家を出なきゃいけない時が来た

 あぁ、どうしよう。

 でもなぁ…… うーん。

 いや、やっぱり……

 でも今すぐ…… はぁ……


『さっきから何なの!? ブツブツブツブツ、気味が悪いわよ?』


 なぁ、聖剣…… 実は今、非常に悩んでいるんだ。


『ど、どうしたの急に! ハルらしくないわね』


 俺も家を出なきゃいけない時が来たのかもしれない、とな。


『えぇっ!? つ、ついに旅立つ覚悟を決めたの? うぅっ、やっとハルが勇者としての自覚が出てきて、私は嬉しいわ』


 勇者? 何の話だ?


『えっ、だって家を出なきゃって……』


 ああ、無性にポテチが食べたくなってな、あとコーラも飲みたい、でもZomahonやUpeだと届くのが遅いし、今すぐ食べたいから雑貨屋に行かなければならないんだ! あぁ、どうすればいいんだぁー!


『はぁ…… 期待した私がバカだった』


 なぁ聖剣、代わりに行ってきてくんない? お駄賃あげるから。


『雑貨屋って、家を出たらすぐに見える所にあるじゃない! それくらい自分で行きなさい!!』


 えぇ…… でも外は怖いし、めんどくさいし、雑貨屋の姉ちゃん苦手だし……


『グチグチ言ってないでさっさと行けー!!』


 じゃあ付いてきてね? 絶対だよ?


『どうしてそこまでして外に出たくないのよ……』


 出たくないもんは出たくないんだ、はぁぁ…… 仕方ない、じゃあ行くか。


 聖剣を背負い、玄関の扉を少し開けて顔を出し周囲を確認…… 怪しい奴はいない、よし! 行動開始だ。


『大袈裟過ぎるわよ、すぐ目の前に雑貨屋が見えてるのに』


 こんな時代だ、いつ何が起こるか分からないから用心しないと。

 気配を消し物陰に隠れるように移動だ。


『……分かった、昨日やってた、『かくれんぼしながら敵地に潜入するゲーム』の影響でしょ?』


 ぎくぅっ! そ、そ、そんな訳ないだろ! 子供じゃあるまいし、ゲームと同じような事をしたくなったなんて、あははっ、聖剣ってば何を言ってるのかなぁ。


『図星なのね、まったく……』


 あーあ、聖剣のせいで何だか冷めちゃった、もういいや。


『私のせい!? 最初から普通に行けばいいでしょ! うっ…… 普通……』


 おいおい、まだ『普通』がトラウマになってるのかよ、何日か喋らなくなったから視聴者にも心配されるし大変だったんだぞ? ……って言ってる間に着いたな。

 はぁ、入るか、こんちわー。


「……珍しい、マザコンのハルじゃん、いらっしゃい」


 店に入るとカウンターに頬杖をつきながら座っている女性、店主のミミさんがいた。

 金髪で目つき悪く、サバサバしている性格のせいか態度も悪く見える。

 しかも身長が低いせいか、俺より年上なのにクソガキに見えてしまう。

 あとマザコン言うな、母がムスコンなだけだ。


「あんたら親子はどっちもどっちだからねぇ…… 今日は何の用?」


 ただポテチとコーラを買いに来ただけだ。


「ふーん、ついでに他にも買っていけよ、ハルにおすすめなのがあるよ、ほらあそこに」


 ミミさんが指を差した先には……


『……何、これ?』


 えっ……


「聖母様のタペストリーにアクリルスタンド、バッチなんかもあるよ」


 母!? えっ、うちの母のグッズが売ってるんですけど!! 何で? えっ、本当に何で!? 


「勇者を産んだ、しかも処女のまま産んだ聖母として村おこしのためにグッズにしたんだよ、その様子だとマリーさんに聞いてないみたいだな?」


 知らないよ! 母は一言も…… あれ? そういえば最近……



 ◇


「ハルちゃん、ママはハルちゃんだけのママだからね? 安心してね?」


 むぐぐっ、はい……


「んんっ…… ちゅっ、ちゅっ……」


 母、寝れない……


「これもハルちゃんのため、これで村が潤えば、村のみんなもハルちゃんを旅立たせようとしない…… うふふっ、私とハルちゃんの二人だけの世界…… そしていつかは家族が……」


 む、ぐ、ぐぅ…… ぐぅ…… ぐぅ……



 ◇


 ……なんて事があったなぁ。


『その状況で寝れるのが不思議よね』


「あんたらって本当に親子なの? ヤバくない、それ」


 血は繋がってはないがそれ以上の絆で結ばれているんだ、親子だろ。


『……親子としてのラインは超えてないから大丈夫なんじゃないかしら』


「いやいや、その話を聞く限りもう時間の問題だろ」


 うるさいなぁ…… じゃあ普通の親子って……


『ひぃっ、イヤぁっ!』


 ふっふっふっ、聖剣よ、お前の弱点は知っているのだぞ。


「まあどうでもいいからついでに何か一つでも買っていけよ」


 じゃあアクリルスタンドをもらっておくか、他にもどうせ来たんだからついでにポテチ以外の菓子も買っていくとしよう。


「ミミ! 話を聞いてくれ!」


 んっ? 突然店の扉が開き、大声を出しながら誰かが入って…… って、猟師の兄ちゃんか。


「……二度と顔を見せるなと言っただろ」


「そんな事を言わずに俺の話を聞いてくれ! あれは何かの間違いなんだ、俺はずっとお前だけを愛……」


「うるせぇ! 間違いでも何でも浮気したのは事実だろ! あたしは許さないからな」


 おっと、修羅場か? 気配を消すのは得意だからバレないうちに逃げるか。


「ハルからも言ってくれ! 俺は聖女に騙されただけなんだって!」


 バレた…… あっ、もしかして兄ちゃんも聖女とお楽しみした内の一人なのか? それは残念。


「何が騙された、だ! すっかり楽しんで賢者になったって話じゃないか! もう顔も見たくないんだ、早く帰れよ!」


「楽しんだと言っても、あれはカウントに入らない!」


 あれ? あぁアレ、アレがアレだから大丈夫って事?


「バカ野郎! 何が『他の二種類だからセーフ』だ! ○○だろうが○○あな確定だろうが立派な浮気だー!!」


 兄ちゃん諦めなよ、もう無理だよ、○○あな確定はないよ。


「うぅっ…… 聖女が、聖女が悪いんだ…… 無垢な振りをして男を誑かすとんでもない悪女だったんだぁ」


 楽しんで賢者になった後に言っても説得力ないよ?


「お前も聖女を前にしたら抵抗なんて…… あぁ、ハルに話したって分からないか、お前には聖母様がいるもんな、毎日賢者だもんな」


 いや、変な事言わないで! 賢者じゃないし、勇者だし! 賢者にジョブチェンジした事もないから!


「ふーん、ハルって童て……」


 ミミさん!? 今は一応ミミさんの味方だからね? フレンドリーファイアは無しの設定だよね!?


『とんでもない話をしているわね、呆れるわ』


  もう嫌っ! 買うもの買って帰る!!


 するとまた店の扉が開き、誰かが入ってきた。


「すみません、聖母グッズの販売についてお話をしに来たんですが……」


 デ…… じゃなくて非常にふくよかな男性だな、ミミさんに用があるんだな、じゃあ俺はここで失礼して……


「あんたが連絡してきたトルセイヌか? 店の奥で聞くよ…… あんたは仕事の邪魔だから帰りな、あっ、ハルはちょっと付き合え」


 えぇっ!? イヤだよ、帰ってポテチ食いながらゲームするんだから!


「いいから! ……このキモデブ、じゃなくてトルセイヌさんと二人きりはキツいから居てくれ、ポテチはタダでやるから、なっ?」


 タダより安いもんはないっていいますからね、仕方ない。


『ハルったら、本当に調子が良いわね』




「ええ、ですからこの村から私が開発した転送魔法装置で世界中に聖母グッズなどを届けられるんです、デュフっ」


「……あ、あぁ、確かにこの装置は凄いな、しかし使用料とか取るんだろ? うちはそんなに儲かってる訳じゃないから高いと支払えないぞ?」


「いえ、実験的な意味もあるんでタダで構いません、この最果ての村から世界中に届けられるのであれば商売の歴史が変わるはずです、デュフフフっ」


「あんた…… こんな凄い装置も作れて、おまけに商売上手でもある…… 尊敬するよ、笑い方があれだけど」


 おぉ、何かいい感じに話がまとまったのかな? 今の話が本当なら配達の時間が大幅に減る画期的な発明だ、それ使うのがこの村が最初の場所となるとこれは凄い話だぞ。


「デュフフっ、笑い方はよく言われます、気にしてないから大丈夫ですよ、あっ、あと、応用すればこの店の商品の仕入れにも使えますよ」


「な、なんだと! 詳しく聞かせてくれ」


 あの…… まだ長くなります? そろそろ帰りたいんですけど。


「あっ、スマンもう大丈夫だ、あたしはトルセイヌさんにもう少し話を聞くから、ありがとな」


 はい、じゃあこれで…… ポテチありがとうございました。


 ……ふぅ、やっと解放された、早く帰ってゲームしよ。


『難しい話をしていたけど、要は今よりもっと便利に買い物が出来るようになるのよね?』


 ああ、そういう事だな。


『じゃあますますハルが家から出なくなるじゃない!! ……あの装置、壊しちゃった方がいいんじゃないかしら?』


 おいおい、二人が盛り上がってるんだからやめろよ?


『冗談よ、はぁ……』


 

 その後、村の雑貨屋が新たな商品で溢れて繁盛する事、そしてこの日、意気投合して遅くまで語り合った二人がその夜、勢いで種○○プ○スからのだい○○きホー○ドをキメていた事を、まだ誰も知らない。

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