霧の港町
ジブラルタル海峡北岸
コミュニティ東端より東に約二千五百キロ
ジブラルタル海峡。別名ヘラクレスの柱。そこはコミュニティの入り口を担う一つの門である。
であれば当然、門を守護するべくコミュニティから派遣された執行官か魔術師がその周囲の街に住みつき、その門の警備を行っているはずだ。だが、その日は違った。
ある雨の日、その町に住んでいた人々は忽然とこの世界から消失した。世界中のどの人々の記憶からも、記録からも。
そして、残された濃い霧の立ち込める白い浜辺で遥か西方を覗く影が三つ。
「さて、お前の食べ残しはあっち側か?」
男は雨の中、不快気に漏らした。
「何百年ぶりだ、あの島に行くのは。お前、憶えてるか?」
「……いえ。申しわけありませんが、おそらく最後にその場所を訪れたのは私達が生まれる前のことかと」
男に問いかけられた毛先の赤いメイドはその男に軽く会釈をした後、その質問に淡々とした調子で答えた。
「そうか。なら事が起きたら、お前らがどこまで通用するかが見ものになるな。自信あるか?」
男はそう言って雷の光る雨空を見上げる。
すると、その男の声に答えるかのようにして甲高い音が辺り一帯に響き渡った。
「なるほど、『腹が減った』か。その意気はいい。だが油断は出来ない。ヤツは……、ただの人間じゃない」
男がそう言うと、再び雷で空が光った。
そこには巨大な影が一つ。
その姿はさながら空を泳ぐ巨大な鯨。
体躯はビルなど優に飲み込むほどに大きく、水をかくための巨大なヒレは何もない雲の間をゆったりとかいていた。
水平線に視線を戻した男は再び毛先の赤いメイドを呼び寄せる。
「ドゥーズフィーユ」
「はい……」
「アイツが逃げたのはお前の責任だ。
男が先ほどまでの調子とは打って変わって、脅すような口調でそう言うと、ドゥーズウィーユと呼ばれたそのメイドは悔しそうに下唇を噛み、力強く頷いてみせた。
「よし、分かったならいい。
――それなら行こう。今一度、裁定の刻だ」
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