Broken World

希越 真路

A Past Record of Broken World

序 日常

 霞む視界。かすかに香る腐臭と風に揺れる枯れ葉の音。空を見ても伸びた樹枝が頭上を覆い隠しているせいでほとんど見えない。

 一歩、前へ踏み出す。

 無意識に、でも意識的に。道は、霞む視界を貫くように斜面を駆け上っている。

 ―—体が自然と動き出す。

 踏み出した足は軽い反発を受けながら、さらに荒れた道を進んでいく。

 足はもう自制が利かないようで、自分の意識とは無関係に目の前の道を目的地があるかのように進んでいく。それでも、不思議と不安は無い。

 左につけた腕時計を見ると針は四時半を指していた。

 木々の間には薄霧が満ち、差し込む斜陽を乱反射して茜色に輝いている。

 まさに、美しく神秘的な光景。

 

 ―—だが、そんな神秘を帯びた光景は時に人に恐怖をもたらす。

 

 逢魔が時とはよく言ったものだ。

 森は夕闇とともに深まっていく。踏みしめる枯れ葉の音は次第に秋虫の声に変わり、空はとっくに薄紫へと変わっているにもかかわらず、体はさらに奥へ奥へと向かっている。

 そして、いよいよ不安が肥大化し始めたそのとき、ふと足が止まった。

 目の前にあったのは流れの速い小さな川とそこに架かる木製の橋。

 随分と老朽化が進んでいるようで、あちこちにひび割れた箇所が見受けられる。

 内心さすがにこれは無理だろと思ったが、この体は何の躊躇いも無くその橋板に一歩目をかけた。

 こびりついた苔は踏み出した足にこそぎ取られ、パシャッと川の流れの中に消えていく。橋板はわたっている間中、ぎしぎしと音を上げていた。


 無事に橋を渡り終えたあとも、先ほどと同じような荒れた道が続いた。

 太陽は沈み、頭上には白い満月だけが煌々と輝きを見せていた。

 それからさらに十分ほど歩いたあと、ついにこの体の目的地らしき場所が濃霧の中、不気味に顔を覗かせた。


 それは、木で建てられた西洋風の大きな館。

 窓に明かりは無く、今立っている玄関には表札どころか、インターホンすらも無い。

 どうやらこの館に入れてもらうには、目の前のドアノッカーを叩いてみるしかないようだった。

 そして、この体は当たり前のようにそれを持ち上げ、扉に叩きつけた。

 回数にして三回、ゴンゴンゴンと鈍い音を響かせる。

 すると、まるで待っていたかのように目の前の両扉は内側へと同時に開かれた。


 ―—光が差す。


 まばゆいばかりの白光。

                     その向こう側は……。

 

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