Extra Record 血の昔日

 さて、当時の俺はと言えばそんな事はつゆ知らず、いつものように家の裏側に回ってポケットから鍵を取り出して玄関を開けようとしていた。

 そんなときだ、我が家の異変に気が付いたのは。

 母が大切に育てていた花壇が踏み荒らされていた。気づいた俺は背筋に冷たいものが伝ったね。昔から魔術を使った方が早いとは思っていた俺だが、さすがにここまで酷な事はしない。昔から長距離を走ることは嫌いだが、誰かが長い道を走っているのを見る事は嫌いじゃなかった。それに、植物はしっかりと応えてくれる。意義がある。こちらが怠れば、向こうもこちらを嫌うし、逆にこちらがまじめであればそれに応じたものを実らせる。栽培は長い道のりだが、行為の一つ一つに意義はしっかりとあるものだ。それをこんなやり方でなし崩しにするほど俺は歪んじゃいない。

 俺はその花壇に駆け寄った。見るからに俺の魔術の腕じゃどうしようもないことは明らかで、精々俺に出来るとしたら花壇の外に出た土を中に戻す程度だった。

 花壇は大きな足跡で花も土も果実も分け隔てなく踏み荒らされている。

 足跡は見たことがないものだ。父のものでも、母のものでもない。なんで足跡を覚えているとかそういうことは自分で考えてくれ、たまには童心に返って考えてみることも大切だからな。

 とりあえず、俺はそこで気が付いた。花壇をここまで踏み荒らすにはそれなりの時間がかかるということに。当然、時間がかかれば見つかる可能性が高くなる。となれば母が黙っていない。

 さすがに夕方となれば店の方も人が少なくなるし、水やりをしている時間にもなる。となれば当然、母かあるいは父と出くわすことになる。

 花壇を踏み荒らしてる中に二人の靴跡、というか我が家にある靴の跡は無い。つまり、二人には出くわしていないと考えるのが自然だ。

 まあ、順当に考えると店の方が忙しかっただとか、気が付かなかっただけだとかその辺が理由として浮かぶだろうが、どうしてだろうな。

 あのときの俺はちょっとイカれてた。そして、幼子の勘は鋭いものだ。そう考えれば真っ当な思考だったのかもしれない。例えばほら、子どもの方が霊感があるとかよく聞くだろう? 知らない? そう、俺は知ってるから調べなおせ。けど大抵そういうのは一部の才能あるものが自覚せずに才能を発揮してるだけだから探すだけ無駄だと思うけどな。

 とにかく、十歳の俺は瞬間的に跳ね上がった鼓動と嫌な妄想を打ち消すために家の玄関を勢いよく開けたんだ。

 ……まず俺の脳髄を揺らしたのはむせ返る血の臭い。臭いが濃すぎて一瞬家の中の空気が緋色に染まっているように見えたほど強烈だった。

 そして次に俺の脳を貫いたのは家のあらゆる場所に飛び散った赤い液体。こっちはまだドロドロと流動していた。

 そうしてようやくその惨状を目にした俺の中にパニックと悲しみが訪れた。家の外に飛び出した俺は叫んだ、何度も。

 当然考えていた不平不満なんかどこかへ行ったよ。金輪際あんな光景は見たくない。だが、パニックになりながらも俺の頭はどこか冷静でな。何を確認するべきだとか、どうしてこんな惨状になったのかとか、色々なことが頭の中に浮かんだ。

 ひとしきり叫んだ後、俺は深呼吸して家の中に踏み入ることにした。というか、そうすべきだと頭の中の魔術師が命令を下した。

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