。


 オロオロしている村長達は放置して…… それにしても温かい水って事は、温泉? 


 俺も入りたいなぁ…… 温泉、温泉…… 温泉!? えっ、じゃあここに宿屋を作れば温泉宿になるの!? 


『あら、そうなれば旅行に来た人も喜ぶわね』


 ナツキの頼みで住人も増える予定、建設の人手も問題ない、しかも上手くいけば警備も両立出来る…… よし! ここに温泉宿を作るぞ! ……俺以外の人達で。


『協力しようとかは思わないの!?』


 いやいや、俺なんかが手伝っても邪魔するだけだし、それなら家で大人しくしてようっていう、俺なりの協力だよ。


『やる気がないのを通り越してひねくれてるじゃない……』


「温泉、いいかもしれんな…… 昔、旅の途中でサリアと二人で入ったのも今となっては良い思い出になったしな」


「ふふっ、それでは温泉宿が完成したら、わたくしと一緒入って新たな思い出も作りましょうね?」


「ああ…… ありがとう、レーナ」


「コウタローさん……」


 二人とも、もう完成した時の事を想像して盛り上がっちゃってるよ…… 


「ゆ、勇者様…… 警備もやりますので、温泉宿が出来たら私達もここで働かせて下さい!」


 サキュバス達? ……そうだよな、無くなったとはいえ、元々生活していた場所だもんな。


「温泉宿……」


「愛し合う二人が温泉に……」


「何も起きない訳はなく……」


「野外で…… すっぽん、ぽん…… ポッ……」


 ……不純な動機だった!! 

 うん、まあ好きにして…… ついでに食事する場所も作る予定だから、そこで料理の修行もしてね?


「はい!」


「私達の手料理を食べて……」


「何も起きない訳はなく……」


「私達も食べられ……」


 コラッ! 変なことばっかり言ってると働かせてないぞ!


「「「「ひぃぃっ! ごめんなさーい!」」」」



 ったく! その前に移住してくる人に了承を得ないと実現すら出来ないんだからな?



「話は聞かせてもらったわ!!」


 うわっ!! いきなりデカい声を出すな! ……って、どちら様?


 いつの間にか俺の隣に立っていた女性…… 水色の髪に褐色の肌、あと露出の多い服を着ているから目のやり場に困る。

 

「ユア、いきなりそんな大声出して、失礼だぞ?」


 更にその隣には身体の大きな男性…… パッと見た感じは普通の人間だと思うけど、その腕には褐色の肌をした小さな子供を抱いていた。


「あら、ごめんなさいね勇者様、私はユア、移住を希望していた魔族よ、ナツキくんに許可を得たって聞いたから急いで飛んで来たわ!」


 移住希望? いや、ついさっき許可したはずなのに、もう!?


「勇者様も混乱してるだろ? だからもう少し話し合ってから出発しようって言ったのに」


「何よ、ヨウ! 私達の子供をのびのび育てたいから移住する事を希望してたのに、せっかく受け入れて貰えるのが決まったんだから、善は急げよ!」


 どうやら夫婦のようだが、奥さんがせっかちなのか? 移住と言われてもまだ住む場所すらないぞ?


「そうなの? でもここら辺に住んでもいいのよね? じゃあ…… はぁっ!!」


 褐色の魔族の女性…… 確かユアとか呼ばれてたよな? そのユアが両手に魔力を込めて前にかざすと…… 岩や木がふわふわと宙に浮かんできた! 


「っ…… ふぅぅ…… はっ! はぁっ!」


 今度は衝撃波のようなものを放った!


 すると、岩や木がスパっと切れて……


「えぇーい! たぁっ! やぁっ!」


 次々と積み上がっていく! 凄い魔法だな……


 そして、あっという間に一軒の家らしきものが出来上がってしまった。


「ふぅ、だいたいこんなものかしら? あとは細かい所を手作業で作れば完成よ、勇者様、私達今日からここに住むからよろしくね」


 えっ? えぇー!? い、いや、そんな急に…… 


「すいません…… 妻が勝手に」


 旦那さんが申し訳なさそうに俺にペコペコと頭を下げている……


「ママ、すごーい!」


「うふふっ、今日からここがユメの家になるからねー?」


「わぁーい!」


 ……うん、もう好きにして下さい。

 あと、ここに温泉宿を建てたいから、あまりあれこれと勝手に建てないでね? はぁ……


 子供があんなに喜んでいたら何も言えないだろ。


『あの人、体内の魔力量が凄まじいわ、それに転移魔法とあの攻撃魔法の精度、只者じゃないわね』


 転移魔法? だからいつの間にか隣にいたのか。


「今は結婚して引退しましたが、一応妻は魔王直属の軍隊で働いてましたから…… ただ、勇者様に害を与えるような事は絶対しませんので、住むのを許して貰えませんか?」


 ……魔王直属、そんな人が勇者の住む村に来ても大丈夫なの?


「その点は大丈夫です、魔王直属と言っても妻の所属していた隊はほとんど活動らしい活動はなかったですから、あまり魔王様とも関わりなかったですし」


 直属なのに関わりないの? 変じゃない?


「いや、妻の得意な魔法が転移魔法ですからね…… 戦争となれば人や物資の転移とかで忙しいんでしょうが、今のところは平和ですから毎日暇そうにしてましたよ」


「暇じゃなかったわよ! 魔王様がお忍びで遊びに行く時には駆り出されていたんだから、まったく! ヨウとのデートの約束が何回潰されたか…… もう!」


 魔王は外に遊びに行くのが好きなんだね、俺と真逆だな。


「あちこち連れて行けって言われて連れて行ったら、時間だから、って家に帰るって言うし、あの頃は振り回されて疲れたわ……」


 魔王、ワガママな奴だな! その点、俺は誰にも迷惑かけてないから…… ふっ、勝ったな。


『何に張り合ってるのよ、恥ずかしい……』



「まあ、結婚してからはそんな事は一切無くなったし、もう関係ないからいいんだけどね! これからはのんびり家族と過ごすの…… うふふっ、ねっ?」


「そうだね…… うん、噂で聞いた通り、のどかで良い所だ、気に入ったかい、ユメ?」


「うん! ……でも、ミアちゃんと遊べなくなっちゃった」


「ふふっ、大丈夫よユメ、ミアちゃん達もすぐに来るから」




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