あれはあれ、そう、あれだよ
「よしよし、大丈夫よハルちゃん」
うぅ…… こんなのってないじゃーん。
「ママがいるからね? あぁ、ハルちゃんかわいそう」
凸待ち0人でショックを受けていると、母が俺の部屋に凸してきた。
そして散々慰められ、甘やかされているうちに気付けばベッドの中に…… 何で?
たしか抱き締められながら頭を撫でられて、ついつい母の胸に顔を埋めていじけていたらいつの間にか…… うーん、分からん。
しかも俺の部屋じゃなくて母の部屋のベッドなんだよな。
久しぶりに寝転がったけど相変わらず母一人じゃ大き過ぎる気がするふかふかなベッドだ。
でも最近だとあまり使ってないんじゃない? 俺の部屋でばっかり寝てるし。
「んー? だってハルちゃんこっちに来てくれないんだもん」
いや、配信したりゲームしてると寝るタイミングがバラバラになって、気付けば自分の部屋で寝ちゃうんだよ。
「ママはハルちゃんと寝れればどこでもいいんだけどね? うふふっ」
まあ、母が良いならいいけど…… むぐっ。
「ハルちゃん、ねんねしましょうねー?」
はぁーい……
「いやん! おねむの時の素直なハルちゃん可愛いー!」
はいはい…… ちょっと、あまり顔に押し付けないでね? ……むにゃむにゃ
「うふっ、おやすみなさい……」
◇
《お姉様、いいんですか?》
『ふわぁ…… 何が?』
《あの二人をあんなにベタベタさせて》
『いいのよ、マリーも色々とあったんだから』
《ほんの少しですが、あの時代を生きた者でございますからね》
『そう、平和に過ごせてるならいいじゃない、それに一応親子として色々と弁えているみたいだし』
《はぁ、あれで弁えているんでございますか…… あっ、パックンチョでございますね……》
『パックンチョって何よ?』
《いいえ、こちらの話でございます》
『ふーん、そろそろ私は寝るわよ』
《はい、おやすみなさい、お姉様…… 私はもう少し眠れそうにありませんね》
◇
母…… いや、今更だな。
母に布団を掛け、脱ぎ散らかしていた母の服を畳んであげてから自分の部屋に戻る。
『ハル、おはよう、少しは元気になった?』
ああ、いじけてたけど寝たら凄くスッキリしたよ。
『それなら良かったわ、今日はどうするの? またレベル上げる?』
いや、今日はちょっと準備があるから家に居る。
『ああ…… あれ?』
うん、あれ。
あれって何だよ! って思うかもしれないが、あれはあれ、そう、あれだよ。
「勇者さーん! 今日はあれですかー?」
おう、ルナ、あれだ。
「分かりましたー、レーナさんにも言っておきまーす」
頼んだぞー。
「ハル坊、来たぞ」
ミミさん、おはよう。
「今日はあれだよな?」
そう、あれ。
「じゃあこっちも準備しとくぞ」
うん、お願い。
さて…… 俺もあれの準備しよう。
◇
さっきからあれあれ言っていたが、実は今日、村長の誕生日なんだ。
いや、母にとって村長は父代わりで、俺にとってはじいちゃんみたいな存在だから、毎年俺が村の皆に声をかけて、皆で村長の誕生日を賑やかに祝う、お祭りみたいなもんだな。
しかしあの腰の曲がったヨボヨボのじいちゃんが、ルナのせいで若返ってムキムキのイケメンになるとはなぁ。
そんな村長を村総出で毎年祝っているのに、あれ、と隠すように言っていたのはレーナの件があるから。
あの歳にして新たなパートナーが出来るのはちょっと複雑だったが、母も俺も今の村長とレーナの幸せそうな姿を見て、祝福してあげたいと思ったんだ。
母の母代わり、俺のおばあちゃん的存在のサリアさんが亡くなってから、村長寂しそうに過ごしていたから余計にそう思ったのかもしれない。
それにしても最初に村に来た時はあんなにビ○チだった聖女…… あぁ、もう聖女じゃないって言ってたか、レーナがあんなにおしとやかで品のありそうな女性になるとは……
どことなくサリアさんと似た雰囲気がして、母と俺は戸惑っちゃったなぁ。
村長は『暴走した聖魔力のせいでああなっていたんだろう、元々はこういう性格だったのではないか』と無駄にイケメン感を出しながら言っていたな。
レーナもそんな村長にメロメロらしく、顔を赤らめながら横でモジモジしていた…… はぁ、幸せそうだからいいけど。
『ハル、何の準備しているの?』
村長とレーナへのプレゼント。
『ふーん、意外と器用なのね?』
おばあちゃん…… サリアさんに小さな頃教わったんだ。
『ふふっ、村長泣いて喜ぶんじゃない?』
どうかな? 喜んでくれたらいいけど。
『……こういう所は良い子なんだから』
何か言ったか?
『何でもないわ、邪魔してごめんなさいね』
ルナに頼んで、レーナには村長を家から出さないようにしてもらい、村の小さな広場にパーティー会場を作る…… といっても村の皆がほぼやってくれていて俺の出番はなさそうだ。
母はというと、村の奥様方と料理を作っている。
んっ? ミミさんも混ざって料理しているな…… 去年までなら面倒がって手伝いすらしてなかったのに。
「……ハル坊、何を見てんだよ」
いや、珍しいなって。
「……ダーリンに美味しい物を食べてもらいたいだろ? 練習だよ、練習」
あっ、トルセイヌさん帰って来たんだ。
「ああ、やっとだ…… 寂しくて死ぬかと思った」
そうですか…… トルセイヌさんも仕事が大変だったんだろう、心なしかげっそりしているように見えるな。
「ちょっと疲れ気味だから精のつく物をたらふく食べさせてやんないとな」
ああ…… そうっすか。
しかし最果ての小さなこの村も人が増えて賑やかになってきたなぁ。
皆、楽しそうに過ごしているから良いけど。
◇
「レーナ、ちょっと外に……」
「ダメです」
「いや、畑の水やりを……」
「ダメです」
「家畜の世話もまだ終わって……」
「ダ・メ・ですわ」
「何でそんな頑なに…… ちょ、レーナ?」
「ふふっ……」
「こんな朝から……」
「ダメ…… ですの?」
「…………」
皆さん、コウタローさんはわたくしが食い止めます! だから安心して準備して下さいね? ふふふっ。
◇
「皆、いつの間にこんな準備をしていたんだ?」
昼過ぎに村の皆で盛大な拍手と共に出迎えられた村長。
家から出たら突然拍手されてビックリしたんだろう混乱した顔をしている、サプライズ成功だ。
「村長…… いえ、お父さん、誕生日おめでとう」
「マリー、ありがとう ……久しぶりにお父さんと呼ばれると何だか照れくさいな、急にどうしたんだ?」
「うん…… 何となく今日はそう呼びたい気分だったの、はい、私からのプレゼント」
「おお、指輪か…… ははっ、この歳になって指輪をプレゼントされるとはな」
「レーナ、あなたにも」
「わ、わたくしに? あっ…… コウタローさんと同じ指輪……」
「お父さんの事よろしくね、あと…… これ、お母さん…… サリアさんの使っていた髪留め、あなたに渡しておくわ」
「う、受け取れません! コウタローさんの大切な方の物をわたくしなんかが…… わたくしはただコウタローさんのそばに居られればいいんですの」
「お父さん?」
「……マリー、こんな豪華な準備をしたのはこのためか?」
「うん、お母さん言ってたの…… 『いつかお父さんに寄り添ってくれる人がいたら渡して』って」
「……レーナ、受け取ってくれないか? そしてこんな儂だが、これからもそばにいて欲しい」
「っ! コウタローさん…… 分かりました、ずっと一緒に居させて下さい」
……めでたい事だけど、何だか複雑ぅ。
だってこの前までヨボヨボのじいちゃんとセイセイ言ってた聖女が目の前でイチャイチャしてるんだよ?
でも、幸せならOKです!
『……何をキメ顔で言ってるのよ』
村の人達が次々と村長とレーナにお祝いの言葉やプレゼントを贈り、村長は笑顔で、レーナは目に涙を浮かべながら受け取っていた、そして俺の番……
じいちゃん、レーナ、これ。
「はははっ、ハルもか、久しぶりにじいちゃんと呼ばれたな…… んっ? ……これは」
おばあちゃんに作り方を教わった祝福のブレスレット…… レーナの分もあるから。
「は、ははっ…… 懐かしいな、うっ…… ハルが産まれた時もサリアが作っていたなぁ…… うぅぅっ」
きっとおばあちゃんも二人を祝福しているよ。
「うぅぅっ、ありがとう、ハル、ありがとう…… 儂の…… 儂達の自慢の孫だ……」
『ふふっ、良かったわね、ハル』
ああ、まったく、そんなに泣かなくてもいいのに…… おっと、この抱き着きかたは母か?
「ハルちゃん…… ありがとね」
皆見てるからそんなに頭を撫でないで? あとほっぺたにキスしないで、いや、だからといって口にしなくてもいいから…… あっ、はい、好きにして下さい。
その後、大人は酒を飲み始めお祭り騒ぎ、特にギェンさんと村長のダンスバトルは盛り上がったなぁ、身内としては恥ずかしかったけど。
そしてパーティーも終わり、翌朝。
レーナが居なくなっていた。
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