Extra Record 人と魔術師、その境界にて

 普通、血まみれの家になんか戻らないだろうが、生憎俺達一家は普通じゃない。魔術師の家である以上、重要な研究データもあれば、受け継いできたものだってある。警察に通報するよりも先にそちらを確認する必要があった。

 幸い、データの保管場所は把握していた。一つ目は父の脳内。二つ目は地下室。地下室はバックアップで、一番重要なデータは父の脳内に保管されていた。

 室内に入った俺は、至って冷静だった。自分でも怖いくらいに。

 ゆっくりと視線を動かして血の出所に目をやり、原型の無い肉塊に姿を変えた親だったモノを見た。引き裂かれた服の切れ端からして、こちらの肉塊は母のものだろう。コレの血だけで玄関からリビングまでが赤く染まっていた。

 リビングからは店の方にも出られたが、こちらに行く必要はない。これほど徹底的に殺し尽くすやり方は、同族のものだ。であれば、あんな表向きの店に行く理由は無い。

 俺が向かうべきだったのは地下室だった。

 地下へ向かう階段は廊下とは正反対にいつもと何も変わっていなかった。研究データは無事だと安堵の息を漏らしかけたが、部屋に着いてその希望的観測は無残に砕け散った。

 そこにあったのは上と同じ赤に染まった部屋。臭いも、色も上よりも強く五感を刺激するものだった。薄暗い上に、空気の入れ替わりもなく停滞した臭いはそれはもう一生ものだ。二度と忘れられない。けどまあ、すっかりスイッチの入っちまってた俺はそこまでならまだ許せた。

 親を殺され、家をめちゃくちゃにされていても許せるという時点でもはや異常の域だが、魔術師界隈じゃよくあることだ。理解の範疇に収まるだろう? だが、この血の出所を見たとき。この瞬間だけはその理解も限界だった。

 大抵の場合、魔術師同士で殺し合いになるとすれば、それは研究成果か、魔術核の簒奪が目的だ。だが、実際のところそれが成功することは珍しい。殺される側も生物なら抵抗する。結果、失敗。それどころか返り討ちに遭うなんてこともある。

 だとすると、俺の目の前にあった惨状はありえない。

 父はデカン・シリウスの記録員だった。三千年よりも昔から存在するこの機関に籍を置く父は並大抵の魔術師よりも魔術の腕は長けている。その父をこうも原形をとどめないほどに壊し尽くせるのはそう多くはない。

 同じくデカン・シリウスの職員か、コミュニティの手練れか。世界を知らなかった俺にとって、候補は少なかった。

 当時の俺は真っ先に父の同僚を疑った。記録員の脳から生の情報を抽出する技術はデカン・シリウス特有のものであり、持ち去られた父の頭のことを考えてもそれが妥当な線に思えたからだ。

 だが、理由が見えなかった。これを書いている今ですら理由なんて皆目見当もつかない。

 徹底的に殺し尽くされた父の肉塊は部屋の中央に転がっていた。

 幸い、魔術核は既に作られ、俺の体に埋め込まれていたからな、六百年続いた原理の継承は済んでいた。だが、そこに刻まれた歴史と神秘の大きさだけでは何もできない。それらも価値あるものだが、これでは次へ進めない。無駄足を踏むことになる。

 なにせ、まともな魔術の手ほどきなんて基礎の基礎以外受けてなかったもんだからな。

 簡単に言えば、とても有用な道具はあるが使い方を知らない状態ってわけだ。だから、父の家系はここで途絶えたとも言うことが出来る。

 まあここからは色々あった。体が壊し尽くされてたことから魔術核が目的じゃない事は分かっていたから、身の危険はあまり感じなかった。強いてあったとすれば、これからの生活に対する不安。

 盗みでも生計は立てることは出来ただろうが、俺はそこまで歪んじゃいない。

 等価交換が原則のこの世界でそれを破るほど俺は馬鹿じゃなかった。

 復讐は考えなかったのか、と聞かれれば全く考えなかったわけじゃない。

 デカン・シリウスには何度も入ろうとしたし、数少ない人脈から職員数人を尋問したこともあった。

 コミュニティには何度か入ろうとしたが門前払いをくらい続けた。半端な下っ端をとっ捕まえることも出来たが、それじゃあ意味が無い。逆に上層の貴族なんざ姿を現すこと自体が珍し過ぎる。

 つまりは手詰まりってことだ。だから復讐は諦めたよ。犯人探しも意味が無い。既に持ち去られたデータはどうやってかは知らないがなんらかに使われ、父の頭部は無くなっていただろうからな。

 それに、魔術師が相手だ。証拠なんざ残っているわけがねえ。するだけ時間の無駄だ。犯人探しなんざ。

 そんなこんなで、俺は齢十にして基礎的な魔術の知識と学校で習った僅かな社会常識だけで広い世界に放り出されたわけだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る