愛しい私の息子 (マリー視点 過去)

「マリー、お前だけは何としてでも……」


 一番昔の記憶、身体中傷だらけで血塗れの男性が私に手を伸ばしていた。


「マリー…… ごめんね……」


 同じく傷だらけの女性が私を抱き締めた後、男性が私に向けていた手のひらが光輝き……


 ◇


「はっ! っ、はぁっ、はぁっ……」


 夢か…… 

 ふと隣を見ると、愛しい人がすやすやと眠っていた。


「ハルちゃん……」


 愛しい私の息子…… ハル。

 私が産んだ…… いえ、私を使って産まれたと言った方が正しいかな? そんな愛しい人の寝顔を見つめながら今までの人生を振り返る。


 ◇


 私は二十年前、村の目の前で倒れていたのを発見された。


 当時はほとんど何も覚えておらず混乱していた私だったが、拾ってくれた村長、あと亡くなった村長の奥様のサリアさんが色々と説明してくれた。


 実はサリアさんには特別な能力、未来が見える力があって、私がこの時代にこの村に来る事を予見し、そのためにこの村に移り住み、私が現れるのを待っていたらしい。


 そして私がどういった理由があってこの時代に転移してきたのかを教えてくれた。


 私はこの時代よりも三百年前の人間で、私の能力、新たな勇者を産む器としての能力が魔族に狙われていた事、そして私を魔族の手から逃がすために両親が転移魔法でこの時代に送って逃がしてくれた事を丁寧に説明してくれた。


 そんな話を急に聞かされても幼い私には理解出来なかったし、そもそもあまり記憶がない。

 ただ、手を引かれ怖いものから逃げていたのと血塗れの男女の記憶だけは残っていた。


「大丈夫ですよ、魔族の脅威はもう昔の…… 過去の話ですから」


 この時代は平和だから安心してもいいと伝えてくれた、あの時のサリアさんの優しい笑顔…… でもどこか悲しそうな顔を今でも忘れられない。


 その後、この時代での生きる術を知らない私は村長の家でお世話になった。


 最初は不安と頭の片隅にある怖い記憶に怯えながら生活していたが、二人と村の人達の優しさに触れ、段々と心の傷が癒えていった私は徐々にだが笑顔が増えていった。


 そして村に来て二年、とても穏やかで平和な毎日に慣れつつあったある日、突然、強烈な気持ち悪さに襲われ、私は倒れてしまった。


「あなた…… ついに来てしまいました、わたくし、結局何もできませんでしたわ」


「サリアのせいではない…… あとは私が説明する」


 ベッドに寝かされた私を見て涙を流すサリアさん、悲痛な表情をしながらも何か覚悟を決めたような顔をしている村長…… 私も具合悪さの中、何かを感じ取っていた。


「マリー……」


 ずっと二人が何かを隠しているのは感じていた、今の二人の様子を見て確信した私は


「村長…… 私は大丈夫ですから、教えて下さい……」


「マリー、すまない…… もう私達にはどうする事も出来ないのだが聞いて欲しい」


 そして村長から教えてもらったのは……


 勇者の器という私の能力は、私の中の、魔力とは異なる特別な力を貯め込み新たな勇者を産む事。

 そしてどうすれば産まれるかというと、器が力で満たされれば、器と引き換えに勇者が誕生するというもの。


 勇者を産むためには私の存在すべてを使用する、つまり勇者が産まれるために私という存在はこの世から消えてしまうという事だった。


「黙っていてすまない、いつかは話さなければいけないとは思いつつ、サリアとマリーとの幸せな毎日が失われると思うと言い出せずに今日まで……」


 村長は涙を流しながら謝っていた、でもこの時の私は何故かは分からないが、自分自身が存在する理由に妙に納得してしまった。

 器というものはこのためだけに生まれたのだと。


「大丈夫です、話してくれてありがとうございました、村長さんとサリアさん、お二人と過ごせてとても幸せでした」


 両親の記憶がほとんどない私にとって二人は第二の両親みたいな存在、そんな二人に悲しい思いをさせてしまう方が自分の死より悲しい。


 それから段々と大きくなる自分の中の力に苦しみながら一日のほとんどをベッドの上で過ごしていたが……



 勇者ってどのように産まれるのかな? もし赤ちゃんだったら私の存在が失くなった後、ひとりぼっちになっちゃうのかな?

 特別な力から産まれるにしても、私の赤ちゃんだよね…… 寂しい思いをするんじゃないかな? なんて事を頭の中でずっと考えるようになっていた。


 私の赤ちゃん…… 抱っこしたいなぁ…… 

 

 産まれてくる勇者、私の赤ちゃんのような存在の事を考えているうちに、このまま消えてしまいたくないと思うようになってしまった、自分の役割を理解して不思議と落ち着いていた心がまたざわつき始めた。


 やだよ…… 私の赤ちゃん…… 一緒にいたい…… 神様、お願いします…… 私のすべてを捧げるんだから、それならずっと見守らせてよ!!


 そして……














「あぁん! 私の子、可愛いぃぃぃ!!」


「マ、マリー!?」


「未来が…… 変わりましたの!?」


 やーん、見てぇ! 男の子よ! このぷにぷにのほっぺ! あっ、ちょっぴり私と目元が似てない? あぁん、可愛いお手々、うーん、ちゅっ、ちゅっ、絶対幸せにしてあげるからね? うふふっ、ママでちゅよー? 


「サリア……」


「マリーの中の器にほんの少しだけ力が残ってますわ…… もう貯まる事はないでしょうが、これなら普通の人として過ごす分には…… あぁ、神様、ありがとうございます!」


 名前は晴れやかな春の日に産まれたから『ハル』私の可愛い息子。


 子育てなんてしたことないから分からない事だらけ、でも村の皆が助けてくれた。

 大変だけど、ハルちゃんのためなら私はなんでもできちゃう! でも、さすがに私、十歳くらいだし妊娠した訳じゃないからお乳は出ない…… それは残念。

 お乳をあげる真似事はしているけどね? うふふっ。


 いっぱい愛情を注ぎ、すくすく育つハルちゃん。

 初めてハイハイして、立ち上がって、『ママ』って呼んでくれて…… 毎日が幸せだった。

 ……だけどハルちゃんが大きくなるにつれ心がモヤモヤするようになってきた。



 いずれ可愛いハルちゃんが勇者として旅立つ日が来るかもしれない、そして……


「一緒に旅立った小娘とイチャイチャ、あっちも冒険して旅立ったりして……」


 言葉にすれば恐ろしい…… 大事な息子があんなことこんなこといっぱい…… あぁ、叶えるのは私がいい!! 


 そうよ…… 血は繋がってないし世間的には大丈夫よね? うん、私は母であり姉とも言えてしまう存在なんだから、きっと恋人や妻だってアリよりのアリよ!! うふふふふっ…… そうとなればハルちゃんを私以外に靡かないようにしないと! 名付けて『ハルちゃん、ママにメロメロ大作戦』開始よ! 早速今日から頑張らないといけないわ!


 朝から晩までべったりなのは変わらず、ハルちゃんが寝た後の睡眠学習も取り入れた。


「ハルちゃんはママが好き…… ママの為ならなんでもしちゃう…… ママ以外に興味ないね…… ママ最高……」


 うふふっ、効果は抜群、ハルちゃんったらママのこと好きすぎぃ! 寝ているのに赤ちゃんみたいに吸い付いて、あぁん、幸せ…… 



 そんな日々を過ごす中、サリアさんが病気で亡くなった。

 私にとって母であり、ハルちゃんのおばあちゃんみたいな大切な存在の人。


「マリー、最後に…… いずれこの世界に魔王が誕生します…… その時は…… 分かってますね?」


 …………


「きっとあなた達を引き離すような事にはなりません…… ただ、聖剣だけは手に入れなければその未来も変わってしまいます……」


 王都に飾られた聖剣ね…… 


「聖剣をどうするかはハル次第です、でもずっと一緒にいたいのなら聖剣だけは……」


 その言葉を残して次の日、サリアさんは亡くなった。


「サリア…… ありがとうマリー、それにハル、娘と孫に看取られてサリアは幸せだったと思うよ」


 村長…… 父が涙を流しながらそう言ってくれた。



 数年後、ハルちゃんは健康に育ち、すっかりママっ子になってくれた。

 大きくなっても一緒に寝てくれるしお風呂も入ってくれる、でもベタベタするのは恥ずかしくなっちゃったみたい…… それくらいでめげる私じゃないけど、うふふっ。


 それにしても男の子って…… 凄いわぁ…… えっ? 聖剣ってこれなんじゃ…… 聖剣と言っても過言ではないわ! いやん、私ったら! あんまりイタズラすると起きちゃうかも…… ちょっとだけなら大丈夫かなぁ? っ、ダメよマリー! 今は我慢よ! ……でもぉ、うーん、うふふっ。


 あっ、えっ? ちょ、ちょっとこれ大丈夫!? ふわぁぁ…… すんすん、しゅごい…… えっ? あぁっ! 魔力、じゃない力が…… 失くなったはずなのに…… もしかして…… ハルちゃんの○○で私の力が少し戻って…… きっと愛の力ね! 愛の力…… 癖になっちゃう!


 そんな日々を過ごしている中、ついに恐れていた事態が起きた。


『魔王の誕生』


 ついに母、サリアさんの言っていた時が訪れた。


「マリー、分かっているな?」


「はい」


 村長、いやお父さん…… すっかり腰も曲がってヨボヨボになっちゃって…… でもあの頃から変わらない、強い意思のある瞳、うふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ。


「ハルちゃーん、ママと一緒に旅行しましょう? 二人きりで…… うふふっ」


 あとはハルちゃんが聖剣に近付けば何かが起こるはず。

 あーあ、聖剣を手にしたら旅立つって言うのかしら? ママ、寂しい。

 全力で引き留めてもダメだったら諦めるしかないわね、その時は私も付いていくけれど。


 ハルちゃんの愛の力で少しは戦えるし、色々と役に立つから何としてでも連れてってもらうよう話を持っていかないと!



 そしてあれこれあったが無事にサリアさんとの約束通り聖剣を手にしたハルちゃん。

 しかし私の決意は無駄だったかもしれない。

 ハルちゃんったらママが大好き過ぎて家から全然出て行かないんだもーん! 


 うふふっ、それならこれからも全力で甘やかしてあげるから…… ねっ? ハルちゃん。

 



 

 


 

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