息子の義務だ

「ハルちゃーん、ご飯よー?」


 んっ? ああ、もうそんな時間か。

 

 作業を中断してリビングへと向かうと母がテーブルに料理を並べていた。


 長い黒髪を首の後ろで束ねたポニーテール、二十八歳とは思えないほどの童顔に抜群のプロポーション、特に胸や尻なんかは…… おっと、あまりジロジロと見てると色々大変だから見ないようにしないと。

 


「ハルちゃんお疲れ様、うふふっ、ぎゅうぅぅっ」


 うぷぷっ、母の愛情たっぷり詰まった強めのハグ、だが抵抗せずに受け入れるのが息子の義務だ。


 ここだけの話、母のマリーとは血が繋がってない。

 母が十歳の頃、空から俺が降ってきたらしい。

 母いわく、慌てて親方を探したらしいが見つからず、そもそも知り合いに親方がいなかったのを思い出し、恥ずかしくなって背面キャッチした、と俺との出会いを説明していたが、ちょっと何言ってるか分からなかった。


「んー、ハルちゃーん!」


 母の熱烈なキスを顔面に浴びるのも息子の義務、そうやって育てられたんだから間違いない、母の言うことは絶対だ。


「ハルちゃん……」


 熱のこもった瞳で見つめられるのも息子の……

 

「何してんのよ! 早くご飯食べましょう」


 こいつは…… 何故か飯の時に現れるタダ飯食らいの女、名前は……


「あら、ソフィアいたの? ……良い所だったのに」


 ソフィアというらしい。

 サラサラした銀髪、つり目でちょっとキツめな印象の美人、身長もそれなりに高いが母に並ぶ胸と尻の持ち主、ついでに太ももも太め…… タダ飯食らいのくせにしっかりムッチリしてるのが何だか無性に腹が立つ。


「マリー、ハルの事甘やかし過ぎ! だから家から出なくなるんじゃないの?」


「ハルちゃんは私の息子だからずーっとお家に居てもいいの! しかもお家でちゃんとお仕事もしてるから大丈夫! うふふっ」


「仕事って、ゲームばかりじゃない」


 ゲームしてるのを見てもらって応援って形で金を頂いてるんだから仕事だよ、文句言うなら帰れよ。


「まったく、過保護なんだから…… 今日も美味しそうね! いただきまーす」


 人んちに来て人の文句を言いながらタダ飯、この図々しい女は何なんだ? 母がそれを許しているから俺はあまりきつくは言わないが。


 タダ飯食らいに少しうんざりしながら椅子に座ると母がすかさず隣に座る、そして


「はい、あーん」


 母が料理を俺の口に運んでくれる。


「……まるで親鳥にエサを貰う雛みたいね、だから巣から出れないのよ」


 うるさい、一日一回はこうしなきゃいけないんだ、断れば母が泣きわめくぞ? 慰めるの大変なんだからな? 拗ねた母を慰めるのに、肩を揉んだり、一緒に風呂に入ったり、添い寝したり…… ゲームする時間が減ってしまうじゃないか。


「……知ってるわよ」


 何故知ってる!? 飯の時しか居ないのに…… ま、まさか貴様…… 覗いて見ているな!?


「バ、バカじゃないの!? そんな事しなくても誰だって分かるわよ!」


 えっ…… じゃあ、この村で周知されて…… だからこの間雑貨屋のお姉さんがゴミを見るような目で『……マザコン』って言ってたのか! うわぁ、あの雑貨屋もう行けないわぁ…… 村に一軒しかないのに。


「うふふっ、ハルちゃんは私の大事な雛だから巣立ちさせませーん」


「いつかはさせないとダメよ? 勇者なんだから」


「確かにハルちゃん、勇ましい者…… ぜひ私の手で旅立たせたいわ」


 母? 何故下の方を見てるんだ?


「そうよ、旅に出すなら早い方がいいわ!」


「そう…… よね、ハルちゃんだって男の子、早く旅立ちたいわよね、でも私、心の準備が…… できればねっとり、じゃなくて、じっくりゆっくりと旅立たせたいわ、一緒に……」


 母、何故モジモジしてる? 家から出したいの? 出したくないの? どっちなんだい!


「ふぅ、ごちそうさま! 私は先に戻ってるわね」


 早っ! せっかくの料理なんだから味わって食えよ、あともう来んなよ。


「あぁん、ハルちゃん、ママどうしたらいいのぉー!? ママだって旅した事ないのにぃ」


 とりあえず…… 次は唐揚げをお願いします。



 仕事…… と言ってもいいのか分からないが、楽しくゲームなどをしている様子をマジックパワークリスタル、通称MPCを使い映像を配信、視聴数や応援によってお金を頂き生活している身としては、配信時間や内容は大切なものになる。


 同じような仕事をしている人との繋がり、打ち合わせなども大切な仕事だ。

 ただ遊んでる訳じゃないんだ、分かるか?


「勇者様! 魔族の脅威が迫っております! 今すぐ立ち上がらなければなりません!」


 ああ、スマン、ちょっと外が騒がしいだけだ、うん、気にしないでくれ。


「いくら聖剣を手にしても振るう力がないと意味がありません! なので私と修行を……」


 近頃物騒だからなぁ、うん、俺んちの近くにもいるんだよ変な奴が、ああ、お前んちの近くにもいるんだ、嫌だよぁ…… 次はどうする? ああ、格闘ゲーム? 最近流行ってるもんな、練習しとくわ。


「勇者様! 聞いていますか!? 勇者様!」


『ちょっとハル、外がうるさいんだけど』


 あ? お前、いつもなら早く出ていって修行しろって言うくせに


『今はパス、満腹で眠いのよ…… それにあの筋肉バカ、暑苦しくて苦手なのよね』


 確かに、無駄に筋トレ勧めてくるし、食事にもケチつけてくるし…… ドアを開けたいとすら思えないわ。


「勇者さ…… はっ!? こ、これはマリー様、きょ、今日もお綺麗で…… 勇者様、いえハルさんはいらっしゃいますか?」


「ハルちゃんは…… うーん、今は忙しいんじゃないかしら?」


「そ、そうですか! それなら外で待たせて…… と、ところでマリー様、もし良ければ私と一緒に外で筋トレしながらお茶でも……」


『ハル、マリーがナンパされてるわよ?』


 あいつ絶対母が目的で来てるだろ。


「……無理」


 ぷぷっ! 滅茶苦茶冷たく拒否されてやんの! 


「はぅっ! ……可憐な見た目に蔑むような冷たい目、やはりマリー様は最高だ」


 ドMかよ。

 あれが人類軍の隊長って引くわぁ……


「うふふっ……」


 バタンっ!! とドアを強く閉めたような大きな音が聞こえた。

 きっと母は話をするのも嫌になったんだろう、ぷぷぷっ、ざまぁ。


「ハルちゃぁぁん!!」


 ったく、あいつが母を怖がらせるから…… ああ、いつもスマンな、じゃあまた連絡する。


 打ち合わせを終わらせて、ドタドタと足音を立てて近付いてくる母を待つ。


「ハルちゃぁぁん! うぅっ、ママ、また

あの変態にいやらしい目で全身を舐め回すように見られちゃったぁぁぁっ!!」


 ああ、はいはい、大変だったね。


「慰めてぇ……」


 よしよし、辛かったね、頑張ったよ。


「うぅっ、ぐすっ、ハルちゃん優しい、好き……」


 まったく、あいつが来るといつもこうだよ、いい迷惑だ。


 あぐらをかいた俺の膝に顔を埋め泣く母を頭を撫でて慰める、これだけで結構な時間を取られるんだからもう二度と来るなよ?


「ぐすんっ、すんすん、ぐすんっ……」


 息が荒くなっているような気がするんだけど、怖かった…… んだよな? 


「ぐすんすんっ、すーはー、すぅぅぅっ……」


『……マリー?』


「ハルちゃんの匂いで…… じゃなくて泣いたらスッキリした! うふふっ」


 うわっ、太ももが涙で濡れてる…… んっ? 何で目元じゃなくて口を拭ってるんだ? まあ、母がスッキリしたなら良かった。


『まったく、マリーは…… ハルも何でこんなにベタベタされて不思議に思わないのよ、一体どういう育て方したの?』


「ハルちゃんには愛情たーっぷり注いで育てたからー、うふふっ…… ママ好みの」


『何か言った?』


「何でもなーい!」


 母も無事気分が良くなったみたいだから、そろそろゲームしてもいいか?


『ハル…… あんたって子は……』


 はぁっ? 忙しいんだから仕方ないだろ、次は格闘ゲーム大会らしいしな。


『ゲーム、ゲームって…… そろそろ勇者としての自覚を少しでも持って欲しいわ』


 やだね、あんな下らない大人の小競り合いに付き合ってられないし。


『大昔もそんな下らない小競り合いから大きな戦争になったんだけどね』


 ふーん…… 


『あっ、ちょっとは心配になった? ねぇ?』


 このキャラ使いやすそう、俺には合ってるかも、コンボ練習しとくか。


『全然聞いてない!! まったく…… あっ、こっちのキャラはどうかしら?』


 聖剣のわりに拳で戦うタイプを好むのか、ふむふむ。

 

 世界の心配よりゲームキャラを選ぶ方が最優先、大会までには仕上げないとな。

 

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